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第11話

「さくらまいちる中に忘れた記憶と~君の声が戻ってくる~」 「うざい!こっち指ささないで」 「キャハハ!」  卒業ソングランキングの曲をランダムに歌い盛り上がる松井達をよそに、俺の頭は、谷口を追いかけて行った朱音のことでいっぱいだった。 『もう、谷口を利用するのはやめる。どんなに謝っても、許されないと思うけど…』  昨日、電話の向こうで泣きながらそう言っていた朱音。正直俺はあの時、朱音がようやく谷口と別れる決意をしてくれたことにめちゃくちゃ喜んでいた。朱音の心が優樹にあるとはいえ、この半年、おれは朱音と触れ合える谷口が羨ましすぎて、嫉妬で頭がおかしくなりそうだったのだ。  本当は、とっととカラオケから飛び出して朱音を追いかけたい。谷口と別れた朱音に、もう一度ちゃんと告白したい。 『おまえは絶対来んな!来たら絶交!』  だけど、中2で告白し、ガン無視された時の辛さがトラウマみたいに残ってて体が動かない。他の奴になら、無視されようと絶交されようと全然どうでもいいのに、朱音にだけは、どうしても嫌われたくない。 (あーくそ!情けねえな!) 「晴翔、次お前」  曲を歌い終わった松井が声をかけてきたけど、カラオケどころではない俺は首を振る。 「俺パス、渡辺か槙野歌っていいよ」 「えー、晴翔の歌声聴きたい」 「気分じゃねえっつってんの。ほら、お前ら好きなの入れて歌え」 「もう!晴翔は我儘なんだから!どうする?何歌う?」  槙野と渡辺は文句を言いながらも、すぐに二人で曲検索しながら楽しげに話し出す。 「一ノ瀬気になるの?」 「当たり前じゃん」  誰も歌っていない時ですら、曲の宣伝や隣の部屋で歌う音が常にうるさく鳴り響く中、松井が小声で聞いてきて、俺は素直に頷いた。一時期俺は、東中の頭と言われてヤンキー仲間に祭り上げられていたけど、今もダチとしてつるんでるヤツはこいつしかいない。多分原因は、朱音の親への反抗が収まり、前ほど一緒にいれなくなって相当荒れていた時の俺の言動。 『そういや晴翔さん、このあいだ逆ナンしてきた超絶可愛い由美ちゃん、他に好きなヤツいるからふったって聞いたんすけど、それって誰なんですか?』 『ああ、朱音』 『あかねちゃんて子なんすね、どんな女なんですか?」 『女じゃねえよ』 『え?』 『おまえらも会ったことあるだろ、幼馴染の朱音』 『そ…そうなんすか…』  なんか知らねえけどめちゃくちゃ引かれて、そっからなんとなくそいつらとは距離ができた。けど、松井は特に気にしていないようで、ていうか、お前バイとかスゲー無敵じゃん!と、面白がっていてむかつくこともあるのだが、一緒にいて気楽な奴なので嫌いじゃない。 「追いかけちゃえば」 「絶交されたら嫌だ」 「ギャハハ!本当にお前って一ノ瀬に弱いね」 「ウッセー」 「ちょっとー!二人とも私たちの美声聞いてる?」 「ごめんごめん聞いてるって、樹里も渡辺ちゃんも最高!」  二人で歌いだした槙野と渡辺が、コソコソ話している俺らに怒り、松井がチャラ男全開で合いの手を入れはじめたが、俺は全く皆に乗ることができなかった。 (てか朱音って女に対してはマジで押しに弱くて優しすぎるし、本当に別れられんのかな?)  昨夜あれだけ強く決意していたくせに、朱音は卒業式が終わってからも、中々谷口に別れ話を切り出せずにいた。痺れを切らした俺に促され追いかけてはいったけど、もし谷口に強引にせまられて別れられなかったら… 「ねえねえ、晴翔はこの後どうするの?」  不安にかられ悶々としていると、いつの間にか渡辺が俺のすぐ隣に座り、松井と槙野がデュエットで歌い始めている。 「君にデアーエーテーよかった~切ないけ~れ~ど~よかった」 「え?」  松井と槙野の歌声で、渡辺がなんと言ったのかわからず顔を近づけ聞きかえすと、渡辺がさっきより身体を近づけ大きな声で言った。 「晴翔はこの後どうする?みんなで夕飯もファミレスで食べてこうって言ってるんだけど、晴翔も来るでしょ?」  上目遣いで俺を見上げる媚を含んだ目。さりげなく身体を密着させ、腕に当たる胸の感触。渡辺の女全開な姿が、朱音に躙り寄る、妄想上の谷口の姿と重なる。俺だって、朱音が好きなはずなのに、女に強く迫られたら、結局男の本能みたいに体は反応して断固拒否はできなかった。朱音だって、谷口がもし本気で迫ってきたら… 「俺、やっぱり帰るわ」 「え?」  いてもたってもいられなくなり、突然立ち上がった俺を、渡辺がキョトンと見上げる。 「えー!晴翔帰っちゃうの?悲しい!そしたら春休み連絡するからまた遊ぼう」  俺らの様子に気づいた槙野がマイクを握ったまま大音量で言ってきたけど、俺は首を横に振りはっきりと拒否した。 「無理、俺もう女とは遊ばない」 「へ?」 「おまえらのラインも全部ブロックするから、じゃあな」 「え?ちょっと晴翔!」 「俺男だけど」 「またな!」  えーやだー行かないでとか、ギャハハと笑う松井の声を背に、俺はカラオケから飛び出し、迷わず朱音の家に向かう。 (朱音もう帰ってるよな)  母親が再婚してから引っ越したという朱音のマンションは、昔住んでいたところより大きくて駅に近い。全力で走って到着した俺は、息をきらして朱音の部屋番号を押す。 「あら?晴翔くん、朱音と一緒じゃないの?」 「え?」  オートロック式のインターフォンから朱音のお母さんの声が聞こえて、俺は血の気が引いた。 「まだうちには帰ってきてないんだけど、ちょっと今ラインしてみるわね」 「いいです!すいません」  俺は即座にその場を立ち去り、朱音にライン電話する。だけど朱音は全然出てくれなくて、焦りに頭が支配されていく。 (まさか谷口の家とか言ってないよな、くそ!)  下校する時、谷口と手を繋いで帰る朱音の姿を見るのが嫌で、放課後は教室でダラダラ時間を潰してから帰ってたけど、こんなことになるなら、一回でもついて行っとけばよかった。そうしたら迷わず谷口の家に行けたのに…。谷口の家が優樹の近所だと聞いたことがあった俺は、方向だけ決めて当てずっぽうに走り出した。  結局、優樹の家近くまできても谷口の家はわからず、今度はとりあえず中学の方へ向かって歩き出す。偶然会えることを期待し、注意深くあたりを見回していると、昔よく先輩たちと夜たむろしていた公園が見えてきた。 (そういやここで、凌君達にボコられそうになったっけなあ、まあ勝ったけど) 「て朱音!」  一瞬だけ中2の時の苦い記憶がよみがえったけど、すぐにそんなの吹き飛んだ。もう日が沈み暗くなり始めている公園のブランコに、朱音がひっそりと一人座っていたのだ。慌てて駆け寄ると、朱音は驚いた顔で俺を見上げて、涙を流した後のように濡れているその目は、やっぱりすごく綺麗だと思った。 「ついてきたら絶交って言ったよな」 「げ!」  だけど朱音の言葉で、俺は絶交と言われていたことを今更のように思い出す。 「げってなんだよ」  怒っているようだった朱音の表情が柔らかくなって、俺は心底安心し、胸の奥から愛しさが込み上げてきた。些細な言葉や表情だけで、こんなにも心が震えて振り回されるのは、朱音に対してだけだ。 「やっぱ俺、朱音と付き合いたい」  気持ちをそのまま声に出したら、朱音は小さくため息をつき、困ったように目を伏せ笑う。 「おまえ、今それ言うかよ…」  俺には、朱音の言っている意味がわからない。谷口と別れたなら、俺と付き合ってほしいと思うのは、俺にとってごく自然な感情だったから。 「なんで?俺じゃダメ?」  小さい頃よくやった、二人乗りで立ち漕ぎする直前のように、朱音の乗っているブランコの鎖を掴み見下ろすと、朱音は小さく首を横に振ってこたえる。 「おまえじゃダメとか、そういうことじゃない。ちゃんと、相手と同じくらい好きじゃないのに付き合うなんて俺にはもうできない、谷口みたいに、おまえも傷つけることになる」 「俺は朱音になら傷つけられたっていい!今は俺のこと好きじゃなくても、俺と付き合ったら、絶対朱音俺好きになるから!」 「はあ?どっからその自信くるんだよ、女と遊びまくってるくせに」  呆れた声で言われて、俺はポケットから携帯を取り出し、ラインにある槙野や渡辺を始め、全ての女の連絡先を削除し朱音に見せた。 「全部消したから!俺は本気で朱音以外興味ない!本気だから信じて!」 「…」  叫ぶように放った俺の言葉に、朱音は明らかに動揺していた。心の迷いをそのまま映しだす朱音の潤んだ瞳を見てたら堪らなくなって、俺は衝動的に朱音の細い顎を両手で包み、そのまま屈んでキスをする。瞬間、朱音に足を思い切り踏まれ、慌てて唇を離したら頭突きされた。 「お前は女だろうが男だろうが誰にでも手が早いから信じられねんだよ!好きじゃなくてもいいって、結局俺がお前好きじゃなくてもやれりゃいいってことだろうが!」 「違う、ごめん、朱音が可愛くてつい、でも本当に違うから!マジで俺、朱音に対してそんなこと思ってない!好きなんだよ!すげえ好きなの!ずっと、お前が他のやつと付き合ってるの見るの辛かった!朱音と付き合える谷口が羨ましかったんだよ!」  言いながら涙まで出てきて、自分のみっともなさに情けなくなる。こんな風になってしまうのは、朱音に対してだけだ。恥ずすぎて思わず朱音の座るブランコから離れ目を背けると、今度は朱音が立ち上がり、俺に近づいてきた。 「ごめん、俺も言いすぎた」  朱音は優しい。昔から、泣いてたり、ひとりぼっちでいるやつを放っておけない。その優しさを利用するのは卑怯かもしれないけど、俺は朱音に触れたかった。朱音の身体を抱きしめ、またおまえは!と詰られながらも、身を捩って離れようとする朱音の耳もとで懇願する。 「少しの間こうしてていい?もうキスとかしないから、友達として、そばにいてくれるだけでいいから…」  最後の言葉は完全に嘘だったけど、朱音には効果覿面で、身構えるように入っていた身体の力が抜けていく。俺より一回り華奢な身体は、決して女みたいに柔らかくないけど、細く芯の通ったしなやかさと肌の匂いにクラクラして眩暈がする。 「お願い朱音」 「…わかったよ」  必死な俺に絆されたのか、朱音は俺に抱きしめられたまま抵抗をやめ、そう言ってくれた。俺は嬉しくて、朱音を抱く腕に力を入れる。 「つうかおまえ鼻息荒いし、おまえと付き合うとは言ってないからな」 「…わかってるよ」    それから、中学最後の春休みはあっという間に過ぎ去り、俺たちは高校生になった。相変わらず、朱音は優樹が好きだったけど、都合のいいことに、優樹は朱音が自分を好きなことに全く気付かない。その上、髪を明るく染めコンタクトにした優樹はチャラ男に大変身し、高校生では必ず彼女を作るんだと張り切りまくっていた。 「別にそんな焦って彼女作らなくてもいいんじゃねえの?それに俺は、前までの優樹の方がいいと思うぜ」 「中学の頃からモテまくって彼女もいる朱音に言われたくねえよ!俺だって女の子と付き合ってみたいの!」 「俺もう彼女と別れたし、優樹と同じフリーだよ」 「嘘!!いつ!なんで言ってくれなかったの?」 「だって聞かれてねえし」  高校でも偶然一緒のクラスになり、また3人でつるむこが多くなった俺達は、1学期の期末テストが終わった後、3人で西高近くのマックに寄っていたのだが、この話の流れに俺はギクリとする。 「優樹はどんな女が好みなんだよ?」  朱音が彼女と別れたと聞き、明らかに嬉しそうな優樹を牽制るため、俺は再び彼女作りたい話に話題を持っていく。今ここで優樹が、彼女作るのやっぱりやめるなんて言い出したらいっかんの終わりだ。優樹はまんまと引っかかり、真剣に考え出した。 「うーん、そうだなあ…」 「ギャル系?清楚系?ギャル系なら松井に連絡して紹介してやろうか?」  俺の言葉に、朱音が不機嫌な表情で睨んできたがここで引くわけにはいかない。 「だって優樹こんなにも真剣に彼女ほしがってるんだからさ」  一応邪魔してるわけじゃないアピールで(邪魔してるけど)朱音に言い訳していたら、優樹が首を振って言った。 「いや!晴翔つながりの女の子はいい!それより俺実は、夏休みからあのFuji家でアルバイトすることにしたんだ!」 「マジで?」  Fuji家は、西高最寄り駅近くにあるケーキ屋兼レストランだ。優樹が地元のファミレスではなく、敢えてFuji屋をバイトに選んだということは… 「ほら、あそこって可愛い店員さんが沢山いるって有名じゃん?実は前他の友達と寄った時、ちょっといいなあと思う女の子がいてさ、ダメ元で面接受けたら受かっちゃって」  優樹の言葉に、俺は喜び勇んで声を上げる。 「スゲエ運命じゃん!どんな女なんだよ?」 「可愛いってより綺麗系?ちょっと年上っぽいかも、話したことないからわかんないけど」 「いいじゃんいいじゃん!」 「…」  盛り上がる俺と優樹をよそに、無言で話を聞いている朱音の表情が明らかに暗くなったことに気づいたけど、一番厄介なライバルに退場してもらうには、ここでけしかけないわけにはいかない。 「優樹が女の子いいなんて言うの初めて聞いたし、せっかくバイト受かったなら、アタックしてみてもいいんじゃねえ?彼女欲しいんだろう?」 「うん、欲しい」  朱音を気にしながらも、決意するように頷く優樹に、俺はよし!と心の中でガッツポーズを作る。優樹が朱音を好きなことも、必死に彼女作って朱音への想いを断ち切ろうとしていることも、はっきり言って俺にはバレバレだ。でも優樹は、朱音が男の方が好きで、優樹を好きなことを知らない。俺が朱音と付き合うためにも、優樹には一生気づかないでいてもらわないと困る。  俺らから目をそらし、手持ち無沙汰のようにアイスコーヒーのストローを指でつまんでかき混ぜる朱音の俯いた表情を見やりながら、俺は優樹に彼女ができることを心底願っていた。 「またな」 「ああ」  地元の駅から、俺と朱音は歩きで、優樹は自転車で家へと帰っていく。俺と二人きりになった途端、朱音が大きくため息をついて言った。 「やっぱ優樹は完全にノンケだよな」  朱音は自分がゲイだと自覚してから、色々よく勉強している。ノンケとは、恋愛対象が女だけのノーマルな男のことを言うらしい。     あいつも朱音好きだしノンケではないんじゃね?と思ったがもちろんそんなことは黙っておく。前に晴翔はバイだろと言われたけど、今好きなのは朱音だけだから、正直自分が何なのかとか別にどうでもいい。 「お前も優樹けしかけるようなこと言いやがって」 「いやだってさ、あいつすげー彼女欲しがってるし…」  バレてたかと思いながらも言い訳する俺を、朱音がじっと睨んできた。 「それにお前、女の子の連絡先全部消したんじゃなかったのかよ?」 「え?」 「女紹介するって、つまりそういうことだろ?」 「違う!女の連絡先は本当に全部消したしブロックしてる!俺はわからないから松井に頼んで…」  そこまで言って、俺はハタと気付く。これって朱音、俺が女とまだ会ってると思って怒ってる? 「もしかして朱音、嫉妬してるの?」  心に浮かんだ疑問を口に出したら、朱音の拳が俺のみぞおちに入った。 「いってえ!殺す気か!」 「お前がウザいこと言うのが悪いんだろう!嫉妬なんてしてねえよ!」  朱音はムキになって否定したけど、小さな頃からの付き合いで、本気の否定なら朱音はもっと冷めた感じで言うと知ってる俺は、朱音の反応に希望を抱く。 「本当に?」  思わず手を掴んだら、触んなと無下に振り払われて、やっぱ違うかと気落ちした。 「悪い、調子乗って期待した」  がっかりしながらも素直に謝ったら、今度は朱音が、なぜか俺に謝ってくる。 「俺の方こそ、やっぱごめん」 「え?」 「…さっきお前が言ったこと、半分本当。お前が今だに女と繋がってると思った時、正直すげえムカムカした…」 「朱音!」  嬉しくて抱きしめたくなったけど、朱音の言葉には続きがあった。 「でもこれは多分、お前が好きとかじゃなくて、自分を好きだって言ってたやつが、他にいくのが嫌なだけなんだ。自分は優樹が好きで、お前の気持ちに応えられないくせに、本当に最低だよな…やっぱりさ俺、どうしてもお前の好意に甘えちゃうし、このままだと谷口にしたみたいに…」 「それは前にいいって言っただろ!」  放っといたらそのまま変なこと言い出しそうで、俺は慌てて大声で遮る。 「俺はお前が誰好きだろうと朱音の側にいたいんだよ!」 「でも…」 「うるさい!俺がいいって言ってるんだからいいんだよ」 「…ありがとう」  納得しきれていない表情を浮かべながらも礼を言う朱音に、俺はひとまず安心する。谷口のことがあってから、朱音は、罪悪感からくる自分責めがひどい。けど、今更傷つけちゃうから距離を置こうとか離れようとか言い出されたらたまったもんじゃない。 (こっちは何年お前好きだと思ってんだよ、てか中2で振られた時から傷なんてとっくについてるし、俺は女じゃねえし谷口とは違うんだよ。谷口は中1の頃から朱音を好きだったらしいけど俺は幼稚園の時からだからな)  心の中で谷口に独りよがりなマウントとってたら、ふとまた疑問が頭をよぎった。朱音は、俺を好きなわけじゃないのに、俺が女と繋がってると思ったらムカついたと言っていた。だったら、朱音は谷口と付き合ってる時も、谷口が男と仲良くしてるとムカついたりしていたんだろうか? 「なあ、谷口ってすげえ男にモテたじゃん?朱音は谷口が他の男と話したりしてるとムカついたりした?」 「はあ?んなわけないじゃん、俺はお前みたいに、女は恋愛対象に入ってないし」  朱音は、何言ってんだこいつ?ってくらいキョトンとした顔で応え、もしかしてと思った俺は矢継ぎ早に質問する。 「じゃあさ!中学の時俺が槙野達と一緒にいるの見た時はムカついた?」 「ムカツイてねえよ」 「じゃあ今も俺が槙野達と会ってたら?」  一瞬、朱音の表情が不機嫌に歪んだ。 「やっぱり会ってるのかよ」 「会ってねえよ。ただ朱音がどう思うのか気になって」 「いいよ嘘つかなくて!」 「ついてない、俺は本当に朱音だけだから!怒らないで」 「別に怒ってねえよ!怒る理由ないし」 「怒ってるじゃん」 「怒ってない!」  言いあっているうちに、朱音のマンションの前に着いて、朱音はじゃあなと憮然とした声で言い放ち俺に背中を向ける。 「マジで俺槙野達と会ってないから!俺が好きなの朱音だけだから!」 「うるせえ!こんなところで変なこと言うんじゃねえよバカ!もう分かったから帰れ」  俺の言葉に、朱音は慌てたように後を振り返りそれだけ言うと、そのままエントランスに入って行ってしまった。だけど俺は、その場で叫び出したいほどの喜びに胸が疼いて、抱いていた疑問が確信に変わる。 (朱音は絶対、中学の時より俺のこと意識してる!だって昔は、俺が誰にベタベタされようが全然気にしてなかったし、女関係のある事ない事な噂も、呆れるだけであんな怒ったりしなかった!) 「…あともう一押しだ。俺は絶対に朱音と恋人同士になる」  一際強い決意を口に出し、俺は自分を奮いたたせた。

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