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第1話

 中也の家に訪問する時は事前連絡なんて一度もした事が無い。  「此れから行くよ」なんて言葉、まるで出迎えて欲しいと願っているみたいに思えて仕舞うから。  連絡無しに訪れても君が出迎えて呉れる其の瞬間、湧き上がる心の躍動が少しでも君に伝われば佳いのに。  ――だけれど、毎回私が連絡無しに来て居ると思っているのならば大きな勘違いなんだ。  私が連絡も無しに君の家に来ると感じて居るのは、君が偶然其の日家に居るからだと云う事に君は何時気付くのかな。 「――今日は外れか」  家主の居ない部屋の前、降り続く雨は否が応にも体温を奪って行く。  折角来たのに、何て言葉は自分の気持ちの押し付けに過ぎない。  ――逢えたら佳いな、唯其れ丈の気持ち。  古巣に対しての情報を駆使して、今日の中也の予定迄を完全に把握し切れれば今日は家に居るのか居ないのかなんて本当は容易に想像が付く。  其処迄知って仕舞うと、今日は疲れて居そう、仕事を持ち帰って忙しそうだなんて余計な事も考えて二の足を踏んで仕舞うから。忙しくても、余裕が無くても、同じ空間に居られるならば重畳。  敢えて行動予定を予測しないで来ると、何割かの確率で今日の様に待惚けを喰らう事も多々有る。  君は、こんな事一切知らないだろう。  でもね、私は知って居るのだよ。  私が何時来ても佳いように君が私の好きな酒と肴を切らさず準備して呉れて居る事に。  雨の檻に囲まれて、独りだった頃を思い出す。  死ねば何かが解るだろうと思って居たあの頃、然し君に出逢って仕舞った。  始めは私の中に現れた小さな雑音。私とは違う存在の君が疎ましかった。  七年間、毎日君を私の世界から排除し続ける事だけを考えた。だけど君は予想以上にしぶとかった。其の生命力はごきぶり並みかな。  単なる雑音が唯の雑音では無くなった時、先に袖を引いたのは君と私の何方だっただろうか。  君が考えるよりずっと私は見栄っ張りなのだと思うよ。君が私に抱く感情が別の物へと変遷して仕舞わぬよう、私は私で在り続ける。  君に逢いたいと願う私、もし此の儘君が帰って来なかったらと不安を抱く私、待って居る事を知られたら幻滅されるかもと不安に思う私――。  そんな私を君は望まないだろう?  何故今日に限ってこうも君の帰宅を待ち続けて仕舞うのだろう。普段ならば君が居ないと判れば諦

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