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第7話

それから一ヶ月、櫂斗は毎日のように亮介に呼び出されては、身体をもてあそばれた。 しかし、櫂斗が両親の事を口走って以降、亮介はほぼ無言で櫂斗を責めるだけで、会話らしい会話はしない。しかも櫂斗が限界を迎えて終わるというパターンが常態化し、気付けば抱かれたのは最初だけになっていた。 いつまで付き合えば飽きてくれるのだろう、と櫂斗は思ったけれど、考えるのは止めた。きっかけは脅しだったけれど、会話は無くても亮介の責めは的確で、一人でいても勝手に身体が疼くようになってしまい、困ったなと苦笑する。 学校が夏休みに入ると、櫂斗の仕事は昼間中心になる。ハッキリ聞いた訳じゃないけれどフリーランスらしい亮介は、仕事の時間がバラバラでいつが空いているのか分からない。 (こんな事になるなら聞いておけば良かったな) 櫂斗は授業をしながら思う。以前亮介には関係の無いことだ、と空いている日の話をしなかった事を後悔した。 (かと言って、オレから連絡はしたくないし) 櫂斗から連絡すると、ホント好きだよな、とニヤニヤする亮介の顔が目に浮かぶ、それは嫌だ。 けれど、疼く身体は何とかしたい。櫂斗は仕事終わりに、亮介の家に行ってみることにした。 授業が終わると挨拶もそこそこに帰る準備をする。そんなに急いでデートですか? なんて同僚に言われたけれど、そんなんじゃないとだけ答えて塾を出た。 この時期は、夕方でもまだまだ日が高く、気温も高い。湿気でまとわりつく空気が鬱陶しいと思いながら、櫂斗は亮介の自宅へと向かう。 亮介の家の前に着くと、一呼吸してインターホンを押した。程なくして開いたドアから覗いた亮介は、驚いたような顔をしている。 「どうした?」 そう聞かれて、櫂斗は素直に目的が言えず黙る。俯いていると彼は「仕事が立て込んでるんだ」とドアを閉めようとした。櫂斗は慌ててドアの隙間に身体を滑り込ませる。おい、といつもの強い眼差しに耐えられなくて顔ごと逸らすと、彼はため息を一つついて櫂斗を中に入れた。 「悪いが先生と遊んでる時間は無いんだ」 「し、仕事、そんなに忙しいのか? ってか、お前ちゃんと飯食ってる?」 亮介の顔色をチラ見すると、やつれている気がした。そういえば、朝から食ってねーなと言うので櫂斗は分かった、と外へ出ようとする。 「おい?」 「食材買ってまた来るから、無視すんなよ」 櫂斗は顔が熱くなるのを感じながら、外へ出た。ショルダーバッグを掛け直し、近くのスーパーをスマホで調べてそこへ向かう。 (ってか、勢いで食材買ってくるとか言ったけど、アイツがどうなろうとオレには関係ないじゃないか) スーパーでカゴに野菜を入れながら、櫂斗はそんな事を思った。けれど何となく、亮介は仕事に夢中になって寝食を忘れるタイプなんじゃないか、と考えると放っておけなかった。 (器用だから、家事はできそうだけど) そう思って、櫂斗の中でうごめく指を想像してしまい、慌てて考えを打ち消す。 (会えないなら会えないで、何となく寂しいしな。……まるで恋してるみたいだな) 櫂斗は苦笑して、はた、と足を止めた。そして全身がカーッと熱くなる。好きだの恋だの、そんなものは随分前に諦めていたはずだ。だから櫂斗の思考に恋という単語が出てくる事自体、普通じゃない。 『先生、女が好きっていう感じじゃないから』 櫂斗は前に亮介に言われた言葉を思い出す。 あの言葉は当たっている。気持ちよければ女性ともできると思うけれど、基本櫂斗は同性と絡む方が好きだ。それに気付いた時から、恋愛は諦めている。それでも性欲はあるので、その場限りの相手を探したり、自分の欲求を満たすために痴漢相手を募っていたりしていたのに。 亮介には何故か全部バレている。最初は何気ない会話のようでいて、核心をついてくるのが嫌だった。それなのに……。 (最近は会話しなくなったな……) 全部遠慮なくさらけ出せる相手が亮介だけだと気付き、櫂斗はまた顔を赤くした。 (倦怠期の恋人じゃねーんだから) そんな事を考えながらスーパーで会計を済ませ店を出ると、真っ直ぐ亮介の家に向かう。 亮介の家に着くと、再びインターホンを押す。すぐに亮介が出てきて、無視されなくて良かったとホッとした。 「キッチン借りるぞ」 櫂斗はそう言ってキッチンに立つ。ここのところほぼ毎日来ているのに、ここに立つのは初めてだな、と苦笑した。 「何? 先生が手料理振舞ってくれんの?」 案の定ニヤニヤしながらこちらを眺めている亮介。できたら呼ぶので、仕事してろと言うと、彼は驚いた顔をした後、いつか見た、目尻を下げて笑う顔を見せる。 亮介が仕事部屋へ引っ込むと、櫂斗は野菜を切っていく。調理器具はあるものの、ほとんど使われていない状態だったので、もったいない、と櫂斗は思った。 そして、今日の分のメインから作っていく。細かく切ったピーマン、人参、チャーシューをご飯と一緒に炒め、中華スープの素と醤油、塩コショウで味付けをしたら、最後に卵だけ炒ってご飯に混ぜる。お皿に盛ったら炒飯のできあがりだ。男の料理だけれど、コンビニや牛丼屋よりはマシだと、亮介を呼びに行く。 「まだ作るから先に食べてろ」 買ってきた春雨スープの素にお湯を入れて亮介の前に出すと、意外そうな顔をして櫂斗を見た。 二人分作ったので一緒に食べないのか、と聞かれたけれど、まだ櫂斗の仕事は残っている。 ピーマンの残りは鶏肉とオイスターソース炒めに、人参は炒りごまと炒めて金平に、野菜を全部使って作っていく。それを買ってきた保存容器に入れて、粗熱を取るためにそのまま置いておくと、櫂斗の仕事は終わりだ。 「冷めたら冷蔵庫入れろよ」 言う通りソファーで先に食べていた亮介にそう言うと、櫂斗も作った炒飯を食べ始める。 「料理、上手いのな」 不意に亮介がそんな事を言い出すので、櫂斗は照れ隠しに「別に普通だろ」とぶっきらぼうに答えた。 「いや、普段からやってるのは分かったよ。俺はめんどくさいが先にきちゃうから」 一人暮らしの一番のネックだな、と櫂斗は笑う。久しぶりに日常会話をしている気がして、何だか胸の辺りが温かくなった。 亮介は先に食べ終わると、サンキュ、美味かったと食器を片付けようとする。櫂斗はそれを止めた。 「いい。仕事あるんだろ? 俺がやるし、片付けたら帰るから」 「は? じゃあ何しに来たんだよ」 亮介にそう言われて、櫂斗はかぁっと顔が熱くなる。視線を落として正直に言った。 「何って……ここに来たらやる事は一つしかないだろ。でも、仕事の邪魔はしたくないから……」 「……」 亮介は黙って櫂斗の隣に座ると、顔を引き寄せ耳たぶを噛む。 「い……った!」 結構な力で噛まれ、櫂斗は身を引こうとするけれど、その直後にそこをべろりと舐められて、背中を震わせた。 「先生のそういう所、俺は嫌いだ。……片付け終わっても帰るなよ? 一段落させてくる」 耳に息を吹き込むように言われて、櫂斗はまた肩を震わせる。赤くなってるであろう耳を手で押さえると、亮介は機嫌良く仕事部屋に向かった。 「……何なんだ……」 櫂斗は呟いた。最初は遊んでる時間が無いとか言っていたくせに、櫂斗の作った夕飯は食べて、櫂斗が帰ると言ったら帰るなと言う。 (まるで、オレにここにいて欲しいみたいじゃないか) そう思ったら、顔どころか全身が熱くなった。え? オレのこの反応何? と慌てる。 確かに亮介は帰るなと言った。だからここにいて欲しいのは間違いないと思う。けれどそれで櫂斗が照れる意味が分からない。 (出会った頃に言われてたら、確実に逃げたくなってたのに) この心境の変化は何だ、と櫂斗は炒飯をかき込む。 (一ヶ月も毎日のように会ってれば、情も移るわな) しかも身体の関係だけとはいえ、櫂斗は人に言えない性癖をさらけ出している、それを受け止めてくれるだけでも、亮介は櫂斗にとって特別な存在だ。 櫂斗は食事を終えると、亮介の分の食器も洗って片付ける。作り置き惣菜の粗熱が取れていたので蓋をして、冷蔵庫に放り込んだ。 (……何か、彼女みたいだな) もうその手の考えはよそうと思っていたのに、櫂斗はまた顔を赤くする。 (いやいやいやいや!) とりあえず、食器も片付けたし何か別の事をするか、と櫂斗は無理やり思考を切り替える。しかし勝手に亮介の物を触るのも気が引けるので、ソファーに座ってスマホを見た。 「……」 何だか落ち着かない。辺りを見回すと、コルクボードに写真が増えていることに気付く。近付いて見てみると、やはりコスプレの写真で、このボードに必ずいる人物が写っている。 (コイツの事、気に入ってんのかな) わざわざここに集めて飾ると言うことは、そういう事だろう。確かに可愛い顔をしているし、写真の中のその人はいい表情をしている。信頼しているんだな、と思ったらキュッと胸が締め付けられた。 そう考えていると、櫂斗はハッと自分がまた乙女思考になっている事に気付く。 亮介だって仲のいい人の一人や二人、いるに決まっている。それをどうこう言う権利は、誰にも無いはずだ。 (ああもう、分かったよ) 櫂斗はため息をついた。亮介の事が気になっている事は認めよう。けれど櫂斗は、まだ彼の事をあまり知らない。知っているのはフリーのカメラマンということと、櫂斗とプレイの相性が合うということだけだ。 (ん……入れられたい……) 櫂斗は小さく肩を震わせた。ほぼ毎日しているのに、櫂斗の欲は日に日に増していくばかりだ。しかも亮介は、櫂斗をグズグズにしておきながら、それで満足しているのか抱こうとしてこない。 (やば……落ち着け) 遊ばれているのはそれで分かる。けれど、それでもいいと求めてしまうのだ。 「……やっぱり帰るか」 帰って、自分で慰めて寝よう、やる事無いしと、櫂斗は亮介に断りを入れるべく、仕事部屋のドアをノックした。 「どうした?」 すぐに開いた扉から、亮介が出てくる。櫂斗は自分の視線が泳ぐのを自覚した。 「や、やっぱり暇だし帰るわ。作ったおかず、冷蔵庫に入れたから食べろよ?」 「……俺は帰るなって言ったはずだけど?」 声のトーンが下がった亮介に、櫂斗は冷や汗が出る。何でそんなに怒るんだよ、と内心怖くなった。 「だって、やる事無いし……」 「……」 目に見えて不機嫌オーラを出す亮介は、櫂斗の腕を引っ張り、部屋の中に入れた。そこにはパソコンが二台あり、そのうちの使っていない方の机の椅子に座らされる。 「じゃあ、そこでオナニーでもしてろ」 早速仕事に戻った亮介は、櫂斗を見もせず言った。大きな画面には、亮介が撮ったらしい写真が表示されている。その画の陰影の美しさに、櫂斗は思わず見入った。 「これ……オレが見てもいいやつか?」 「守秘義務を守れよ? 破ったらアイツらうるさいから」 櫂斗は改めて画面を見る。写っているのは真洋だ。コルクボードに貼ってあった写真は、やはり仕事で撮ったものらしい。 「アイツらって?」 「本人とプロデューサー。悪いけど仕事の話はこれ以上できない」 それもそうか、と櫂斗は大人しく椅子に座る。こだわっているのか、スプリングといい、すごく座り心地が良い椅子だった。 どうやら亮介は、写真の修正や編集をしているようだ。表示された真洋は際どい格好をしているものの、その表情は柔らかく、人を惹きつけるものがある。 「……綺麗だな。真洋だろ、これ? 信頼されてんだな」 「どうしてそう思う?」 「表情かな」 「……」 亮介はため息をついた。褒めているのに何でため息なんだよ、と櫂斗は思うと、亮介はそのまま画面を閉じて席を立った。 「……やる気削がれた。寝る」 「は? まだ九時台だぞ? ……ちょっ……」 櫂斗は腕をまた掴まれ、亮介に連れて行かれる。どこへ行くんだ、と思ったら浴室に連れ込まれた。

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