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1思い通りにならない転生
「ですからー、あなたは勇敢な魂として、転生先を選ばせてあげるって言ってるんですよー」
自身のことを女神と言い張るセクシーな女が、やけに布の少ない服を着て両手を腰に当てて怒っていた。
自分はなぜ怒られているんだろう。それにしても眠たいなあ。
そんなことを思いながら、怒られている彼はぼんやりと考える。
さっき自分は子どもを助けて死んだはずだった。目を開けたらここに居て、この自称女神という女が「いらっしゃいませー」と自分を出迎えた。そして二言目に「転生先を選んでください」なんて言い出したから、彼もわけが分からなくなったのだ。
転生。転生とは、転生である。つまり彼は生まれ変わるらしい。
「えー。もういいよ。ごろごろだらだらしてたい。もうずっと寝てたい」
「なにこの怠惰な奴! もっとテンション上げてくださいよー! 好きなところに転生させてあげるって言ってるんですよー!?」
「えー転生って、転生だよね? よく見るあれだよね?」
「そうですよー。チーレム転生もお手の物です! どうですか?」
「チートとか最初はぼっちでもそのうちモテモテになってもてはやされて騒がしくなっちゃうやつじゃん。騒がしいのは嫌」
「もうやだこの怠惰男!」
ああでもないこうでもない。自称女神からたくさんの案を出されても、彼は素直に頷かない。もはややる気すらないのか、彼はごろごろと白の世界に転がっていた。
「あ、そうだ。僕、男同士の恋愛が当たり前な世界に行きたい」
「……お、男同士のー? なんですそれ」
「実は知人の影響でBLにハマっちゃってさ。僕の居た世界には恋愛って概念も希薄だったから、生で拝んだことはないんだよね。実際どんな雰囲気なのか見てみたいし」
「ははー、なるほどなるほどー。ふんふん、ありますよーそういう世界。あ、あなたはどうします? あなたは恋愛に混ざるポジション?」
「んー、恋愛って分からないから、僕は見てるだけでいいや」
「よしよし、じゃあ設定オーケーです。これは完璧な世界がご用意できましたよー! 行ってらっしゃーい!」
横になっていたはずの真っ白な床が突然抜けて、女神が遠くなっていく。
なんて乱暴な転生なんだと思いながらも、彼は内心わくわくしながら目を閉じた。
「シグラ様ー。おーい、シグラ様ー」
え? と。顔を上げると、不思議そうな顔をした知らない若い男が、彼を覗き込んでいた。
おそらく何かの休憩中だったのだろう。彼はソファに座って、ぼんやりと空を見つめていたようだ。
目の前の男は執事服を身につけていた。しかし髪型は固めているわけでもなく下ろしていて、ボタンもいくつか開いている。そのだらけた雰囲気からは決して「執事」には見えないのだが、彼を「シグラ様」と呼ぶことからしても、きっと彼に仕えている執事で間違いはない。
それにしても顔がいい。そんな格好でチャラけた雰囲気でも許されるのはきっと、この男の顔がいいということも一つの要因としてある気がする。
「ちょっとちょっとなんでそんな見つめるんすか。あ、さては惚れました?」
「いやいやナイナイ。大丈夫です」
そう。いくらこの男の顔がよくたって、彼には恋愛がよく分からない。
「ところで僕の名前は?」
「はあ? なんですか、いきなり記憶喪失のフリですか。いいっすね乗ってやりましょう。あなたはシグラ・ローシュタインという名前で、ローシュタイン伯爵家の次男坊です。優秀なお兄さんが跡継ぎであなたは自由の身、今日はようやく見つけたお相手とお見合いの日です、さあ行きますよ」
執事はとうとう乱暴に、シグラの首根っこを掴んで部屋を出た。
執事はシグラよりもうんと背が高い。そのため見事にずるずると引きずられ、周囲の使用人たちが驚いたように見守っている。
「お見合い!? 待って待って、僕はその恋愛には巻き込まれないはずで……」
「なんすか巻き込まれないって。もうお相手の方来てんすからね、しかも三人も。こんなシグラ様をもらってくれるなんてお相手なかなか居なくて困ってたんですから、わがまま言わないでくださいよ」
「嫌だよ絶対嫌だ。僕は結婚なんかしない! そもそも考えてみてよ、男同士で結婚しても子どもが産めないでしょ?」
いや、待てよ。
シグラは一拍おいて考える。
男同士の恋愛が普通であるというこの世界。それが普通であるというのに妊娠、出産を無くしてどうやって世界が成立しているというのか。
「なに言ってんすか、今日のシグラ様は大ボケですねえ。だからバース性ってのがあるんでしょうが」
「うわー! オメガバースだった! やったー楽しい! 生オメガバ!」
シグラのそのテンションに、さすがの執事も引いている。
「でもまあシグラ様はベータですからね。アルファのお兄さんと違って嫁ぎ先を選ぶのに難航しまくりです。はい、着きましたよ。どうぞ行ってらっしゃい」
「えっ、僕ベータ? そうかそのほうが巻き込まれにくい……て待て待て、乱暴に放り込むな!」
ガチャッと無遠慮にその部屋の扉を開けると、執事は力いっぱいシグラを中に放り投げて扉を閉めた。
中に居た三人が振り返る。やはりなんというか、すべての男の容姿は完璧なまでに整っていた。
「ああ、初めまして。やはり遠目に見るよりも愛らしい容姿ですね」
執事との戦いで髪の毛は乱れているし、首根っこを掴まれていたから服もくしゃっとしている。それを見てこんなにも甘やかに微笑むことができるなんて、さすがはイケメンというべきか。
シグラはひとまず立ち上がって、すぐに服を整えた。
今話しかけた男は、さらさらのストレートの銀の髪を程よく整えて、白を基調としたスーツをまとっていた。肌も白く、エメラルドグリーンの瞳がポツンと映えている。172センチのシグラよりも身長が高いから、おそらく180はあるのだろう。
「ふん。なかなかの登場だな。遅れた上に謝罪もないのか」
真っ黒の髪を短く整えた、真っ赤な瞳の男が毒を吐く。こちらは濃紺のスーツをまとい、赤のチーフをさしていた。先ほどのおっとりした銀髪の男よりも雄々しい容姿をしているが、やっぱり美形である。そして身長が高い。
「それで? 顔見たからもう帰っていいのかなぁ?」
最後の一人は、ハニーブラウンの髪に同じ色のスーツを身に付けた、やけに甘い顔立ちの男だった。襟足が少し長く、声も甘やかである。ブルーの瞳はキラキラとしているが、やけにつまらなさそうにシグラからはすぐにそらされた。そしてやっぱり身長が高い。
(……まぶ、眩しい……どうしよう、圧倒的アルファみたいな人たちが集まってしまっている……)
しかしどれほどイケメンでも、どれほどすごい人たちでもシグラの心は変わらない。
シグラは観客として、BLをただ傍観していたいだけである。
「初めまして、シグラ・ローシュタインと言います。遅れてしまってすみません。顔も合わせたことですし、そちらの方の言うとおり、今回は解散ということにしましょう」
「……潔いですねえ……ローシュタインの御令息は、結婚を強く望んで相手を探していると伺ったんですが……」
(強く望んで……? あの女神、僕が絶対恋愛対象にならないようなところに転生させてくれって言ったのに、婚活バリバリしてた男になったら意味ないじゃないか……!)
いや、落ち着け自分。この人たちが乗り気でないということは、この人たちにとって自分は下の下。きっと本来であれば相手にもされない立場の人間のはずである。従来のオメガバースの世界ではアルファとオメガは美しいとされているが、ベータは平凡。つまりシグラがどれほど婚活しようとも無駄だったのだ。
「……改心……そう! 僕は改心したんです! いやー、僕に結婚なんて高望みかなあと。……ということで今回のお話はなかったことに、」
「そうもいかない」
出てきたのは黒髪の男だった。
「ローシュタイン伯爵から、息子と結婚した者にローシュタイン家は寄り添うのだと言っていた。ローシュタインと言えば歴史も深く、国に対して口もきける。俺たちとしてもこの縁談は成功させたい」
「えーっと、お名前は」
「自分が呼んでおいて失礼な男だな。俺はゼレアス・グランフィード。グランフィード侯爵家の三男だ」
「へえ、侯爵……」
「私はルジェ・アルフライヤ。アルフライヤ伯爵家の次男です」
「オレはスレイ・リックフォール、この縁談には乗り気じゃないから、勝手にやっててー」
黒髪、銀髪、ハニーブラウンの順番で自己紹介をしたが、どうやらハニーブラウンの彼はまったく乗り気ではなかったようだ。家が大きくなることには興味がないのだろう。一人ソファに座り、茶を楽しんでいる。
「はー。なるほどなるほど、僕の家ってばすごいんだなあ。くそー、家柄も普通のとこで、とか言っとくんだった」
「なにを言っているんです?」
「ひとまず顔合わせは終わったので、ここは一つ解散ということで。えーっと……ちょっと名前覚えられないんですけど、まあ機会があればまた会いましょう」
「なんで俺たちがフラれた感じになってるんだ?」
「負けた感が否めませんねえ……」
「呼ばれてこれって……釈然としない」
腑に落ちないような顔をしているゼレアスとルジェの隣、つまらなさそうな顔をしていたスレイだけが楽しそうに笑っていた。
けれどシグラだって譲れない。転生したてだからこそ状況の整理をしておきたいし、考えたいこともあるし、外に出て生BLを楽しみたいし、とにかくシグラにはやるべきことがたくさんある。こんなところで成立するはずのないお見合いを続けている時間はないのだ。
「あれ、なんだっけあいつの名前……執事、執事の名前聞いたっけ……? 聞いてないな、聞いてないよな? わー、面倒くさ。執事! 執事ー! いないのー?」
「貴族とは思えない声量……」
「そう言ってやるな、ルジェ。ローシュタインの次男坊が規格外なのは今に始まったことじゃない」
「そうですが……ってスレイ? 何を見ているんです?」
「んー……オレ、今初めてあの子の顔見たんだけど……瞳の色、あんなだったっけ?」
スレイの視線を追いかけて、後の二人もシグラを見つめる。ちょうど執事が「声がでけーんすよ」と言いながら気怠げに部屋に入ってきた頃だった。
シグラは執事の態度に眉ひとつ揺らすこともなく、まるでじゃれるようにやりとりを繰り返している。
「……確かに。以前の彼は色素の薄い瞳でしたが、今は真っ黒ですね。それに、執事の態度に苦言の一つでも漏らしそうなものですし……」
「目の色はともかく、あの執事は前からあんなだろ」
「だからあまり近くには居なかったんじゃない? ほら、別の執事がもう一人居ただろ、そっちがよくあの子と一緒に居たほう」
「ああ」
三人の視線に気付くこともなく、執事の背に隠れたシグラがひょこりと顔を出す。
「というわけで解散です。僕はこれから少し用事がありますから。お見合いについては後日手紙を出しますので」
「……まあ、今日のところはそれでもいいか」
「そうですね。今日はそれで」
「そうだね」
「え? 今日は? いや今後もこんな機会は、」
「それじゃあ、失礼いたします。見送りは不要ですので」
にっこりと爽やかに笑っていたのはルジェだけだった。ゼレアスはポーカーフェイスを貫いていたし、スレイはやっぱり興味もなさそうだった。
丁寧に扉が閉じて、室内が静まり返る。
シグラは物言わず執事を見上げた。
「そんな顔されてもなぁー……まあ良かったじゃないですか、今まで連敗続きでしたし。これで念願の結婚に一歩近づきましたね。しかも粒揃いでしたよ」
「ダメなんだよそれじゃあ! そうだ、女の子を用意すればいいんだよ。男は一般的に女と恋愛するものなんだってBL漫画で読んだよ。女の子が居たらあの人たちもそっちに向いてくれるんじゃないの?」
「えー、無理ですよ。女性はいますが数が少なく、見つかれば奴隷か売り飛ばされるかってんだからみんな隠れて過ごしてます。ほとんどが男装してますし、見分けがつきません。特に女性のオメガなんて高値で売れますからね、余計隠れます」
「なんだよこの世界!」
たしかに、男同士の恋愛が主な世界が良いと言ったのはシグラだ。だけど異性の存在がない世界、とまでは言っていない。
シグラは「なんでだよー!」と悔しそうに叫ぶと、その場に力なく座り込んでいた。
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