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3もう一人の執事

   クガイに二度もイかされたシグラは、風呂から出てもぐったりとしていた。  肌が上気してどこか色っぽい。クガイは力の入らないシグラをベッドに横たえて、ちゅっと一度額にキスを落とす。 「……はぁ。なんか、すごいことをされた気がする」 「まああんなものは序の口でして」 「そうだ、そうだよ。男同士のセックスはもっとこう……挿れたり抜いたり」 「さすが、よくご存じですね」  額にキスをしたクガイが、なぜかその距離から離れない。  シグラは不思議に思ってじっと見つめていたのだが、クガイが離れることはなかった。 「……なんだよ、何かついてる?」 「いえ。……シグラ様、キスの経験は?」  額同士が触れ合って、鼻が擦れる。  彼にセックスの経験はあっても、キスの経験はない。快楽にそれは必要なかったし、そもそも唇を重ねるという発想にも至らなかった。  シグラが照れたように頬を染めたのを見て、クガイは答えを察したようだ。 「じゃあ、これが初めてですね」  言い終わると同時、クガイの唇が軽く触れた。  ちゅ、と吸い付いて、すぐに離れる。それをぼんやりと見ていたシグラは、あ、これBL漫画で見た展開だ、なんて呑気なことを思っていた。 (こんなイケメンの相手の受けが僕かー……)  クガイの顔が近づくと、シグラの口が自然と開く。  ――そうだ、この体は「シグラ・ローシュタイン」のものであって、自分のものではない。こんなイケメンの相手が自分だなんて考える必要もないだろう。イケメン×平凡なんて美味しい設定ではないか。  それなら仕方がない。キスをされることも、あんなところを舐められることも、これから先セックスをしたって、仕方がないことなのだ。 「んっ……」  じっくりと唇が重なると、すぐに舌が入ってきた。味わうような動きのクガイに、シグラの目尻もとろりと垂れる。擦れて、舐められて、なぞられて、隅々までを丁寧に舐め尽くす舌に、シグラはすっかり虜になった。  キスだけでもこんなにも気持ちが良いものなのか。シグラはキスを知らなかったから、こんな感覚も初めてである。 「あっ……ク、ガイ……ん、ぅ……」 「いい顔……」  頬を包むように固定されて、シグラは動くこともできない。絡まる舌にうっとりと身を任せていると、突然シグラの中心に刺激が走った。  びくりと大きく腰が跳ねる。しかしキスに夢中なシグラはそちらを見ることもなく、まるで擦り付けるように腰を揺らした。 「……はー、エッロ……」  緩く勃起したそこに、クガイが軽く触れただけだ。それなのにシグラはすっかり乗り気なのか、今もクガイの手に股間を擦りつけている。  唇が触れ合う間にも気がつけば首の後ろに腕が回り、クガイはガッチリとホールドされてしまった。シグラの腰は止まらず、今もなお揺れ続けている。 「ん、こら、シグラ様、」 「さ、さわって……ふ、ぅ、おねが……」 「あー、もう。こんな時ばっか可愛くなって……」  遠慮なく下穿きに手を差し込んで、その中で中心を軽く扱く。逆手になっているために当たるところも違うのか、クガイの絶妙な手つきもあり、シグラの快楽は一気に上り詰めた。  腰が揺れて、甘い嬌声が漏れる。けれどキスはやめたくなくて、シグラは必死にクガイに縋り付いていた。 「あ、あ、イく、クガイ、イくぅ」 「イって、ほら……ん、まじでエロ……」  ぬちゅぬちゅと、先走りが塗り付けられる激しい音が聞こえる。シグラが最初よりも激しく腰を振っているから、そのせいかもしれない。クガイが手を動かすのをやめてみると、やはりシグラは自分で思うように動いていた。気持ちいいところを擦り付けるように先端を押し付けてみたり、全体を扱いてほしい時には大きく腰を動かしてみたり……。  クガイの手でオナニーをする姿に釘付けになっていると、もっとくれとキスをねだられて、無意識のうちに煽るように耳を撫でられた。  普段のシグラからは到底想像がつかないその姿に、クガイの中心も痛むほどには膨らんでいた。 「い、いい、イく、クガイ、ぃ、イく、イ、く!」  最後は大きく腰を揺らして、クガイの手に射精した。  だらしなく脚を開いたままで、震えるシグラはベッドに深く腰を沈める。必死になりすぎて腰が浮いていたことに、気付いたのはそのときだった。 「あ、クガイ……」 「やべー……ちょっと俺トイレ行きます」  テキパキとシグラのことを綺麗にすると、クガイは逃げるようにトイレに入った。普通は主人と同じトイレは使わないのだが、クガイは何から何まで規格外な執事であるために、気にするような素振りもない。  シグラはぐっと両手を伸ばして、そのままベッドに体を預けた。 「はー……というか暇だなー……伯爵家? の子どもって何するんだろ……」  ゆっくりと寝たから眠くもないし、何をするにもやる気は起きない。何かないかと部屋を見渡してみても、特別何かに没頭していたこともなさそうだ。  このシグラ・ローシュタインという男は、普段何をしていたのだろうか。 (まさか婚活ばっかしてたとか?)  いやいやまさか。昨今の女子でもそんなに必死になったりしない。  シグラはすぐに鼻で笑って、ひとまず体を起こす。すると部屋がノックされて、返事を返せば一人の執事が入ってきた。 「シグラ様、御昼食の準備ができております」 「……ああ、はい。どうも」  黒髪を後ろになでつけて眼鏡をかけた、執事らしい見た目の男だ。身長も高く、冷たそうな顔が余計に執事っぽさを引き立てている。  これは絶対に攻めだ。でもこれでオメガだったなら最高――とじっくりと見つめていると、執事は動かないシグラを見て不審そうに眉を寄せた。 「……シグラ様? ダイニングホールに参りましょう」 「あ、うん。あとで行く。今クガイがトイレ行ってるから」 「…………クガイ?」  冷たそうだった執事の顔が、一気に渋いものに変わる。 「何、仲悪い?」 「いえ。……私の記憶では、シグラ様はクガイ・ヴィンスターを嫌っていたはずです。……あれを待つなど、どういう心境の変化でしょう」 「別に何も。そういえばあなたの名前は?」 「な、名前?」  次々と変わる話題に、執事は面食らったようだった。けれどシグラには関係がない。別に今のシグラはクガイのことを嫌っているわけではないし、この執事とクガイの確執もどうでもいい。前の世界でもマイペースだったということもあり、シグラは自分が思うままに会話を進めていた。 「今更どうされたのですか」 「今僕、記憶喪失ごっこしてるんだよね。だから一応」 「はあ……私はレシア・イージアと申します」 「あーすっきりした。あれ、レシア。なんでいんの」 「なっ……! ヴィンスター、あなたまさか、シグラ様のお部屋のレストルームを使ったのですか! 信じられません。だからシグラ様に距離を取られるのです」 「シグラ様、こいつが言ってた『もう一人の執事』で、シグラ様の世話をずっとしてたやつですよ」 「ああ、あの」  クガイが「もう一人の」と言っていたから、いったいどんな執事なのかと思っていたが。シグラ・ローシュタインという男はきっとクガイのようなだらけた者が苦手だったのだろう。レシアはクガイとは正反対で、レシアはまさに「執事」という言葉を具現化したような男である。 「んでこいつオメガなんすよね」 「ヴィンスターっ!」  さらりとした言葉に、レシアは慌てた表情を浮かべた。  漫画の中では、バース性に触れるのは御法度のような雰囲気があった。特にオメガなんて差別の対象にされるものだから隠している者も多かったように思う。それをクガイにあっさりとバラされて、レシアはやはり渋い顔をしていた。恥ずかしいというよりも気まずそうだ。もしかしたらレシアは、バース性を以前のシグラにも明かしていなかったのかもしれない。  しかし、いざ秘密を明かされた今のシグラはと言うと。 (……オメガ。オメガ……?)  この執事が、子どもを産める――?  最初に願っていた「この絶対的攻めっぽい人がオメガだったら最高」という現実が目の前に降ってきて、喜びのあまり顔を真っ赤に染めていた。 「……隠していて申し訳ございません、シグラ様。私はオメガではありますが、発情期(ヒート)の調整はしっかりとしております。それでも酷い場合は長期でお休みをいただき、邸の者に迷惑がかからないようしっかりと対処、」 「イイ」 「…………い、イイ?」  つまりなんだ。この身長の高い眼鏡で敬語の圧倒的攻め様が、実は子どもを産める体で実は攻められる側の人間ということか。  夜はやっぱり甘えん坊になるのだろうか。発情した時はトロトロの表情になって、もっとしてとたくましい体をしているくせに雌の顔をするのだろうか。いや、こうなったらもう襲い受けでもいい。最初はがっついて攻めの上に乗るくせに、だんだん余裕がなくなって最後は乱暴に組み敷かれることに興奮する受け。――どちらでも美味しい! 「なぜ早く言わなかったんだレシア! 僕はレシアがオメガだからって辞めさせたりなんかしない!」  むしろ、こんな美味しい素材を側から離してなるものか――! 「し、シグラ様……」 「よし、じゃあ昼食は部屋へ持ってきてくれる? ぜひレシアの話を聞きたい。できれば元彼の話とか、好きなタイプとか」 「え! いえ! 何を、私がそのようなことをシグラ様に言えるはずが、」 「僕は心配してるんだよレシア。オメガってほら、あんまり扱いよくないでしょ? だから今まで辛い思いをして、誰にもそういう話ができなかったんじゃないかってさ。僕には隠さず話してほしいんだ。すっきりしようよ」  シグラがそんなもっともらしいことを並べると、レシアは感銘を受けたかのように息をのみ、深く頭を下げて部屋を出て行った。あの様子なら昼食は部屋に運ばれるだろう。シグラはわくわくする胸中を押さえつけて、昼食を待つべく広いソファへと向かう。 「……チッ。今のシグラ様はオメガに理解があったんすね」 「理解?」 「シグラ様はオメガが嫌いだったはずですよ。オメガの話題に触れることも嫌がっていましたし、アルファ至上主義って感じでした。まあこの家で育ったから仕方がないんでしょうけど……だからあいつのバース性をバラせばあいつのことは遠ざけると思ったのに……」 「何だクガイ、そんな意地悪はしてやるもんじゃないよ。それにオメガとは素晴らしい存在だ。なにせ男でも子どもが産める! 子育てBLの鉄板ネタ!」 「ちょっと何言ってるか分かんないっす。……んー、でもそうか。今のシグラ様は結構寛容な方なんすねえ……」  いったい何の目的でそんなことをしたのか、シグラは少しだけ気になったけれど、特に深堀はしなかった。  すると、クガイがソファへと歩み寄る。一緒に座ることはなかったが、後ろからシグラの顎を持ち上げると、触れるだけのキスを落とした。 「……クガイ?」  なんで今キスしたの? なんてシグラの疑問に気付いていながら、クガイは一度微笑むだけで何も言わなかった。  

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