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最終話 いつも通り
「馬鹿っすよあんた! もーほんっと!」
「シグラ様! 良かった、ご無事で!」
クガイの後からレシアも劉蓮に抱きついて、二人よりもずいぶん低い身長の劉蓮はすっかり埋もれていた。実際の劉蓮は165センチしかない。これまではほとんど浮いていたから身長なんて考えたことはなかったけれど、こうなってしまえば改めてクガイたちの身長の高さを突きつけられる。
劉蓮は二人にぎゅうぎゅうと押しつぶされながら両手を忙しなく動かし、なんとか部屋の状況を確認すべく這い出そうと試みていた。
「わ、待って待って、とりあえず待って! ちょ、今白黎さんが居たような気が、」
「居るよ、劉蓮くん」
「え! 何やってるんですかあなた! まっ、一回離して、お願い!」
結局何をどう言っても二人は離れなくて、最後には劉蓮も諦めたようだった。
劉蓮はひとまず、二人をぶら下げたままで振り返り、時空から天弦を引きずり出す。白黎はぎくりと震えていたが、劉蓮がごつんとロッドで頭を叩くと、さらに落ち込んだ天弦は部屋の隅っこで拗ねたように丸くなっていた。人よりも大きいサイズではあるが部屋には入るくらいだったから、劉蓮がそれ以上天弦を叱ることはなかった。
「シグラ、俺たちはきみを探していて……」
「へ? そうなんですか? だからみんな集まってるんだ?」
「当たり前でしょう! シグラが消えたと聞いて、私たちがどんな思いをしたか……!」
ブルブルと頭を振って落ち着いている天弦にやや怯えながら、ゼレアスとルジェも立ち上がる。
白黎が彼を”劉蓮”と呼んだことから、話の流れを考えても彼がこの世界にいた”シグラ”であるということは間違いないだろう。にわかには信じられないがきっとそれが現実だ。ゼレアスもルジェもスレイも、彼のことを確認するようにじっと見つめていた。
不思議な感覚だった。姿形は違うのに、なぜかかつてのシグラと同じようなものを感じる。言葉では言い表せないが、劉蓮はなぜか心が惹きつけられるような、おかしな魅力を持った男だった。
「愛されてるねぇ、劉蓮くん」
「一回聞くんですけど、なんで白黎さんがここに?」
「だってぼく、ここで家族ができたから」
「家族……?」
「それ、オレの父親」
「そっ……」
言葉に振り向くと、スレイがいつもの飄々とした様子でソファに座っていた。
「ち、父親? スレイの?」
「さっき言ったでしょ」
「ぼくがパパだよー」
「え! 父親!? 白黎さん結婚したんですか!? こ、え、この世界はオメガバだから、つまり白黎さんはアルファ!?」
「驚くところそこなんだね、さすが劉蓮くん……」
興奮している劉蓮に、クガイが触れるキスをして離れた。レシアも同様にキスをして離れたが、二人とも劉蓮の手だけは離さない。
「うそ、なんで、真神だから……? じゃあ僕も今アルファってこと……?」
「いやいや劉蓮くん、今さらっとキスされたことに何か言いなさいよ。何慣れちゃってんの」
「あ、いつものことだからつい」
「ずるいぞ執事、俺もシグラとキスがしたい」
「いいですね、私も混ざりましょう」
「モテモテだねぇ……」
劉蓮は真剣に考えるような素振りを見せた後、手を繋いだままの二人を交互に見上げる。
「僕って今アルファ?」
二人は両側から劉蓮の首元に顔を寄せた。
「どっちでもないんじゃないすか?」
「匂いませんね……」
「ええ! 僕またベータなの!? 白黎さんでもアルファなんだよ!? 管理人特典なの!?」
「よく分からないけど本当に失礼だなぁきみ……というかぼくはアルファというわけではないからね。単純に、ぼくたちみたいな存在はバース性に当てはまらないんだと思う」
「……当てはまらない?」
「オレの母親、アルファだしね」
衝撃的なスレイの言葉に、その場にいた全員が動きを止めた。
しかしよく考えればそうだ。スレイは王弟の息子。父親が白黎ということは、母親は王弟ということになる。王家にはアルファしか居なかったはずだし、順を追って考えればつまり、スレイを産んだのはアルファということだ。
「どういう仕組みですかね……?」
ヒクヒクと顔を引きつらせながら聞いたルジェに、白黎も「さあね」と興味もなさそうに返した。
「ぼくは彼が好きだったし、彼もぼくを好きだったから自然とこうなったかな……だからたぶんぼくたちはどっちにでもなれるんだよ。アルファにも、オメガにも。必要であれば相手の体さえ変えてしまう」
「オメガにも?」
反応したのは、その場に居たアルファだった。
クガイもゼレアスもルジェもスレイも、考えることは一つである。
つまりどちらにもなれるということは、劉蓮は子どもを産めるということだ。
「あらー……これ教えないほうが良かったな……」
「そうだ。僕、少ししたらこっちに住むから」
「え!? それって機関は納得してるの!? 劉蓮くん居なくなったら、」
「条件をもらったんだよ。世界の恐怖の一つである天弦 を使役すること。時空間魔鏡耐激発訓練 にだけは必ず参加すること。危機的状況に陥ったとき、あるいは真神が戦いを回せなくなったらすぐに戻ってくること、だってさ」
「…………で、天弦 がこうなってるわけか……」
白黎の目が、やや引き気味に獣を映す。今ではすっかり飼い慣らされているが、白黎が知っている時期の天弦なんて、それはもう世界を壊しまくり人を食いまくり、凶暴で恐ろしい生き物だったはずである。誰にも手がつけられなかった。真神が集まったって天弦を仕留めることはできず、追い払うのが精一杯の状態だった。ちなみに超上級天獣はもう一体いるが、そちらは天弦よりも大人しいために刺激さえしなければ人類を襲うようなこともない。だから世界は天弦のみを”恐怖”としていた。劉蓮が誕生してからはそれほど恐怖にもならなかったが、彼が面倒くさがって使役したがらなかったために世界は結局怯えていた。
それをまさか、向こうに戻ってから帰ってくるまでの短時間――とはいえあちらではおそらく半年は経っている――で成し遂げるとは。
(……本当……こんな子がいたら真神なんてやってられないよねー……)
白黎がかつてその世界から逃げ出したのは、実は劉蓮が理由である。
生まれたときから特別な真神。それを前にして真神としてのプライドは真っ二つに折られ、さらには自信がなくなった。
「じゃあ帰りましょうよ。シグラ……じゃないな、劉蓮はしばらく、俺の家を使えばいいっすから」
「それなら私の家にまいりましょう、ヴィンスターの家よりも綺麗ですよ」
「なぜ? 俺の家にくればいい。グランフィード侯爵家がもてなす」
「それはもちろん我が家も同じですよ、劉蓮。またアルムを見にきませんか?」
「というかこのまま泊まればいいだけなんだから邪魔するなよ。劉蓮を置いて全員出て行って」
周囲がぎゃいぎゃい言っているのを、劉蓮だけが他人事のように聞いていた。
あちらはこんなにも明るくはない。まず外の色が違う。照明も違う。音も違う。温度も空気も、匂いも違う。一つ一つを確認して、劉蓮はふっと顔を伏せる。
――行きたいなら行っていいよぉ。でもたまには顔を見せにきてねぇ。
また逆戻りした日常に、劉蓮も最初は逆らうことはなかった。長年そうやって生きてきたのだ、もうその生き方が染み付いている。しかしどうにもつまらなくて、すぐに洲芭に話を持ちかけた。
前の世界に戻りたい、こちらのことも捨てないからどうにかできないだろうかと。そうして洲芭に背を押されて、国から条件をもぎ取った。吏張も応援してくれた。もう一人の真神である秦蘭 も、戻りたいと言えば笑って行けと言ってくれた。彼らは劉蓮のことを仲間と思っているが、可愛がってもくれている。息子のように、弟のように見守ってきたからこそ、彼らは劉蓮が初めて自分から何かをしたいと言ったことを流すことはなかった。
劉蓮はわがままを言ったことがなかった。こんなことは最初で最後だ。前の世界から出たいと思うなんて、そんな日が来るとは思ってもみなかった。
「どうかしたんすか?」
クガイが心配そうに覗き込む。劉蓮はそれを見てようやく実感が湧いたのか、嬉しげな笑みを浮かべて、両手を広げてクガイに抱きついた。
「ただいま!」
*
「天弦 なんて大物使役させて、護衛のつもりか?」
焼け野原となった戦場に、巨大な獣が多く倒れていた。秦蘭はそれの一匹をごろりと蹴っ飛ばして、絶命の確認をする。
洲芭はいつもの穏やかな様子で、ただ眠たそうにふわふわ浮いていた。
「だって劉蓮、あっちで結構男に求められてたみたいだったしぃ……それにまあ白黎も居たから、変にそそのかされないようにね」
「白黎? ああ、宗白黎か。何してんだあの人」
「知らない。でもまあ彼は一応空間の管理人としての役割を持ってるから、劉蓮を側に置くにはちょうどいいよねぇ」
「…………言ってやれば良かったのに。あの条件は全部洲芭が出したやつで、機関は洲芭がねじ伏せてやったって。そしたら劉蓮も惚れてくれたかもよ」
「……別にいいんだよー。私はあの子の成長を見守るのが趣味なだけだから」
「趣味ねえ……」
広がる曇天は果てしなく続いている。二人はふわりと体を浮かせると、すぐに真神の集まる塔へと向かう。
「てか白黎さん、いつになったら管理人って気付くんだろうな」
「ね。いくら時空間の移動が得意だからって、あんな頻度であんな長時間動ける真神なんて居ないのにねぇ……」
「自分が追っかけられない理由も、管理人だからどこの世界に居てもいいって思われてるって知らないってことだよな?」
「白黎は馬鹿だから自分は力の弱い真神だから放って置かれてるって思ってそう。そもそも彼は真神というより”管理人”だから力なんか弱くて当たり前だよねぇ……」
塔に戻ると、吏張が準備をして待っていた。
戻ってきたばかりの二人はそれを見て首を傾げる。いったいどこに向かうのか、戦闘に向かうにしては軽装だったのだ。
「吏張、どこか行くのぉ?」
「おまえたちも行くぞ、緊急事態だ」
「「緊急事態?」」
二人は目を見合わせて、すぐに吏張へと視線を戻す。
「新しい真神が生まれたんだよ!」
その言葉に、二人の動きが止まった。
けれど動き出したのはすぐ後だ。三人は勢いのままに塔から飛び出して、新しい真神の元へと飛び立っていた。
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