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第3話・事件は突然に①
忘れ物に気が付いたのは、昼食を取るために教室を出て食堂まであともう少しと言うところだった。
「あっ」
「どうした?忘れ物か?」
「…財布忘れた」
「お前…」
「わりぃ。すぐ取って来るから律は先に行って席取っててくれてる時雨達に伝えてくれ」
「…分かった。今日はなんだ?食券は先に買っておいてやる」
「さすが、律。今日はかつ丼と天ぷら蕎麦食う気だったからそれで頼む」
「ん」
隣を歩いていた律樹にそれだけ告げると、すぐに踵を返して足早に教室へと戻る。
流石に生徒会長が廊下を走るわけにもいかない。
というかは知っているところを厄介な奴に見つかったらまた時間を取られて昼飯を食い損ねてしまうのでそれだけは避けたい。
「あ、会長。こんにちはー」
「おう」
「お、一年会長。頑張ってくれよ」
「有り難うございます。頑張ります」
なんて、すれ違って声を掛けてくれる同級生や先輩達に会釈して返事を返しながら教室へと戻れば机の上に置きっぱなしだった財布を手に取って、再び教室の出口へと。
食券を買うだけなら律樹達に借りて後で返せばいいんだけど、俺の場合食後にも色々と買うから自分の財布持ってないと不便なんだよな。
なんて思いながら、教室を出ようとしたその瞬間だった。
「おい!あそこ見ろよ!あれ人じゃね!?」
教室で弁当を食っていたクラスメートの1人が突然驚いた声を上げた事で足を止めて振り返る。
「え?どうした?」
「あ、赤城!あれ見ろよ、あれ!東校舎の屋上にフェンス乗り越えた生徒がいるんだけど、あれまさか飛び降りる気じゃ!?」
「はあ!?」
クラスメートの言葉に思わず素っ頓狂な声を上げて、クラスメートが見ている窓の隣の窓へと走りより張り付く。
そこには、本当に、屋上のフェンスを乗り越えた状態でぎりぎりのところに立ち、下を見つめている生徒の姿があった。
おいおいおいおい、俺が生徒会長の時に飛び降りとか冗談じゃないぞ。おい。
と思った時には、
「お前は職員室に行って誰がも良いから教師にこの事伝えてきてくれ!俺が許可するから全速力で行ってこい!」
「わ、分かった!赤城はどうするんだ!?」
「間に合うか分からないが止めに行って来る!」
クラスメートの言葉にそれだけ告げると俺はすぐさま教室を飛び出した。
そのまま全速力で廊下を突っ走り、東校舎へと向かう。
途中、厄介な奴にあった気がしたけれど知った事か。それどころじゃない。
東校舎に入ってもまだ騒ぎが起こっていないところを見ると、例の生徒はまだ飛び降りていない事はわかる。
怖気づいて考え直してくれていればいいけれど、と思いながらも屋上へ続く階段を一気に駆け上がり扉を大きく開いて屋上に出れば、屋上に飯を食いに来ていた数人の生徒達の人だかりが出来上がっており、そのフェンスを越えた向こうには、例の姿が見えた。
「おい!落ち着けよ斎藤!」
「そうだ!馬鹿な真似はよせって!」
「来るな!もう放っておいてくれ!もうどうなったっていいんだ、僕なんて…!」
生徒の知り合いらしい生徒達が説得しているけれど、どうやら事態は好転していないらしい。
けれど、例の生徒がそっちに気がとられているのは好都合かも知れない。
そう考えて、俺は人だかりから大分離れた場所からフェンスをよじ登っていく、途中、人だかりにいた生徒が俺の姿に気が付いて、驚いたようにぎょっと目を見開くのを、人差し指を口に当てて静かにとのポーズで黙らせると。
『そのまま説得を続けていてくれ』
と、大きく唇を動かして伝える。
どうやら、俺の意図は伝わったらしく、生徒がはっとしたように頷いて説得を再開するのを見届けると、一気にフェンスを乗り越えて俺も反対側へと。
「うおお…、怖え。足場なさすぎだろ。なんて言ってる場合じゃないか」
1人小さく呟くと、フェンスを両手でしっかりと掴みながら横歩きに、一歩、また一歩と例の生徒の方へと近づいていく。
幸運な事に、フェンスを乗り越えて近づいてきている人物がいるとは思っていないのか、例の生徒は説得する生徒達の方へと意識を集中させてこちらに気が付いていない。
一歩、また一歩と細心の注意を保ちながら、よしあと五歩ほど近づいたらその手を掴める距離へと辿り着いた時だった。
「陽斗!!?何をやってるんだ馬鹿!!」
なんて言う大きな声が聞こえて俺はぎょっとして下の方へと視線を向ける。
そこには、食堂の硝子戸を開けて驚愕の表情でこちらを見上げている律樹と時雨と友成の姿が。
ああ、うん。そうかー。そうだよな。
食堂って本校舎のそっち側だったよなー、そこからならこっちは丸見えだよな。うん。
うん。分かるぞ、分かるけどな。
この状況に至っては馬鹿はお前だ律!!!
内心叫びながら頭を抱えてうずくまりたい気持ちになる。
勿論、物理的には絶対できないのだけれど。
俺に届いた声は、やはりと言うか例の生徒にも届いており、説得する生徒達へと向けられていた瞳は、今は信じられないように見開いた状態で俺だけに向けられている。
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