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第64話壊れたオモチャとスワローテイル【5】

 絶叫レベルの衝撃にジャレッドもズワルウの首にしがみつく。分厚い雲を過ぎると、眼下に広がる風景が一変していた。人の住む家屋の屋根の並びとは異なり、羊でも放し飼いにされていそうな長閑(のどか)な遊牧地といった雰囲気だ。 「ここは?」 「どうやら王宮の裏側まで戻ってきたようです。市街地からは離れてしまいましたね」  ジャレッドが最初に飛び出した地区とは真反対の、さらにそれよりも王都の端っこ。裏側ということは崖のあった方向だ。こちら側には連れ出してもらったことがなく、王都の中にもこんな場所があるなんて知らなかった。  ジャレッドは後方を振り返る。高台に建てられた王宮の背を見るような形となり、崖の上に木々の緑と裏門の明かりがぼんやりと見える。  王宮から視線をわずかに下へずらすと、ガーネットを国色とするレヴェネザ軍の一団と双頭の竜をモチーフにした隊旗を掲げるゲーニウスが王都内を闊歩(かっぽ)している状況が見てとれた。 「あれがすべて襲いかかってきたとしたら、王都は一瞬で灰になりますね」 「うん、ほんとに・・・・・・」  何もできないのが苦しい。  王都の出入りには通行証が必要なため何箇所か関所(せきしょ)が設けられているのだが、その場所はゲーニウスに押さえられ、蜘蛛の子一匹逃げられないだろう。  街並みの真ん中を流れるナパ運河の両端にも双頭竜の隊旗が揺れ、地下の隠し通路対策まで万全を期されていた。  これは魔法でも使わなければ抜け出すのは不可能である。 「スティーヴィーは見当たりませんね。そろそろ人目についてしまう高さです、飛び続けるのは危険かもしれません」  ギルはズワルウを地面へ降りるよう誘導しながら、目を凝らしている。  ズワルウが降下を始めたということはスティーヴィーを見つけたからだ。まず王都の外へは出られないが、隠れて身を潜め、見張りの目が緩むときを見計らっているのだろうか。  動きのない牧草地の上に目を走らせていると、風に(なび)いたマントの布端がジャレッドの視界に映り込んだ。 「あれ、違うかな・・・・・・?」  それらしい人影はおぼつかない足取りで柵を越え、家畜小屋の方向へ向かっていく。 「背格好は似ていますね、追ってみましょう」  ズワルウは賢い。会話の内容を理解し、タイミングよく滑らかに草地に降り立った。ジャレッドは指を鳴らしてズワルウを燕の姿に戻し、慎重に家畜小屋の扉を開けた。 「ほら!」  ジャレッドの口から第一声が弾け、中にいた人物———スティーヴィーが信じられないような目つきで入り口を振り返った。視線はすぐにジャレッドの肩に止まった小さな燕と後ろに立ったギルに向けられ、「ああ・・・・・・」と声にならない声をもらすと、気が抜けてしまったのかペタンと土と藁の敷かれた上に膝と尻をついた。 「スティ、なぜ逃げた。ここで何を?」  答えろと、ギルはいつになく厳しい口調で問い詰める。 「・・・・・・最後に見にきてやりたくて」 「見にきて?」  ジャレッドは険悪な空気の横をすり抜け、小屋の中を観察した。中は木の柵でスペース分けがされており、餌を入れる器と水桶もある。たんまりと藁が敷いてあるのは手前の一箇所のみで、その藁の上にボタンの実サイズの黄色い毛玉ボール・・・・・・が一二三、四、五、動いている・・・・・・? 「ねえ、あれ何?」  ジャレッドが指を差す。スティーヴィーは足を引きずりながらそばに寄り、毛玉ボールをひとつ包むように手のひらに乗せた。   「鶏の(ひな)でございます」  ジャレッドは目を輝かせてスティーヴィーの隣にしゃがみ込んだ。 「つまりヒヨコだ」 「ええ、さようでございます殿下」  ヒヨコは藁の上でよちよち歩いたり転がったり、スティーヴィーの手のひらの上ではパカっと大きく嘴を開けて餌をねだる仕草をする。 「これはどうしたんだ?」  ギルが腰に手を当てて覗き込む。 「ここの家主は亡くなったそうで、何頭かの家畜がそのまま残されてしまったのです。少し前にスティーヴィーが飛んでゆくのを追いかけてみると、放置されたひどい有様で。他にも親鶏、山羊、豚がいたのですが私が見つけた時にはすでに・・・・・・。野犬に喰われたものもいたでしょう。しかしこの子たちだけはズワルウが餌を運んでやっていたらしく生きていてくれたのです」 「んで最後にこの子たちの様子を見て、崖から落ちて死のうとでも思ったの?」  ふかふかのヒヨコの尻をつつき、ずけずけとデリケートな心情を(あば)く。  ギルに対して事細かに事情を説明していた口をスティーヴィーは固く閉じ、ジャレッドを見詰めた。執事がしてはいけないであろう痛憤(つうふん)に満ちた視線をジャレッドに向け、その襟ぐりを掴む。一瞬の出来事にギルが間に入ることができず、ジャレッドは強い力で胸元を引き寄せられ、予想した痛みにギュッと目を閉じた。  しかし何も起きないままスティーヴィーの拳は下ろされた。  隙をついたようにギルがスティーヴィーを引き剥がし、ジャレッドを背中に庇う。ギルの額には焦りで冷や汗が滲んでいる。 「スティーヴィー!!!」  ギルは怒りの声を上げた。 「王太子殿下に向かって手を上げるなど、懲罰ものであるぞ? わかっているのか?!」  スティーヴィーはギルの声に茫然と項垂れる・・・・・・。

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