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第95話

 文維(ぶんい)に夢中だと言われた煜瑾(いくきん)は、小敏(しょうびん)から目を逸らしたまま、小さな声で呟いた。 「私が…文維にどう思われていたとしても…。私は、文維を愛することを辞めることはできません」  そんな親友に、経験豊富な小敏は仕方が無いな、と言った顔をして、ギュッと抱きすくめた。 「あのね、煜瑾。まだ文維と宋暁(そう・しょう)のベッドの中の事を心配しているなら、本当に君はおバカさんだよ」 「…でも…」 「煜瑾は、…文維しか知らないから、想像だけでもしてごらん?文維以外の、好きでもない人と、セックスして本当に楽しいと思う?」  煜瑾は驚いて小敏の目を見ると、激しく首を横に振った。 「絶対に、文維以外と…、だなんてイヤです」 「だよね。想像しても分かるのに…ボクは、そんな楽しくないことを何度も繰り返した。好きでもない相手でも、体の関係を繰り返せば、本当に好きになれるかも、って思った」  煜瑾は、小敏が今の恋人に行きつくまでの苦悩を詳しくは知らない。  それでも、明るく、元気な笑顔で周囲を幸せにするような親友が、いつからか変わってしまったことで、何かしら苦しい想いを抱えていることは感じていた。 「文維だって、煜瑾以外とセックスなんてしたいと思ってるはずない。それなのに、煜瑾の目の前で、したくもない行為を見られてしまった…。これ、堪らなく気まずいよ」  冗談めかして小敏は笑うが、煜瑾は真剣な顔して親友の顔を見つめている。 「きっと文維は煜瑾が怖いんだよ」 「怖い?」  煜瑾が聞き返すと、小敏は愛情たっぷりの笑顔で頷いた。 「浅はかな自分のことを、煜瑾に軽蔑されたり、嫌われたり、呆れて捨てられたりするのが怖いんだよ」 「そんなこと、私は!」 「分かってる」  必死な煜瑾を遮り、小敏は笑った。 「煜瑾がそんなことをしないって、ボクには分かってるよ。でもね、ありえないことでも、『好きだから』不安になるんだよ」 「…好きだから…」  その言葉に、煜瑾は思い詰めたように俯いて唇を噛んだ。 「煜瑾だって、ボクが何度言っても、文維が煜瑾より宋暁とのセックスに夢中だって信じてるじゃん」 「……」  返す言葉が無く、煜瑾は泣きそうな視線を小敏に向ける。 「文維は、煜瑾のことが好きすぎて怖がってるし、煜瑾も文維のことが好きすぎて不安になってるんだよ。だから、煜瑾は、か弱い文維を守れるくらいに、強くならなきゃいけないんだよ」  小敏の言葉に、煜瑾は真剣な表情で大きく頷いた。 「文維の事が好きなら、宋暁との過ちはちゃんと怒った方がいい。その方が文維は救われるよ。その上で、煜瑾を抱いていいって言ってあげてよ。それまでは、文維は煜瑾に愛されてないって気がして手が出せないよ」 「…いつでも…、文維は私を抱いていいのに…」  煜瑾はそう言って、その印象的な大きな目を閉じ、白く艶やかな頬に涙が一筋流れた。 「そうだね。それをちゃんと文維に教えてあげないと」  そう言って小敏は可愛いくウィンクし、茶目っ気たっぷりに笑った。  泣き笑いの煜瑾は大きく頷き、優しく、賢く、経験豊富な親友をギュッと抱き締めた。

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