98 / 172

第98話

 朝一番に、寝不足の顔を隠しもせずに、煜瑾(いくきん)小敏(しょうびん)(とう)家の母屋へ向かい、煜瑾の兄の唐煜瓔(とう・いくえい)が朝食を摂っている食堂へと駆け込んだ。 「おはようございます、お兄さま!」  小敏に強引に手を引かれた煜瑾は、少し息を弾ませながら兄に朝の挨拶をした。 「煜瓔お兄様、おはようございます!」  唐煜瓔のお気に入りでもある羽小敏は、いつも以上に、無邪気で素直でカワイイ笑顔を添えて挨拶をする。  その下心を知っている煜瑾は困ったような顔で俯いてしまうが、兄の煜瓔は気にしていないようだ。 「2人とも、昨夜はゲストハウスで頑張っていたらしいね。一緒に朝ご飯はどうだね?」 「いただきます」  唐家の当主として、さらにこの秋には婚約を控え、ますます風格を上げた唐煜瑾が、鷹揚に朝食の席を薦めた。それに間髪入れずに返事をしたのは羽小敏だった。煜瑾は戸惑ったように親友の顔を見、次に兄の様子を窺っていた。  すぐに有能な(ぼう)執事が近付き、煜瑾の椅子を引き、続いて小敏の椅子を引いた。 「ありがとう」  煜瑾はようやく笑顔を浮かべて、優雅に席に着いた。  その隣で、小敏はじっと唐煜瓔を見詰めながら、思わせぶりな笑みを浮かべて席に着く。何かを企んでいるとしか思えない様子に、警戒しているのは茅執事だけだった。 「それで、2人して何を企てていたのかね?」  今朝は中華風の朝食の日らしく、唐煜瓔の前には広東風の具だくさんなお粥が置かれていた。  このお粥が大好きな煜瑾は、すでに嬉しそうにニコニコしている。  小敏も笑顔だが、どこか落ち着かない視線だ。 「あの…お兄さま、実は…」  大事な文維のためにせっかく立てた計画を無駄にしたくない煜瑾は、思い余って兄に切り出そうとした。 「煜瓔お兄さまにお願いがあります!」  言いにくそうな煜瑾とは違い、小敏は明るい顔で、ハキハキと声に出した。煜瑾は驚いて息を呑んでしまい、先を言えなくなってしまった。 「羽小敏からのお願いですか?それとも、煜瑾と2人からの?」  唐煜瓔は、可愛い2人の弟をからかうように言いながら、中華風のオムレツを貴族的な優雅さで口に運んだ。 「言い出したのはボクです。煜瑾は手伝ってくれただけなので、お願いはボクからです」 「ほう?」  小敏の話に興味を持ったのか、唐煜瓔は箸を置いてジャスミンティーに手を伸ばし、小敏の方に向き直った。  それの視線をしっかりと受け止め、堂々とした態度で小敏が言った。 「煜瓔お兄様にカンパのお願いに来ました」 「カンパ?」 「はい、そうです。文維(ぶんい)のクリニックが開業3周年を迎えるのでパーティーを開きたいのですが、お金がありません。借りたとしても返せる見込みが無いので、だったら気前よくカンパしていただこうと思いました」  小敏の表情はにこやかだが、その眼は真剣だった。

ともだちにシェアしよう!