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第20話 即オチしたし恋もした・終
夜の受付業務を再開して二日目、受付窓口を閉める時間が近づき片付けを始めたところで、依頼を受けていたニゲルが戻って来た。相変わらず人並外れた早さで依頼をこなす姿に、苦笑を浮かべながらも少しばかりの憧憬を抱く。
もし俺が白手袋になっていたら、ニゲルと一緒に依頼を受けたりできただろうか……、そんなことを思い、それはあり得ないことだと頭を振った。
「どうかしました?」
「なんでもないよ」
無茶な解毒魔術が成功したからか、ふと自分が冒険者になったときのことを思い描いてしまった。
まだ冒険者に未練があったんだなと、我ながらおかしくなる。受付になって十年も経つというのに、胸の奥には修行していた頃の気持ちがずっと燻っていたのかもしれない。だからアイクが冒険者への未練を抱いていることに気がついたし、ニゲルへの憧れが恋に変わるんじゃないかと心配になったのだろう。
そう、俺はずっとあの頃の思いに囚われていたのだ。だから体だけの関係にこだわり、恋なんて絶対にしないと頑なに思い続けてきた。それもこれも、ルークレットへの拗れた恋心が生み出した呪いのようなものだ。
(……ルークレットのことを思い出すだけで不快だったのに)
ニゲルに全部話したからか、あの頃のことを思い出しても不快にはならない。それがあまりに調子がよすぎるように思えて「ふふ」と笑ったら、「ハイネさん?」と心配そうな声色で名前を呼ばれてしまった。
「なんでもないって。依頼達成の確認と報酬の決済、終わったよ」
「ありがとうございます」
専用の台座から取り上げたランクチェッカーが、キラリと銀色に光った。
療養中、どうしてゴールドランクを目指さないのかニゲルに訊ねた。理由は至極簡単で、「この年齢でゴールドになると、また面倒なことが起きかねないんで」とのことだった。
冒険者に成り立ての頃のことを思い出したのか、心底不快だと言わんばかりのニゲルの表情に、よほどの目にあっていたんだなと少しばかり同情した。それでセックスに高等な魔術を使うようになったことには賛成できないが、俺だって初恋を拗らせてこうなっているのだから、何も言うことはできない。
……それに。
(たしかに怖いくらい気持ちがいいのも本当だし)
あんなセックスを一度でも経験したら、もうほかの人とはできなくなる。
いや、ニゲル以外とはもうしないのだからそれはいいんだが、どんどん開発されているような気がして、この先自分がどうなってしまうのか少し怖くなった。そもそもニゲルははじめから開発したいとか言っていたわけで、そうなると、ますます俺の体はどうにかされてしまうということで……。
「ハイネさん、顔が赤いですよ?」
「……っ」
おかしなことを思い出したせいだ。慌てて口元を引き締めた俺は、ランクチェッカーを手のひらに載せてニゲルへと差し出した。
「仕事中にベッドでのことを思い出して赤くなるハイネさんも、かわいいですね」
「……っ! ニゲル!」
キッと睨みながら見上げると、にこりと笑ういつもどおりの整った顔があった。しかしそれは童顔にも見える笑顔ではなく、どちらかといえば年相応に見えるものだ。
(……違う、ベッドの中と同じ顔だ)
ベッドの中でいつも見ている、色気が混じった雄の顔。その顔を見るだけで体の芯がじわっと疼いてしまう。
「仕事も普通にこなしているみたいですし、もう大丈夫ですね」
「なにが……っ」
問い返そうとさらに顔を上げたところに、ニゲルの顔がスッと近づいてきた。
「今夜は朝まで寝かせませんから」
「っ」
耳元で囁かれた言葉は、しばらくキス以外で触れ合っていなかった俺の体を一気に熱くした。
「やっぱりハイネさんはかわいいなぁ」
にこりといつもの笑顔を見せたニゲルは、ランクチェッカーを受け取ると酒場へと向かった。看板娘に話しかけ注文したのは、エールではなくソーダ水のようだ。
そんなニゲルの様子を視線で追ったあと、ランクチェッカーを載せていた自分の手を見る。冷たい金属が離れたあと、硬い指先で手のひらを撫でられた。ゆっくりと、意味深に。
(誘われるときに、たまにされたけど……)
以前よりも、いまのほうがずっとドキドキする。撫でられた手のひらをギュッと握り締め、やけにドクドクと早まる鼓動を感じながら仕事の後片付けを再開した。
++++
「久しぶりにホテルに行きましょう」と言われて連れて行かれたのは、ニゲルと初めてベッドを共にしたあのホテルだった。なるほど、ホテルに行くから酒場でエールを飲むこともなく、いつもなら持ち帰るために注文する軽食も頼まなかったのだろう。
部屋も記念すべき初日と同じ洒落たあの部屋だったからか、エールを飲みながら感慨深くなった。
もしあの日ニゲルの誘いに乗らなければ、いまこうして一緒にはいなかったかもしれない。そう考えたら好みの冒険者とベッドを共にしていたことも、気持ちがいいことが好きなことも、即オチと言われるくらいの体なのも、よかったことのように思える。
そんなどうしようもないことを考えていたことは、どうやらニゲルにすぐさま悟られてしまったらしい。エールを一杯飲んだだけで風呂へと俺を連行したニゲルは、際どい触れ方で体を洗ったあと、満足に水気を拭うことなくベッドへと直行した。そうしてしつこいほど愛撫し、グチョグチョと音が聞こえるまでほぐし、軽く後ろだけでイッた直後に貫いてきた。
数日ぶりだからか、中を押し拓くペニスはいつもよりずっと熱く太く感じた。大きな亀頭で縁を広げられる感覚に、わずかな恐怖と被虐的な気持ちが湧き上がる。
圧倒的な力で蹂躙される瞬間、恐怖とともにゾクゾクとした快感を感じてしまうのは、きっと初体験のときに痛みと幸福感をごちゃ混ぜに植えつけられたからだろう。そういう意味ではトラウマかもしれないし、初体験のせいで冒険者とのセックスにハマったと言えなくもない。その後は対等に快感を追うセックスばかりしてきたが、それも初体験のようなことをくり返したくないと思っていたからかもしれない。
そんな中でニゲルとしたセックスは、これまでの誰とも違っていた。はじめは雷撃のビリビリのせいだったにしても、挿入前からこんなにも蕩けさせられ、貫かれたあともドロドロにされるなんて初めてだった。そうじゃないなんて強がっていたが、ニゲルが言うとおり俺は即オチしていたんだろう。
(たくさんの冒険者と寝てたのに、即オチってどれだけなんだ)
思わず「はは」と笑えば、俺を膝に乗せたまま貫いているニゲルが「かわいい」と笑った。
「少し余裕があるハイネさんも、やっぱりかわいいですね」
「ん……っ」
「大人の色気たっぷりで、女王様みたいなハイネさんも好きですけど」
「女王、様って、なに、」
「前にお仕置きだとか言って、俺の上で女王様になったじゃないですか。あれ、結構キました」
「はは、ああいうの、好きなんだ?」
「嫌いじゃないです。まぁハイネさん限定ですけど。んー、でも今夜は、どっちかっていうと泣かせたかなぁ」
「泣かせたいって、」
「それに、そろそろ乳首だけでイけるようにもしたいですし」
「え、」
不穏な言葉にギョッとし、慌てて両手で肩を押した。それでも対面座位だからほとんど離れることはできず、逆に逞しい腕に腰を抱かれて下腹を密着されてしまう。すでに一度射精して滑ったままだった下腹に、少し萎えた自分のペニスが触れた。
「大丈夫、怖くないですよ」
「ちょっと、なに言って、……っ」
腰を抱いているのとは反対の右手が胸に触れた瞬間、ビリビリとした小さな痺れが走った。思わず首をすくめると、また「かわいい」という声が聞こえる。
「こら、ニゲル、」
「少し刺激しただけでぷっくりして、かわいいなぁ」
「ニゲル!」
「ハイネさんって敏感ですよね。だから、そろそろ乳首だけでイけると思うんですよね」
「敏感って、こら、」
「大丈夫、気持ちいいだけですから」
やけににこやかに笑うニゲルに身の危険を感じたが、間に合わなかった。逃げる間もなく左の乳首に硬い指が触れ、直後にビリビリとした痺れが乳首全体を包んだ。
「ひっ」
わずかな刺激かもしれないが敏感な乳首には相当な衝撃で、痛みなのか別の何かなのかわからなくなる。
得体の知れない感覚に身をよじるが、しっかりと腰を抱かれた状態では逃げようがない。しかもアナルには立派すぎるニゲルのペニスが突き刺さったままで、少し動けば後ろが刺激されるせいで、よけいに動けなくなってしまった。
「大丈夫ですって」
「ひ、」
「先っぽがいいですか?」
「ぃっ」
「それとも、こうやって摘んだままがいい?」
「ひぃ、」
「はは、どっちでもビンビンに勃起しますね」
「ひ、ひんっ」
「ほら、こんなにぷっくり膨らんで。それに真っ赤になって、おいしそうですよ」
「ばか、ぃ……っ」
ビリビリが続くせいで、乳首が、いや左胸全体が熱くなってきた。ビリビリにも妙な強弱があって、弱いときにはジクジクし、少し強くなるとどうしてか背筋までもがビリビリと痺れたように感じてしまう。
そのうち乳首から胸、臍、ペニスへとジクジクしたものが伝わるようになり、乳首にビリビリを感じると臍の下やアナルがヒクヒク震えるようになってきた。もちろんこんな状態になるのは初めてで、体の変化が段々と怖くなってくる。
「や、もぅ、ちくび、やめ、」
「気持ちよくないですか? ほら……」
「ひん! や、もうビリビリ、やだって、」
「気持ちいいでしょ? ハイネさんのチンコもピクピクしてますよ?」
「や、ビリビリ、やめ、もぅ、むり、」
「大丈夫、もっと気持ちよくなりますから、ね」
ニゲルが優しく「ね」と言った瞬間、それまでよりも強いビリビリに乳首が覆われ、上半身がビクッと反り返った。悲鳴を上げたはずの口からは息だけが漏れ、両手は逃げたいのか捕まりたいのかわからないまま必死に逞しい肩を掴んでいる。
「あー、かわいいなぁ」
「や、ちくび、やだ、ぁ!」
「かわいい」
「やめ、やめて、も、やめ」
「はは、やばいくらいかわいい」
ニゲルと会話が噛み合っていない気がする。やめてと必死に訴えているのに、かわいいしか聞こえてこない。
俺は乳首のビリビリが怖くて何度も首を振った。ビリビリするたびに遠くから体の芯をジリジリいじられているような気がして、体の奥がぞわぞわして堪らなかった。初めて感じる中途半端に迫り来るような快感に、俺はただ泣いて嫌だと言うことしかできなくなっていた。
「ぃや、もぅちくび、むり、」
「んー、そろそろかな」
「やめ、も、ちくび、やめて」
「すごい、乳首真っ赤」
「ちくび、やめて、ちくび、ちくび、」
「乳首を連呼するハイネさんも、かわいい。ぅわ、お腹の中、すごくうねってきましたね」
「ちくび、やめて、ちくび、ちくびぃ」
「ん、おいしそうに勃起してるから、あとで食べてあげます」
爪で先をカリカリと引っ掻かれ、キュッと摘まれ、ビンと伸ばされた。その瞬間、間違いなくビリビリが乳首から体の芯を貫いた――そう思った。
体の内側からぐわっと広がった感覚は間違いなく快感そのもので、全身が引き絞られたようにぎゅうっと縮こまった。もちろんニゲルのペニスを咥えていたアナルも腹も締まり、肩を掴んでいた両手は思い切り爪を立てていたに違いない。
耳がキーンと遠鳴りするくらい全身が引き締まるなか、体の奥でドクドクと脈打つものをぼんやりと感じた。あぁ、ニゲルもイッたんだと思い、腹の奥がまたもやきゅんと締まる。
「う……ッ。もう、これ以上締めないで。食い千切られ、そうです」
真っ白になった頭に聞こえてきた言葉に、自業自得だと胸の内で言い返した。
こうして生まれて初めて乳首だけでイかされた俺は、乳首だけでメスイキするという初体験も同時に経験することになった。そのまま何度か意識を飛ばしながらも貫かれ続け、ニゲルの宣言どおり朝まで寝かされることはなかった。
目が覚めると見覚えのある天井が目に入り、思わず口元が緩んだ。
このホテルの同じ部屋で抱き潰されたのは、これで三度目だ。自分の部屋やニゲルが借りている宿屋の部屋では何度も同じ目にあっているが、この部屋の天井を見るのは特別だなと笑みがこぼれる。
ここで関係が始まり、ニゲルが好きだと自覚したあとに思いを交わしてとことん攻めれらたのもこの部屋だ。昨夜もある意味では初体験した部屋ということになるだろうし、間違いなく忘れられない部屋になるだろう。
顔を向けた先にある窓はカーテンが閉じられているが、外は随分と明るくなっている。まだ昼にはなっていないだろうが、そろそろ起きたほうがよさそうだ。
風呂に入って体をさっぱりさせてから軽くお昼を食べようか……。そんなことを思いながら反対側に顔を向けると、スヤスヤと眠るニゲルの顔が間近にあって驚いた。これまで俺を抱き潰した翌日は、俺より先に起きて水だの何だのを手際よく用意していたのに、珍しいこともあるものだ。
「……寝てるときも、童顔なんだ」
にこりと笑ったときと同じように、目を瞑っていると年齢よりも若く見える。こうしているとかわいく見えるのに、やることはかわいくないよなと、つくづく思った。
「そもそも乳首だけでイかせるとか、何を考えいてるんだか」
まぁ、イかされた俺が言うのもなんだけど。
そういえば「次はペニスにもやってみたい」なんて恐ろしいことを言われた気がする。グチャグチャになっていたせいで本当に言われたことなのか夢で聞いたことなのか、はっきりしないが……。
「ニゲルなら本当にやりそうだ」
ペニスに何をする気なんだと怖くもなるが、ニゲルがすることならまぁいいかと思ってしまう俺は、すっかり絆されてしまっている。これもきっと恋ゆえだろうと思うと、面映いやらおかしいやら不思議な気持ちになった。
「こんなに好きになるなんてね」
スヤスヤ眠る唇に触れるだけのキスをしてから、ムギュッと鼻を摘んでやった。
「ふぇ?」
「ぷっ」
「あぁ、ハイネさん、おはようございます。今日もかわいいですね」
「おはよう。っていうか、起き抜けにかわいいって、なに」
「だって、かわいいから」
「はいはい。それより、もう起きる?」
「あー、……まだ昼にはなってないですけど、起きましょう」
俺とは反対側のテーブルに置かれた時計を確認したニゲルが、フワァとあくびをしてから俺を見た。
「昼飯はここで食べます?」
「うん。でもその前に、風呂かな」
そっと上半身を起こしたが、力が抜けることもなくひどい怠さを感じることもなかった。昨夜はあんなに激しくイかされたのにと思ったが、体がニゲルとのセックスに慣れてきたからかもしれない。もしくは、ニゲルが俺の体のことを考えてシていたか。
「じゃあ、一緒に入りましょう」
そう言って同じように上半身を起こしたニゲルが、チュッとキスをしてきた。
さっき自分もしたのに、ニゲルにされただけで体の奥がジンとする。そのせいか下腹が震え、アナルからとろりと粘液がこぼれ落ちる感触がした。それに苦笑しながらベッドから出て立ち上がる。
「……なに?」
「明るいなかで見るハイネさんって、本当に綺麗だなぁと思って見惚れました」
「なに言ってんの」
「みんなから黄金の受付嬢って呼ばれるのもわかります」
眩しそうに俺を見る灰青色の眼差しに心臓がうるさくなったが、悟られるのも癪なのでくるりと背中を向けた。
「……あ、」
小さなニゲルの声は、きっと太ももに伝った液体が見えたからだろう。顔だけ振り返り、口角を上げて口を開く。
「少し動くだけでこぼれるなんて、出しすぎ」
「あー、ですよね」
「風呂で中、洗わないと」
「俺がやります。奥のほうは届かないかもしれませんけど」
「ほんと、毎回すごく奥で出すよな。っていうか、洗うだけだからね?」
「あー……、いえ、はい、洗うだけです」
ちらっと横目で見ると、ニゲルの下半身を隠している薄い掛布が少し盛り上がっているのがわかった。あれだけシたのに元気だなと呆れながらも、自分に興奮してくれるのは純粋にうれしい。
(ま、手か口で抜いてやるくらいは、いいか)
そんなことを思ってしまう自分に苦笑しながら、恋をするのはやっぱりいいなと思った。
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