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第22話

「…………せ、一之瀬……っ」 次に気が付いた時には、日が傾きかけていて、寒くなっていた。 目の前には、黒髪の、眼鏡をかけたスマートな顔がある。けれどその眉は困ったように下がっていて、どうしてそんな顔をしているんだろう、と春輝は不思議に思った。 「気が付いたか。……また酷い状態だな……」 起き上がれるか? と聞かれ、身体を起こした。あれからどれくらい、ここにいたのだろう? 「水野……」 「話は後で聞く。冷えてきたから寮に戻るぞ」 そう言われ、春輝は自分の身体が震えていることに気付く。頭が痛くて身体がだるい、熱が出たようだ。 そして、いつかと同じように貴之に肩を借りる。しかし貴之は寮の玄関ではなく、非常階段に春輝を連れて行った。 「今の時間は目立つ。階段がキツイかもしれないが、我慢してくれ」 春輝たちは何とか階段を上がり、部屋に戻る。部屋に入るなり倒れ込んでしまった春輝の制服を、貴之は脱がせて着替えさせた。 「制服、洗うぞ」 「ん……」 脱がせた制服を袋に入れた貴之はそう言ってくる。春輝は視界が回ってまともに返事ができないでいると、貴之はスマホで誰かに連絡を取っていた。 「……一之瀬、これだけ答えてくれ。誰かに何かされたのか?」 「……なんか……二年の三人組……前、オレの事バカにした……」 あ、ダメだ、と春輝は思う。意識がまた落ちそうだったからだ。 「オレが……吐いたから…………諦め……」 そこで春輝は喋れなくなってしまった。意識が朦朧とする中で、ふわりと身体が浮く。そして少しして、柔らかい所に寝かされた。不思議な事に、嫌だと思っていたベッドだと気付いても、何故かとても安心していて、そのまま深いところに意識が落ちていく。 しばらくして、また貴之の声がした。しかし応じることができずにいると、上半身を起こされる。頭が痛いのに無理やり身体を動かされ、眉間に皺を寄せていると、冷たく固い物が口に当てられた。形状からしてコップだろうか。しかし今の春輝には、物を飲み込む力さえ無い。 「頼む、市販の薬だけど、これだけ飲んでくれ」 熱が高いんだよ、と困ったような声がした。それでも春輝は反応できずにいると、貴之のため息が聞こえる。 すると、唇に柔らかいものが触れた。そこから水と薬らしき固形物が入ってくる。 「ん……、ぁ……」 春輝は思わずそれを受け入れ、飲み込んだ。はあ、と息を吐き出すと、水、まだ欲しいか? と聞かれる。 「ん……」 吐息とも取れる声で返事をすると、また柔らかい貴之の唇が水を含んで触れた。 「…………ぁ、水野……」 春輝は重たい腕を動かして、貴之の肩に両腕を回す。 貴之の手が春輝の背中を支えた。春輝は貴之から口移しでもらった水を飲み込むと、どちらからともなく互いの唇を求め合った。 貴之の唇が春輝のそこを優しくついばむ。一回、もう一回と、ついばむ度にそれは深く熱くなっていく。 「……春輝……」 掠れた貴之の声がする。初めて名前で呼ばれ、それがどうしようもなく春輝の心を切なくさせて、それに応えるように貴之の唇に吸い付いた。唇を食まれ、吸われ、舐められて、春輝の息は次第に上がっていく。 春輝はギュッと、肩に回した腕に力を込めた。身体の奥の方で、チロチロと小さく燃えていた火が、次第に大きくなっていく。春輝は、その優しく熱いキスに夢中になった。 「……一之瀬、これ以上は……もう休め、な?」 どれくらいキスばかりしていただろうか、急に貴之は春輝の身体を離す。彼の息も上がっていて、春輝のキスに感じてくれたのだと思うと、嬉しくなる。 春輝は素直に頷くと、そっとベッドに寝かされた。視線を一生懸命動かして貴之を見ると、耳まで赤くして片手で顔を隠す彼の姿が見える。 しかしそれ以上貴之を見る事は叶わず、春輝はまた意識を落としてしまった。 次に春輝が気が付いたのは、日付が変わって、日も高くなった頃だった。のそりと起き上がると、昨日と変わらず体が重い。熱は下がっていないけれど、意識はハッキリしているのでまだマシか、と時計を見る。針は授業が始まる時間を指していた。 どうやら貴之は春輝の熱が下がっていないので、起こさなかったらしい。机の上に朝食のトレーが置いてあり、その横にはコンビニの袋がある。 「寮長が寮を抜け出すなよ……」 そう言いながら袋の中を見ると、ゼリー飲料とみかんゼリー、桃の果実入りゼリー、ミックスフルーツゼリーと、ゼリーばかり入っている。 (……オレがゼリー好きだって、話したことないのに) 何故知っているのだろう? そんなに普段から態度に出ていただろうか、と思うと、何だかむず痒くなる。 春輝はゼリー飲料を飲み干すと、またベッドに寝転がった。そしてまたすぐに寝てしまう。 どれくらい経ったのだろうか、ガザガサという袋の音がして、春輝は目が覚めた。 「……水野?」 春輝の机の上に、またコンビニの袋を置いていた貴之は、ハッとこちらを向くと、起こしたか、と気まずそうに視線を逸らした。 「体調はどうだ?」 「うん、だいぶマシになったよ……」 「……そうか」 貴之はそう言うと、着替え始める。時計を見ると、もう授業が終わっている時間だった。 「あ、もう学校終わったんだ?」 「ああ。……それ、全部食べなくてもいいからな」 「ありがとう」 春輝は礼を言うと、貴之は春輝のベッドに腰掛け、春輝の額に手を当てた。 「ん……」 その気持ちよさに思わず声を上げてしまうと、その手が頬に下りてくる。少し低い貴之の体温が心地よくて目を閉じると、そっと耳を撫でられた。 「ん……っ、な、なに……?」 くすぐったさに身を縮め、貴之を見ると、彼はそっと顔を近付けてくる。 チュッと、軽いキスの音がした。春輝は貴之を見ると、彼が優しい目をしていることに気付く。 「告白の返事。お前が落ち着いてからにしようと思ったけど無理っぽい……」 どういう事? と春輝は掠れた声で聞いた。 「コンクールが終わったと思ったら熱出すし……このままではいつ告白できるか分からないから」 貴之は再び顔を近付けると、吐息がぶつかる距離で囁く。 「俺もお前が好きだ。お前が可愛くて仕方がない」 そう言って、貴之はもう一度、キスをした。

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