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第24話

そして次の日、春輝の体調はすっかり良くなり、いつものように貴之と学校に行く。 あれから間宮の事を思い出す事が増えたけれど、貴之がいつもそばにいてくれるという安心感からか、眠れなくなる事はなかった。 (わざわざオレのベッドに寝ようとするから狭いんだけど……) 今までの淡泊さは何だったのかと思うほど、貴之は春輝にベッタリだ。そんな彼の変わりように少し戸惑い、部屋の外では普通にしているから調子が狂う。 しかし相変わらずクラスでは遠巻きにされている感じがあり、春輝はため息をついた。このクラスにも、吹奏楽部員がいれば少しは違ったかな、とないものねだりをしてしまう。 すると、一人のクラスメイトが春輝のそばにやってきた。確か鈴木という名前だ。 「一之瀬…………ごめん!」 鈴木はいきなり頭を下げ、春輝は慌てた。何に対して謝っているのか分からず、春輝は何が? と周りを気にしながら頭を上げるように言う。 「いや、俺やっぱりこういうの嫌だから。間宮がいなくなったし、ちゃんと話をしようと思って」 頭を上げた鈴木から間宮の話が出て、春輝はドキリとする。 「間宮から、一之瀬と話をするなって睨まれてて……」 え? と春輝はクラスを見渡した。するとクラスメイトたちは、遠くから春輝と目が合うと次々に頷く。 間宮はそんな事をしていたのか、と驚いた。何のためにと思ったけれど、鈴木の次の言葉で納得する。 「お前、間宮に嫌がらせされてたんだな。寮長に何度もクラスでの様子で、おかしな事があれば教えてくれって頼まれてたのに、全然気付かなかった……」 思えば一之瀬を孤立させて、裏で酷いことする為だったんだな、と言われ、再度謝られる。 若干真実とは違うけれど、貴之が付いていられない間の事を、クラスメイトに聞いて回っていた事が判明し、春輝は胸が熱くなった。 「間宮がいなくなったって事は、寮長の言う事が本当だったんだって思って……」 すると他のクラスメイトも春輝のそばに来て、次々に謝られる。春輝は涙目になりながらも、みんなからの謝罪に頷いた。それを見た鈴木が笑顔になり、泣くなよー、と頭をくしゃくしゃされる。やめろよ、と笑うと、他のクラスメイトも笑った。 「でも今の寮長、イマイチ何考えてるのか分からないから、信用できなかったってのもあるんだよね」 そう言った鈴木は苦笑していた。鈴木は前寮長と同じ中学だったらしく、彼は新聞部であり、前寮長に憧れてこの学校に来たらしい。 「だって、一之瀬の事を聞くにも淡々と『今日は変わった事なかったか』って。有沢先輩……前寮長なら、もっと上手く立ち回ってたよなーって」 いかにも貴之らしい聞き方だ。けれど鈴木は苦笑じゃなく、笑顔に変わっている。 「多くを語らず『俺に付いてこい』タイプなんだと思ったら、そういう先輩もカッコイイ! ってなったよ」 「……あはは」 春輝は乾いた笑い声を上げた。どうやら鈴木はミーハーのようだ。さすがゴシップ好きの新聞部、とその切り替えの早さには春輝も呆れたが、鈴木が楽しそうなのでいいか、と思う。 すると鈴木は、周りにいたクラスメイトが散って行ったのを確認して、声を潜めた。 「この学校、真偽はともかく噂がたくさんあるんだよね」 春輝は思わず前のめりになった。それを見た鈴木は興味あるんだ? と笑う。 「水野……寮長が氷上先輩と付き合ってたって噂は本当か?」 ああそれね、と鈴木は頷いた。有名だけど真偽は半々かなぁ、と彼は言う。 鈴木によると、氷上は自分の身の回りの事が何もできない人だったらしく、ルームメイトの貴之が甲斐甲斐しく世話をしていたらしい。その世話焼きが前寮長の有沢の目に留まり、次期寮長として指名されたとか。 「まぁでも、有沢先輩がカリスマ的な人でさ。誰もやりたがらなかったって話だよ?」 有沢は本当にできた人で、彼と話しただけで注目されてしまうくらい有名だったらしい。そんな人気者で人望もある人の後釜は、当然貴之も嫌がっていた。しかし有沢の強い推しに貴之が負けて、寮長になったという噂だ。 「ま、俺もそうだったけど、今でも水野寮長が気に入らないって人もチラホラいるかな。……大半は今の寮長の事、好きだと思うけどね」 それを聞いて、春輝はなるほどと思った。春輝に絡んできた二年生たちは、有沢のシンパなのだろう。 そこで朝礼のチャイムが鳴り、担任が入ってくる。 そしていつものように授業を受けた。 鈴木が休み時間の度に話し掛けてくれて、色んな噂を教えてくれる。放課後の貴之を待っている今もだ。 校長はカツラだとか、寮長だけが入れる秘密の場所があるとか、木村冬哉はコネ入学だとか、信じるのもおかしいような噂が多かったけれど、その中に寮長はその権限でルームメイトを決められるという噂もあった。でも鈴木は最後にこう付け足すのだ。 「真偽は分からないよ? それを調べたいんだ、俺」 「……鈴木はゴシップより、政治とか、社会問題とか、堅い内容が合ってると思うよ」 春輝は苦笑して言うと、鈴木は思った以上に真剣に、なるほど、と頷いていた。しかし次にはもう、新しい噂を話すためにニヤリと笑う。 「もうすぐ文化祭だろ? 一緒に見て回ったカップルは長続きするって噂があるぞ」 「えっ?」 思わず春輝は声を上げると、鈴木から、それはどういう意味の反応だ? とニヤつかれ、春輝は何でもないとそっぽを向いた。 「なんだ、一之瀬は恋人がいるんだな」 意外そうに言った鈴木に、春輝は両手を振る。 「い、いやっ、そんなんじゃないっ」 そう言いながら、顔がどんどん熱くなり、鈴木に顔真っ赤だぞと突っ込まれた。しかし次の鈴木の言葉に、春輝はサッと血の気が引いてしまう。 「ちなみに有沢先輩は、二年連続で水野先輩と回ってたって話だ」 「それって……」 「そう、だから氷上先輩と付き合ってたって話が、嘘かもしれないって根拠はこれ。学校の噂も面白いだろ?」 そうやって笑った鈴木は、あ、と思い出したように言った。 「一之瀬に恋人ができたって噂は本当だったって、俺の頭の中のメモに書いておくよ」 「え、ちょっ、違うから……っ。ってかそんな噂まで流れてんのかよっ」 この学校はどこまで噂好きなんだ、と春輝はまた慌てる。照れるなって、と鈴木は取り合わない。 「っていうか、隠す方が難しいと思うぞ? あれだけお互いの視線に熱がこもってたら……」 「いや、だから水野は違うって……っ」 「ほうほう、相手は水野先輩ね、と」 そう言う鈴木はしてやったりという顔を浮かべた。カマをかけられたのか、と気付いたところで貴之が教室にやってくる。 「ほら、彼氏が来たよ」 「だから違うって!」 春輝はまた顔を赤くしながら鈴木と別れる。貴之の元へ行くと、どうした? と聞いてきた。 「オレと水野が付き合い始めたの、気付かれた」 「……そうか。これはあくまで一之瀬の護衛だからな」 お互い外では前のように呼び合うという約束をしたため、苗字で呼んでいるけれど、視線や空気感が前と変わってしまったのは感じる。それだけでも、分かるやつには分かるのか、怖いな、と春輝は苦笑した。 「ってか、間宮いないのにまだ護衛する気?」 「……敵は間宮だけじゃないからな」 二年に襲われたの、もう忘れたのか? と言われ、春輝はぐうの音も出ない。 「ってか、何で水野への嫌がらせでオレが襲われるのさ?」 「……」 貴之は黙った。コイツ、話さない気だなと睨むと、彼は気まずそうに視線を逸らす。 「クラスでは鈴木のそばにいろよ。正義感が強い彼なら、信用できる」 「ちょっと待て水野。正義感強かったら、俺の事クラスで孤立させたりしないだろ?」 春輝が疑問に思ったことを口にすると、貴之は、どうしてこういう時だけ鋭いんだ、とため息をついた。 「……最終的には、自分の身は自分で守るしかないからな」 「……だから、ちゃんと分かるように説明しろよっ」 春輝が声を上げたところで、部室に着く。また迎えに来ると言った貴之は、そのまま去って行った。

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