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第26話
しばらくして、春輝は地面に落とされる。その衝撃に呻くものの、まだ世界が回っていて、脳しんとうを起こしたのかも、とか思う。
「俺ねぇ、有沢先輩のシンパとか言われてるけど、そんなのどうだって良いんだよねぇ」
そう言って、抵抗できない春輝の制服のボタンを外し始めた。
「なん、で……」
春輝はそれだけ言うと、茶髪はペチペチと春輝の頬を叩いた。
「……意外と綺麗な肌してんだな。これならいけるか」
何の話だと思いながら、春輝は懸命に意識を落とさないように踏ん張る。次第に上にいる茶髪の笑みが見えてきて、ゾッとした。
「間宮には優しくしてもらったか? ん?」
「アンタには関係ないだろ……っ」
力の入らない身体でもがくと、頬を叩かれる。間宮の時と同じシチュエーションに、春輝は胃から込み上げたものを吐いた。
「関係あるよー。けしかけたの俺だもん」
「…………は?」
何でお前が、と茶髪を見る。すると春輝の表情に満足したのかニッコリと笑った。
「水野が気に食わない奴らと、一之瀬が好きな奴を一緒にしたらどうなるか、見てみたかったんだよねぇ」
そしたらアイツら話が弾む弾む、と面白そうに言う。茶髪の言う貴之が気に食わない奴らとは、角刈りの二人のことだろうか。
「人の使った箸を盗むだけだったキモイ奴が、自分の中でどんどん愛憎を大きくしていく姿、面白かったなぁ」
じゃあコイツのせいで、春輝は間宮に襲われたと言うのか。春輝は茶髪を睨む。
「……証拠が取れるまで泳がせておくやり方も、頭が良いとは言えないよ、水野」
するといきなり茶髪は誰もいない方向へ喋りだした。何故そんな所に、と春輝は思っていると、すぐに理由は分かる。
「気付いているなら早く一之瀬から離れろ」
思ってもみない方向から貴之の声がして、春輝は視線を巡らせた。そこには手のひらサイズの機械を持った貴之がいる。
「一之瀬ー!!」
宮下の声もした。茶髪は観念したのか春輝の上から離れて両手を挙げる。
「すまない一之瀬、遅れた」
「何で……」
ここが分かったのか、とは言えなかった。むせてしまい、貴之に抱き起こされる。辺りを見たら、体育館裏だったのだ。ここなら誰も来ないと、間宮に進言したのもコイツか、と茶髪を睨んだ。
「他の二年生も、明日付けで退学だ。お前も近い内に処分が下る」
「はいはい。アンタも、せいぜいゲームに負けんなよ」
「そもそもゲームに参加しているつもりはない」
「春輝!」
睨み合う貴之と茶髪。そこへ冬哉と宮下がやってきた。茶髪は楽しかったよ、と笑って去って行く。
「一之瀬、無事か?」
抱き起こされたままの体勢で聞かれ、頷くと貴之はそのまま春輝の膝を掬い、抱きかかえられた。
「えっ、ちょっと……降ろせよっ」
この体勢は嫌だと暴れるけれど、貴之はお構いなしに歩き始める。冬哉と宮下も無言で付いてきた。春輝は貴之の顔を見て言葉が出なくなる。彼は、今までに無いくらい怒っていた。
「水野先輩っ、僕が吾郎先輩の所に行こうって……っ」
「悪かった水野、俺がもっと早く気付けばよかった!」
冬哉と宮下もフォローするけれど、貴之は無視だ。
なんだかんだでそのまま寮の部屋に連れてこられ、床に下ろされた。
「あ、あの、貴之……?」
春輝を下ろした貴之は自分も腰を下ろし、春輝の身体を触り、怪我が無いか確かめている。
「何であんな無茶をした? アイツが空手部だって知ってたか?」
「……」
春輝は怒った顔の貴之から顔を逸らした。知らなかったし、迂闊な行動だったと、今なら思う。
「敵の事を何も知らないくせに、勝手に動くな」
「……何も知らないって……何も教えてくれないじゃないか」
そもそも、貴之がいずれ話すと言ったから、春輝は自分で探ろうと思ったのだ。
「なぁ教えてくれよ。じゃなきゃ、オレはオレで氷上先輩の事を調べるからな」
春輝はそう言って、汚れた顔と口を洗いに行く。
「……頼むから」
後ろから、珍しく弱々しい声がして、春輝は振り返った。すると貴之は何故か苦しそうな顔をしているのだ。
「……頼むからお前は俺のそばから離れないでくれ」
「……氷上先輩は守れなかったから?」
貴之の肩が震えた。こんなに弱々しい貴之は初めてで、春輝は洗面所で汚れたところを洗うと、貴之のそばに座る。
「……オレだって、貴之を守りたいんだよ。確かに迂闊だったのは認めるけど……」
何かに巻き込まれているのに、何も知らされないんじゃ、自衛もできないと言うと、貴之はため息をついた。
「………………敵は誰かは特定できないんだ。前寮長と俺との間で揺れてる生徒を、前寮長のシンパが操作してる」
「だから、何でそこまで貴之に嫌がらせする必要があるんだよ?」
いくら前寮長がよくできた人でも、そこまでする必要はないのでは? と春輝は疑問に思う。
「春輝は前寮長……有沢先輩の事を知らないからそう言える。本当にすごい人だったから」
「それは噂で聞いた。……なぁ貴之、ちゃんと質問に答えてくれ」
春輝は貴之を真っ直ぐ見つめた。けれど彼とは視線が合わない。
春輝は立ち上がる。
「ああそうかよ。そこまでして言わないなら、オレは勝手にこの問題の原因を探る」
「……」
貴之は黙ったまま動かなかった。
春輝は制服から部屋着に着替え、部屋を出た。
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