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5.好きなやつ

 えーと。……オレ。咄嗟に言うてしまったけど。  キレイとか。友達に言うってどうなんやろ。  葵、黙ってしもたし――――……やっぱ、ちょっと、気持ち悪いんかな。  ……とりあえずそれにはこれ以上触れずに、突き進むことに決めた。 「とにかく――――……隙見せるから、そないな事になるんやろ?」 「……隙って……オレ、男なんだからそんな――――……」 「油断してたやろ? ちゃんと警戒しとけば、察知できた事なんちゃうん?」 「…………だって……」  何だか悔しそうに唇を噛みしめて、言いかけた言葉を飲み込んでいる葵。 「だって何や?」 「……なんか、そいつ……」 「――――……そいつ?」  一瞬ためらうように口を噤む葵。 「そいつが何やねん?」  そいつの事、何か庇おうとでもしているんだろうか。  オレが若干イライラしながら、先を促すと。葵は、諦めたように口を開いた。  「………ちょっと、お前に似て、て……」 「――――……は?……」  言われた言葉に、途端に働かなくなる頭。  そんな呆けたオレの前で、葵は、かあぁ、っと。みるみる赤くなっていく。 「……だからなんか……気を許しちまったのは……そうかもしんない……」 「――――……」  何と言うべきか、言葉が見つからなくて。  沸々とわき上がっていた感情が、ふっと、緩んだ。  オレに似てたら、気ぃ許すのか?  今考えるべきなのがそこなのかどうかは、別として。  ……なんか、嬉しい気がしてしまうし。赤くなってんの。可愛ぇし。  そんな風に思ってしまいながら、ただ葵を見つめていると。 「……つか、て事は、ひいてはお前のせいじゃん」  そんなことを言いながら、今度は少し怒ったような顔を見せる葵。 「……なんやて……?」 「だって、そうじゃんか」 「……」  意味が、分からない。  そんな、責任転嫁の仕方があっていいのか。   あり得ない。  なのに。 「……オレに似てたら……気ぃ許すん?」 「……まあ 少なくとも今回は、そうだった気が……」  そんな言葉が――――……やっぱり、嬉しくてしょうがない。とか。  いや、でも、キスされたなんて、そんなのはやっぱり許せない。 「……気ぃ許すなや……」 「んな事言ったって……」 「……オレにほんまに似とったん?」 「……感じが……今思えば、少しだけ、なんだけど……」 「つか……何の先輩? 居たっけ、オレに似とる奴なんて」 「お前が居なくなってから、転校してきて。部活の先輩……」 「オレみたいな良い男なんて そう居ぃひんと思うんやけど」 「――――……バカ」  ぷ、と笑って、葵が呟く。 「なあ、葵」  オレは、気になってたまらない問いを口にした。 「……キスってどんなキスや?」 「……聞くか、そんなの」  ものすごく嫌そうな顔の葵に。オレはもっと嫌そうな仏頂面になったと思う。 「聞かんかったら、どんなんか想像してまうやんか」 「……想像すんなよ……」  疲れたように、ため息を付く葵。 「……一瞬だけ。掠めたみたいな感じ」 「……ほんまに?」 「嘘付いてどうすんだよ?」 「――――……触れるだけみたいなそんなもんで、葵がここまで来ると思えへんのや。他にも何かあるんやないの」  葵は黙ってしまって――――……それから、また、ため息を付いた。 「葵……?」  黙られると、不安になる。 「……されたのはキスだけ。まあ。咄嗟にビンタしたし」 「は?」 「何」 「ビンタ、したんか?」 「まあ、手が勝手に動いてたというか。軽くだけどね。……ていうか、あたり前だろ、いきなりキスなんかしやがってさ。ほんとは蹴り上げて、再起不能にしてやりたい位だったんだから」 「おー、そかそか」  途端にご機嫌になったオレは、葵をよしよし、と撫でてしまい、葵に睨まれた。 「撫でるなよ、子供じゃないんだから」 「せやけど……よおやったな」  よしよし、と再度撫でる。 「お前がやってへんかったらオレが東京いきたい位やし」 「……行ってどーすんだよ?」 「葵にンな事をした事、後悔させたい……」 「――――……馬鹿」  クスクス笑って、葵はオレを見つめた。 「その後さ――――……キスしちまう位、好きだって、言われた」 「――――……」  ……つか。キスしちまう位って。  告白前にキスとか、どーなってんねん。  やっぱり、オレがもう一発ぶん殴ってやりたいわ。  そう思いながら。 「何て、答えたん?」  そう聞いたら。 「んー……しばらく考えさせろって言ってある」  そんな、葵の言葉。 「……………は? 考えるんか?」  葵の言葉に耳を疑って。超不機嫌な声を出した瞬間。 「――――……」  葵は、じっとオレを見つめる。 「考えるんか? その告白」 「――――……嘘だよ」  クスクス笑い出した、葵に。 からかわれたのだと知り、引きつるオレ。 「お前はほんまに……そろそろ怒るで?」 「ごめんって ――――……速攻断ったよ」  クスクス笑って、葵はオレを見つめる。 「……そいつ、すぐ退いたん?」 「まあ。――――……だって、オレ、好きな奴居るって言ったからさ。そこは、退くよね……」 「……え?」  またまた固まるしかない。  葵は、オレをじっと見つめて。ふ、と笑んだ。 「……なに?」 「――――……好きな奴居るんか?」 「……まあ。うん。――――……もしかしたらそうかなって思ってたのがさ。その一件で、確信した、というか……」 「――――……」  ふ、と笑んで。  葵はオレから視線を外すと、また桜を見上げた。

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