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第4話

 目が覚めると、俺の体は綺麗になっていた。ぼんやりとしていると、隣に寝ころんでいた射手が、俺にミネラルウォーターのペットボトルを見せた。 「大丈夫か?」 「あ、ああ……」  俺の声は、少し掠れていた。無性に気恥ずかしくなって、俺はギュッと目を閉じる。 「そうか。なら良かった。そろそろ俺は帰る。明日もゆっくり休めよ」  射手はそう言うとベッドから降りた。慌てて目を開けてそれを見た俺は、その後帰っていく射手を無言のまま、真っ赤のままで見送るしかなかった。  ――という週末があり、俺は土日の間ずっと、次にどんな顔をして射手と会えば良いのか悩んでいた。それでも出社しないという選択肢は無かったので、翌月曜日、会社に向かった。オフィスの扉を、深呼吸してから開ける。そして自分の席があるブースへと向かった。射手の姿は無い。営業で外回りをしている時間だから当然だろう。 「おはよう、山羊」  いつも通りの水瓶に挨拶されて、俺はホッとした。 「おはよう」  挨拶を返してから、俺は椅子を引く。そして座りながら、デスクを見た。 「っ」  するとメモが置いてあった。 『今夜、行っていいか? 射手』  と、書いてある。手に取り、俺は反応に困った。それから私物のスマホを取り出し、トークアプリを起動する。同期という事もあり、射手の連絡先は知っている。だがそちらには、特に何も着ていない。実はこの無反応も、俺が週末の間悶々としていた理由だ。射手にとっては何という事も無い遊びだったのかなと思っていた次第である。  だが、このメモはなんだ?  ……少なくとも、メモを理由に、俺から連絡をしても許されるよな?  許されるはずだと、一人俺は内心で言い訳した。 『今夜は空いてる』  俺がそう送ると、すぐに既読になり、すぐにスタンプが返ってきた。仕事の邪魔をしてしまったかと思ったが、『了解』と書いてあるスタンプの文字を見て、俺は騒ぐ鼓動をなんとか押さえるべく再び深呼吸をした。  この日はそわそわと仕事をこなし、定時を回ってすぐに作業を終えた。  先週までが忙しかった分、今週はちょっとゆっくり出来る。  射手が帰社したのは、十八時過ぎの事だった。隣の席からキーボードを叩く音が聞こえるから、まだ営業の事務作業をしている最中だというのが分かる。妙に意識してしまって、俺は無駄に明日の分の仕事まで少し行い、気を紛らわせてしまった。 「よぉーし終わったー!」  隣から射手の声が聞こえてきた。先週までそれはただの日常風景だったはずなのに、ドキリとしてしまい、俺は硬直する。 「山羊、終わった?」 「あ、ああ」 「じゃ、行くか」  そう述べた射手の声があんまりにも大きく思えて、俺は一人で唾液を嚥下する。 「どこか行くの?」  すると水瓶が顔を上げた。 「おう。山羊とデート」 「い、射手!」 「なんだよ?」  デートだなんてさらりと言われて、俺は倒れそうになった。射手には隠す気はないのだろうか? いいや、ただの冗談か? わからない、何も分からない……! 「いってらっしゃい」 「おう。水瓶も今度一緒に飲みに行こうな」 「そうだね、たまには同期飲みも良いかもね。ただ、惚気とかは特に聞きたいと思わないから、気を遣わなくていいよ」  水瓶の言葉も本音なのか冗談なのか分かりにくい。  俺一人が困惑して震えていた。 「ほら、行こう」  そうして射手に背中を押され、俺は入口へと向かった。 「お先に失礼しまーす」  射手がよく通る声で言ったため、俺も慌ててそれに倣って挨拶をした。 「行先は、俺の家でいいのか?」  歩きながら俺が尋ねると、射手が首を振った。 「いや。最終的にはそうなるけど、その前に食事をしよう」 「あ、ああ」 「きちんと、『甘い雰囲気』が出る、『重々しく告白可能』な店、予約しといたから」 「――へ?」 「道中では、これから待ち受ける俺の告白への返事、ちゃんと考えてくれ」 「な、何……を、え? こ、告白?」 「足が止まってる。行くぞ」  俺は大混乱しながら、歩き出した射手についていく。  そうして連れていかれた先は、電車で二駅先の、創作フレンチのお店だった。個室席ばかりで、洒落ている。 「ようこそおいで下さいました、射手様」 「お久しぶりです、オーナー」  そんなやり取りがあり、俺達は奥の一室へと通された。 「ここ、接待で何度か来たんだけど、料理が最高に美味しいんだよ」 「そ、そうなのか」 「きっと山羊も気に入ると思う」 「あ、ああ……なぁ、射手? 告白というのは……?」 「うん。率直に言うけど、俺と付き合ってほしい。恋人になって下さい。それでワインだけど、赤と白どっちが好きだ?」 「白だな。え、ええと……」  世間話のついでのように告白されて、俺は戸惑った。確かに雰囲気のあるお店だし、甘い言葉を囁かれたら陥落する人間が多数だろう店の空気感ではあるが、俺は震えるしか出来ない。 「……べ、別に責任とかを感じる必要はないんだぞ? あれは同意だったし、射手は別に俺を好きじゃないだろう?」 「責任? 感じないし、同意だって俺も思ってる」 「そ、そうか」 「でも、俺が好きじゃない? 好きじゃないのに、山羊を抱くと思うのか?」 「え?」 「山羊の事、アリだって思ったから抱いた。俺、無理な時は本当無理だ」 「……」 「考えてみると、これまでは同期としてだったけどな、山羊の事ずっと好きだったし――週末じっくり考えて、きちんとしたいと思ったんだぞ、これでも。山羊を大切にしたい」 「い、射手……」 「だから俺とお付き合いして下さい」 「!」 「慎重派な山羊の方こそまだ俺を好きじゃないかもしれない――と、思ってたけど、今日ずっとチラチラ俺の事みて意識してるの可愛いとしか言えなかった」 「っ」 「俺は幸せにするとか、生涯一緒にいるとか、その場しのぎの口約束は出来無い。でもな、山羊がそばにいてくれたら俺は幸せだし、一緒にいる時だけでも俺を見てくれたら幸せだよ。そしてその期間がずっと続けば良いと願ってる。だから、俺の恋人になって、そばにいてくれ」  途中から射手の声が真剣なものに変化した。思わず気圧され、俺は視線が離せなくなった。そこへ、店員さんがやってきた。 「料理は予約した品を。ワインは、白のお薦めと、赤のこの――」  するとそれまでの話題など無かったかのように、手慣れた様子で射手が注文する。そして店員さんが下がると、指を組んで、テーブルの上に肘をついた射手が俺を見た。 「他にも追加で頼めるから、気になるものがあったら言ってくれ」 「いや、任せるけど……本当に俺が、お前のそばにいても良いのか?」 「いてくれるのなら」 「……」 「悪いけど答えは急いでくれ。今日中に貰う。俺はまどろっこしいのは嫌いなんだ。欲しい答えを得るためなら、俺はチェーン店の牛丼を食べたい気分でも、好きな相手の好きそうな店をチョイスしてステーキを注文したり出来るけどな、結果がすぐに知りたいし、欲しいんだよ」 「!」 「要約すると、山羊が欲しい。そして基本的に俺は、狙った獲物は逃さない」 「っ」 「山羊、答えは?」  ――この日。  俺は料理が運ばれてくる前に、射手に陥落した。    【了】

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