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第16話

それからまた時が経ち十二月。冬哉は順調にリアンとの契約を結び、今年いっぱいで大学を退学する事になった。師事していた先生も栄転なので喜んでくれ、励ましてくれた。家の方も学と莉子がかなり動いてくれて、遺産の話も何とかまとまりそうだ。 そして肝心の秀の事は、冬哉は忘れる事にした。しかしリアンの言っていた、縁を切るのは嫌なんじゃないか、という言葉が離れない。確かにまだ冬哉は、秀の連絡先をブロックしていなかった。完全に断ち切るのが怖くて、ズルズルと今まできてしまっている。 今日は冬哉の誕生日。冬哉の栄転のお祝いも兼ねて、冬哉の家で誕生日パーティを開くことにした。と言っても、それぞれ食べ物を持ち寄って、ケーキを食べるくらいなのだが。 冬哉は人数分のコップとお皿を用意すると、よし、とひと息つく。するとスマホからベートーヴェンの『運命』が流れる。ある人からの着信音で、冬哉は無視した。 するとインターホンが鳴る。モニターで見ると春輝とその恋人、貴之がいたので玄関へ急いだ。 「いらっしゃい! どうぞー」 二人を中へ促すと、春輝たちはお邪魔しますと入っていく。 「水野先輩久しぶりですねっ」 冬哉はニッコリ笑って貴之を見上げると、彼はメガネの奥の目を少し細めて、ああ、と言った。相変わらずあまり話さないようだけれど、冬哉に対しても笑うようになったのは、春輝の影響だろう。 「ん? 何か鳴ってるぞ?」 リビングに入るなり、春輝は音の発信源を探した。さっきから鳴りっぱなしなので、いい加減しつこいと思って音を切る。 「あはは、気にしないで。それよりケーキ、ちゃんと買ってきてくれた?」 「うん、冬哉のリクエスト通り、ショートケーキ」 春輝からケーキが入った箱を受け取ると、冬哉はやったー、とそれを冷蔵庫にしまった。やっぱりケーキはこれだよね、とウキウキしていると、今度は貴之が袋を差し出してくる。 彼は高校生の時、大人びた顔をしていると思ったけれど、今は年相応だと思う。黒髪の七三分けも眼鏡も当時から変わらず、全然雰囲気変わらないなぁと冬哉は笑った。 「あ、それ貴之の手作り」 美味いんだよ、と春輝は嬉しそうに言う。冬哉はそれを受け取ると、中身を見てみた。 鶏の唐揚げサラダに、おにぎり、ナポリタンと卵焼きが入っていて、パーティというよりかはお弁当の定番料理だ。なるほど、と冬哉はニヤリと笑う。冬哉の勘によれば、この料理のリクエストは春輝だろう。 「春輝、先輩に作ってもらってばかりじゃ、いざと言う時困るよ?」 「なっ、何で分かるんだ?」 やはり図星だったらしい、春輝は慌てるけれど、冬哉は答えずそれらをテーブルに広げると、早速食べよー、と促す。 すると、また『運命』が流れた。こんなタイミング悪く掛けてくるなよ、と思いながら無視をしていると、出なくて良いのか? と春輝がスマホをチラチラ見ながら言ってくる。 「いいのいいの。ほら、先輩も座って?」 冬哉は着信を無視するように促すと、貴之は席に着いた。けれど春輝は画面を見て、出た方が良いって、とスマホを取る。 「あっ、ちょっと春輝っ」 「もしもし? 冬哉のスマホです」 春輝は勝手に応答ボタンをタップし、相手と話し始めた。冬哉は慌てて春輝を止める為に、スマホを取り上げようとするけれど、何故か貴之に邪魔される。何故水野先輩まで、と思ったけれど、春輝が電話の相手の事を話しているに違いない。 電話の相手は秀だ。少し前から喋らない癖にメッセージではなく、電話を掛けてくるようになっていた。冬哉が会わないと宣言してから、会わない理由を教えて欲しいとずっと言っている。 「オレは友人の春輝って言います。冬哉は今手が離せなくて……」 そう言って春輝はスマホをスピーカーにした。何余計な事を、と喚くと、スマホから秀の声が聞こえる。 『冬哉……会いたい』 「……っ」 相変わらず低く落ち着いた声がして、冬哉の身体を震わせた。冬哉は首を振って喋らずにいると、春輝はまたしても余計な事をする。 「あ、今冬哉の家で誕生日パーティしてるんですけど、来ます?」 『行く』 「だめ来ないでっ」 しかし冬哉の主張も虚しく、春輝は待ってます、と通話を切ってしまった。何でこんな事をするんだ、と春輝と貴之を睨むと、春輝は微笑み、貴之は苦笑する。 「ちゃんと話、しなよ。素の冬哉で、ありのまま」 冬哉は貴之を見た。前半は春輝の言葉だろうけど、後半は貴之が進言したのだろう。何故なら、春輝は冬哉が普段からキャラを作っているなんて、思いつきもしないだろうからだ。 「オレも秀さん見てみたいし」 「……っ、春輝っ、それが目的でしょ!?」 どうしよう、僕今から隠れていい? とリビングを出ようとする。しかし貴之がしっかり冬哉の腕を掴んでいて、逃げられない。 「木村、諦めろ」 「諦めろって水野先輩、僕の味方してくれないんですかっ?」 「許せ。お前には大きな借りがあるが、これは別だ」 貴之は真っ直ぐ冬哉を見る。彼の言う大きな借りとは、高校生の時に春輝が犯罪に巻き込まれ、その犯人を捕まえる事に協力した事だ。 「うう……」 冬哉はうなだれた。どうにも逃げられないと悟り、大人しく椅子に座る。すると春輝が、秀さん来るまで待つ? と勝手に貴之と相談している。 するとインターホンが鳴った。随分早いじゃないかと慌てていると、春輝が勝手に玄関へ向かう。そして程なくして秀を連れてきた春輝は、背が高いですねーなんて言いながらリビングに入ってきた。 冬哉は一気に緊張し、椅子に座ったまま机の一点を見つめて固まる。 「じゃ、秀さんも来た事だし、食べよー」 何故か春輝が仕切って唐揚げに手を出す。すかさず貴之が野菜も食べろと小皿にサラダをよそった。秀は冬哉の隣に座るけれど無言で、貴之にサラダを渡され受け取っている。 「そう言えば、秀さんも今日誕生日なんですっけ? 一緒にお祝いできて良かったです」 「……うん」 「ってか、冬哉から色々聞いてますけど、リアルだと本当に喋らないんですね。メッセージの時と、どうしてそんなに差があるんです?」 時々春輝がすごいなと思うのは、空気が読めないからこそ、聞にくいこともサラッと聞いてしまうところだ。 「……話すのは、苦手だから」 「ああ、だからメッセージなら大丈夫なんだ」 春輝は笑う。しかし秀はやっぱり表情は変わらず、机の上に視線を落としたままサラダを口にした。 「春輝、ある程度食べてケーキも食べたら、さっさとお(いとま)しよう」 その様子を見ていた貴之がそんな事を言い出し、冬哉は慌てていいよ、ずっといてよ、と貴之を(すが)るように見る。春輝は、何で? みんなでいると楽しいじゃん、と言っていて、空気が読めない春輝グッジョブ、と冬哉は心の中でガッツポーズをした。 しかし貴之は首を横に振る。そして木村と話したそうだから、俺たちがいたら邪魔だろう? と余計な事を言うのだ。貴之がどうして秀の望みが分かるのかは謎だけれど、春輝は途端に顔を赤くして、ああ、そうだね、とまた唐揚げを頬張った。 「おい春輝、サラダも食べろ」 「いーじゃん、後で食べるから」 そう言いながら、唐揚げばかり食べる春輝を、秀は何故かじっと見ていた。そしてボソリと口を開く。 「……二人は、付き合ってどれくらい?」 「はぁっ!?」 春輝は驚いたように声を上げた。そしてあからさまに慌て出すと、隣に座る貴之を見る。その様子に冬哉は思わず笑うと、貴之は四年くらいか、何だかんだで続いてるな、とお茶をすすった。 「とか言って水野先輩、春輝にベタ惚れなの知ってますよ?」 すると貴之は春輝を睨んだ。睨まれた春輝は、両手を振って慌てて否定している。そして秀は冬哉を見た。そしていつもの静かな声で、耳を疑うような発言をしたのだ。 「……俺たちも、これくらい長く付き合えると良いな」

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