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第20話
次の日、冬哉はメッセージの着信で目が覚めた。
あれから改めてご飯を食べて、貴之の料理の腕に感謝した。冬哉は一応自炊するものの、そこまで上手くないため、出来合いのものを買ったりする事が多かったからだ。だから手作り料理が上手い人を彼氏に持つ春輝は正直羨ましいと話したら、何故か秀は対抗意識を燃やして、料理を勉強しようかな、と呟いていた。
「……んー……」
もぞもぞと布団の中で寝返りを打ち、スマホを取って通知内容を見てみる。秀からだ。
『昨日はすごく楽しかった。今日も会いたいけど、都合はどう?』
相変わらずメッセージだと明るく素直な秀だが、昨日というワードで、冬哉は秀とのアレコレを思い出してしまい赤面する。
『いいよ。実は僕、今日は一日オフなんだ』
だから秀くんの都合に合わせるよ、とメッセージを送ると、すぐに返信が来る。
『じゃあ今から冬哉の家に行く』
「今から!?」
冬哉は慌てて飛び起きると、すぐに支度をした。オフの日とは言え、いつもゆっくり起きる冬哉ではないけれど、時計を見ると朝の七時過ぎだ、いくらなんでも早すぎる。
しかし、冬哉も内心嬉しがっていた。本当は、昨日も帰したくなかったくらいだったから。
顔を洗って着替えて、ああこれじゃないと服を選び直して着たところでインターホンが鳴る。家も近いので来るのが早い。冬哉は鏡に向かって笑顔を作ると、機嫌よく秀を出迎えた。
「秀くんっ、こんなに早く会えるなんて嬉しいよ~!」
冬哉は秀の身体に抱きつくと、秀はうん、と頭を撫でてくれる。嬉しいと表現してくれて冬哉も嬉しい。やはりボディーランゲージを使うと、彼とのコミュニケーションは上手くいきそうだ。
しかしやはり秀は、昨日と同じく頭を撫で続ける。困った冬哉は、そっと彼の手を取った。
「秀くん、そんなに嬉しいの?」
「うん」
即答で返ってきて、冬哉ははにかむ。僕もー、と秀に抱きついた腕に力を込めると、彼はまた冬哉の頭を撫でた。相変わらず表情には出ないけれど、頭を撫でる優しさから嬉しいのは伝わってきて、冬哉は幸せを噛み締めた。
すると秀の手が止まる。秀くん? と彼を見上げると、彼はゆっくりまばたきをした。よくこの動作をするな、と思ってどうしたの? と聞くと、秀は再びまばたきをする。
「……可愛い」
そう言って秀はまた頭を撫で始めた。冬哉は照れで全身が熱くなり、そ、そう……ありがとうね、としどろもどろに返す。
「あっ、ごめんねっ、上がって?」
これではいつまででも玄関で抱き合う事になりそうなので、冬哉は秀を家に上げてリビングに案内した。
「秀くん今日は予定無いの?」
「うん」
そっか、と笑ってソファーに座ると、秀も隣に座る。冬哉はもう遠慮は要らないとばかりに、秀の身体に頭を預けた。甘えるのが好きなので、そのまま秀を見上げると、彼も冬哉をいつもの視線で見ていた。
「んふふ……」
こんな風に過ごせるなんて幸せだ。そう思ってニコニコしていると、秀が口を開く。
「冬哉、曲が聞きたい」
「ん? 曲?」
秀は頷く。
「前に言ってた、熊蜂の曲」
「ああ、いいよっ。ちょっと待ってね」
そう言えば、いつか聞かせてあげると約束したんだった、と冬哉は棚からCDを探す。確か自分が演奏したものがあるから、とそれを取り出すと、プレイヤーに入れて流す。
熊蜂の羽音を曲にしたそれは、早いテンポで迫り来る蜂を再現している。初めて聴いた時は本当に蜂そのものだ、と感動したな、と思い返していると、静かに呼ばれた。
「なーに?」
「……熊蜂は穏やかな性格だから、題名をスズメバチにした方が良いと思う」
どうやら秀は、今にも人を襲いそうなこの音は、熊蜂よりスズメバチの方が合っていると言いたいらしい。虫好きならではの意見に、冬哉は笑った。
「あはは、それは僕もどうしようもできないよ」
曲を聴き終わると、冬哉はCDをまた元の場所へ戻す。片付けも得意な方ではないけれど、CDとオーディオ類だけは丁寧に扱っている。
「秀くん、聞いてくれる?」
冬哉は再びソファーに座ると、頭を彼の肩に預けた。
「僕ね、学校辞めてスカウトされた楽団に入る事になったんだ」
冬哉は秀と会わない時間、何が起きていたかを話した。昨日はお祝いだったから、何となく話すのは気が引けたからだ。初仕事は今年のクリスマスコンサートからだということ、全国を飛び回る事になること、演奏家の道が冬哉の夢であり義務だったこと――だから今後はなかなか会えなくなることを。
「……ごめんね。秀くんと縁を切って、一人でやってくつもりだったのに……結局、秀くんとはずっと一緒にいたいって思っちゃった」
「……うん」
そして、何故演奏家でなくてはいけなかったのかも話す。
「僕の家はね、色んな事業をやってる家系なんだ」
今どきだけど、跡継ぎが必要だったんだよね、と冬哉は声のトーンを落とす。
祖父の旭 、父の学 、母の莉子 、そしていとこの雅樹 に守られているこの道を、冬哉は進まなければいけなかったこと。同性が好きな冬哉は、どう足掻いても跡継ぎは期待できない。偽装結婚でもすればとも思ったけれど、好きなように生きなさいと全力で応援してくれる彼らの意志を、無視することはできなかった。
冬哉は身体を起こして、秀を真っ直ぐ見つめる。彼の瞳はずっと冬哉を捉えていて、まばたきさえそんなにしない。
「……ここからが僕の本番。勝手だけど、会う時間はそんなに取れないかもしれない。それでも、付き合ってくれる?」
「……オレはゴキブリだから」
秀は冬哉の頭を撫でた。冬哉は意味が分からずどういう事? と聞くと、秀は目を伏せる。そして開いた瞳の奥には、確かに情熱の炎が揺らめいて見えた。
「ゴキブリのメスは、生涯に一匹しか愛さない。俺はそんな恋愛観に憧れた」
冬哉は息を飲んだ。以前秀の恋愛観を聞いた時に、ゴキブリのメスのような恋愛観が良いと言っていたのだ。その時は詳しく聞いても教えてくれなかったけれど、まさかゴキブリにそんな一途な一面があるとは思わなかった、と冬哉は恥ずかしくなる。
「……例えがゴキブリなところが、秀くんらしいよね」
何も害虫に例えなくてもとは思ったけれど、そこは秀だから仕方がないと思う辺り、冬哉は末期だなと苦笑した。
冬哉は秀の肩に腕を回すと、鼻を擦り合わせて囁く。
「だから……今のうちに」
言葉は最後まで紡がれることはなかった。
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