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sweet birthday After 8 years

 もうあと数分で9時になる頃、マンションのエレベーターに乗った。  今日は10月3日、俺の誕生日だ。  自分の誕生日が楽しみ、とかではなく、いや、楽しみで仕事をどうにか切り上げて帰ってきた。  ひとりだったら誕生日は特になんという日でもない。  ただ俺の誕生日を祝ってくれる存在があるからーー特別な日になる。  エレベーターがとまり降りる。  先に夕食は食べてていいよ、と、わかった、と言っていたけど、きっと食べていないだろう。  仕事も忙しいだろうが、今日は早く帰ってきている。  それは予感でもなんでもなく、ここ数年がそうだったからだ。 「ただいま」  玄関ドアを開けると、いい匂い廊下まで充満していた。 「おかえり、優斗さん」  靴を脱いでいるとすぐにリビングから捺くんが顔をのぞかせてやってくる。  ルームウェアにエプロンをつけている捺くんは俺のそばへ着て、はい、と手を差し出した。察して鞄を渡すと何年たっても変わらない可愛い満面の笑顔を向けてくる。 「ご飯にする? お風呂? それとも、俺?」  定番な言葉に、もともと緩んでいた頰がさらに緩んで捺くんを抱き寄せた。 「捺くんがいい」  成長した、大人の身体。細さは変わらないけれど、出会った頃よりもしっかりとした身体。そして大人びた、いや、可愛らしさは残したまま精悍さが増した綺麗な顔が、その目が俺を見つめて緩む。 「俺も、まず優斗さんに食べられたい」  蠱惑的に微笑んで俺の腕に手を置いてそう言う捺くんにくらくらする。  出逢ってもう8年も経つというのに、変わらず俺は捺くんの仕草ひとつひとつにとらわれてしまう。 「でーも。実優ちゃんの美味しい夕食があるから先に晩ご飯ね。そのあと俺がお風呂いれてあげる。それから俺ね」  ちゅ、と目を細めた捺くんがキスひとつして、「優斗さんは着替えてきてねー」と俺の腕から抜け出てしまう。  キスが足らなくてとっさに捺くんの腕を掴む。まるで子供のようなことをしてしまう俺をきょとんとして見た捺くんは、ふっと口元を緩め「もうちょっとだけね?」と、少しだけ深いキスをくれた。  実優が作ってくれた夕食を終えてから俺たちはソファーに並んで座った。ローテーブルには実優が作ってくれたケーキ。  捺くんがケーキに細長いロウソクを立て火をつけてくれる。照明を落とした室内に暖かな色が灯る。小さく揺れる小さな炎。  捺くんが無邪気な笑顔でバースデーソングを歌ってくれた。 「優斗さん、お誕生日おめでとう」  日付が変わったときにも、朝起きたときにもくれた言葉。  好きな人に祝われるということはどれだけ幸せなことなんだろう。 「ありがとう、捺くん」  捺くんと出会って8年。  捺くんに初めて誕生日を祝ってもらったときはまだ付き合う前だった。  想いを告げることもせずに身体だけで繋ぎとめようとしていたずるい俺に、プレゼントを持ってきてくれたあの日のことは鮮明に思い出せる。  可愛らしく照れながらまだ高校生だった捺くんがプレゼントしたハンカチはもちろんまだあるし、大切に使っている。  あのときは……ずっと一緒にいれたら、と思ってはいたけれど、どうなるかは分からなかった。  だから、こうして捺くんが目の前にいて、今年も祝ってもらえることが奇跡のようだ。 「火、消さないの?」 「ああ……。ロウソクの灯に照らされた捺くんが綺麗でつい見惚れてた」  出会ってから、いまもずっと恋し続けている。そんな風に言ったら捺くんはどう思うんだろう。想像して、きっと、俺も、と笑ってくれる姿が浮かぶ。 「……優斗さんって本当天然のタラシだよね」  目をしばたたかせてはにかむ捺くんに、ようやく自分が気障なことを言ったことに気づいた。でもそれは本心だから「捺くんにだけね」と補足しておく。すると、何故かため息をつかれて、「火、消して」と笑われた。 「うん」  二人で食べるからそう大きくはないホールケーキに長めのロウソクと短いロウソク。そこへ息をそっと吹きかける。  消えて、暗くなって、小さな電子音が響いて室内が明るくなる。 「これ、プレゼント」  そして捺くんがラッピングされた四角い箱をくれた。 「ありがとう。開けていい?」  どこか照れたように頷く捺くん。青いリボンを解いて箱を開けると腕時計だった。  黒の革ベルトに鮮やかで深い青の盤面。シンプルだけれどとても綺麗なデザインだ。 「これ……高かったんじゃないの?」  手に取り触れて、戸惑う。 「んー……ちょっとだけね。でも夏のボーナス残しておいたし! それに高いっていってもものすごーくってわけじゃないし……。多少……。でもほら少し良い方が長く使えるし、ね。いやでも、まじでそんなすごく高いわけじゃ……」  頭を掻きながら捺くんが目を泳がせる。 「それに時計をあげたかったんだ」  どうしてかはうまく言えないけど。  と、捺くんは苦笑した。  腕時計に視線を落とし、腕につけてみる。  青い色が綺麗でとてもしっくりくるつけ心地で。  社会人になってもう三年目になる捺くんが、どんな想いでこれを選んで買ったのだろうと考えて胸が詰まった。 「ありがとう、嬉しいよ。ずっとつけるね」  1秒1秒を刻んでいく時計。捺くんが選んでくれた時計で日々を過ごすのだと思うとそれだけで幸せな気分になれる。 「うん」  嬉しそうに捺くんが顔を綻ばせる。そして腕時計をはめた手に触れて来た。  薬指にはペアリングの指輪。それに触れて、時計に触れてくる。 「愛してるよ、優斗」  時計から顔を上げた捺くんが、真っ直ぐに俺を見て言う。  時計に触れた手が俺の手に触れて、指を絡ませる。 「ーー……俺も、愛してるよ、捺」  想いを込めて。本当に。何度でもそう言いたい。 「……っ」  捺くんは、たまに、ごく最近たまに俺のことを呼びすてにしてくれるようになったんだけど。本当にたまにで。そして呼んだものの、すぐに真っ赤になって視線を逸らしてしまう。  いまも、そう。  まだ高校生の頃。そう、最初の頃よく見ていた赤くなっていた顔。大人になったけど、あの頃の面影が浮き出て、笑みがこぼれる。 「捺。お祝いのキス、してくれないの?」  手を握りしめて見つめれば、捺くんは赤い顔に明るい笑みを浮かべ顔を近づけてきた。 「お誕生日おめでとう」  囁いて、キスしてくれる捺くんを抱きしめて。  隙間ができないくらいに身体を寄せあって、深く熱いキスに溺れていった。 END

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