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番外編 智紀くんの心情
「もしもーし、俺俺」
『……切るぞ』
「おいおい、晄人くん、そりゃないだろー?」
紫煙を吐きだしながらスマホに向かって片瀬智紀は苦笑した。
マンションの地下駐車場の一角。
なんとなく真っ直ぐに部屋に帰る気がせずに電話したのは幼馴染というべき腐れ縁の親友。
「俺はいま傷心なんですけどー」
わざと語尾を伸ばして言えば、途端にうざったそうなため息が返される。
『向井に振られて傷心? 答えなんてわかりきってただろ』
歯に衣を着せぬ言い方というか、あまりにも率直すぎる言葉に智紀は苦笑した。
「えー? 俺ちょっとは自信あったんだけどなぁ」
『相手が悪い』
「まぁ、確かに佐枝さんはイイ男だけど、俺もイイ男だろ?」
『寝言は寝て言え』
「おいおい、晄人くん? お前俺の親友じゃなかったっけ? ここは慰めるとこだろー?」
『ああ? 知るか。だいたいがお前の攻め方はねちっこいんだよ』
「それこそお前に言われたくないんですけどね」
『俺はお前ほどねちっこくない』
「ねちねちしたんだろ。実優ちゃんの苦労が知れるね」
『苦労なんてしてるわけあるか』
「えー。ていうかー、俺の方が先に出会ってたらぜーったい俺選んでたと思うんだけど」
『たらればなんて無意味だろ』
「ほんっとお前って友達甲斐ないやつだなー。仕方ないから実優ちゃんに慰めてもらおうかな。って、ことで今からお邪魔」
『来るな』
「実優ちゃん、なんのケーキが好きだっけ?」
『はいはい。可哀想だなー、三十路前の男が一回り年下の男に振られて。まー、今度話は聞いてやる。今夜は来なくていい。来るな』
「あれー? もしかしてお楽しみ中だった?」
『そういうことだ』
「じゃー、なおさら~」
『来るなよ、じゃーな』
そして電話は切れた。
智紀はスマホを見下ろした。
「あんのやろー」
だいたいの予測をしていた通りの対応に失笑しながら新たな煙草に火をつけた。
―――実優ちゃんの好きなケーキどんなんだっけなぁ。
そして頭の中では行きつけの洋菓子店と、親友の恋人の好きそうな種類を考える。
来るなよ、と言われて引き下がるような自分じゃないと向こうもわかっているはずだ。
10割本気で来るなと思われてはいるだろうが。
さて我が親友にはなにを買っていこうか―――そう考えていると不意にスマホが鳴りだした。
手にしたままだったスマホの画面を見、智紀は眉を寄せる。
深いため息をつくと受話ボタンを押し、スマホを耳にあてた。
「はい」
少しだけ声のトーンを上げ、発する。
『―――俺だ』
そして聴こえてきた声に、
「こんばんわ」
と返した智紀の声はもとのトーンに戻っていた。
いま電話してきた相手が仕事の用件かプライベートか声を聴けばわかるくらいの間柄ではある。
「どうしたんですか?」
深く煙草を吸いながら返すと、向こう側で小さく笑う気配がした。
『お前こそどうした? 今日は機嫌がわるそうだな』
とくになんらいつもと変わらない対応をしたはず、だ。
「いえ、特に」
『―――ああ。高校生の子に振られたか?』
「……そんなところです」
『例の佐枝くんは噂通りのいい男だというわけか』
笑いを含んだ声に、智紀は内心ため息をつく。
「兄弟揃って俺よりも佐枝さん贔屓なのどうにかなりません?」
『別に俺は贔屓にしているつもりはない。まぁ、我が社に引き抜きたいと思っている―――者もいるようだがね』
「さあ、彼は人情に厚いでしょうから、今の会社をさることなんてないでしょう」
『だろうね』
「それで? ご用件は」
『いつものバーにいる』
端的に返された言葉。
いつもの―――智紀の行きつけのバーとは違う高級ホテル内にあるバー。
「残念ですが、今日はご遠慮します」
『何故?』
「そういう気分じゃないので」
『俺が誘っているのにか?』
どこまでいっても小さな笑いを含んでいるのは変わらない。
開けたウィンドウからコンクリの地面に灰を落とし、聞こえるのもいとわずにため息をついた。
「あまり俺と一緒にいたらいらぬ噂が立ちますよ」
『―――俺と、お前の? どんな噂だ?』
相手の少し低くなり艶の増した声に、智紀はまたすぐにため息をつきたくなったが今度は堪えた。
「さぁ? 俺はそちらの社の一部の方に良く思われていませんしね。本部を出た今も、元とは言え社の副社長さまとご一緒にいるところを見られたらなんと思われるか」
『極一部に限り、だろう』
「まぁとにかく、今日はやめておきます」
『いつものバーだ』
「―――……紘一さん。俺様って知ってます?」
『晄人のことだろう』
わざとらしく笑う声が響く。
「兄弟揃って、じゃないですか?」
『俺もか? 俺は―――お前以外に見せているつもりはないけどね』
「さあ、どうでしょうね。うすうすばれてるでしょう」
『心外だな。事実ならそれは気を引き締めねばならないな』
「がんばってください、副社長様。じゃ、そういうことで」
『ああ、あとで』
そうして電話は切れた。
「………だから行かねーつってんだろ」
紫煙とともに盛大な溜息を吐きだし、ハンドルに突っ伏す。
本当にあの兄弟は―――。
一方は来るなと言えば一方は来いと言い。
もちろんどちらに行くか最初から決まってはいる―――が。
「あー、捺くんともっといちゃいちゃしておけばよかった」
きっと今頃は気持ちを通じ合わせているだろう少年とライバルだった男性とを思い出し呟く。
「―――そろそろまともな恋愛したかったんだけどなぁ」
煙草を灰皿にもみ消し、エンジンをかける。
さて、なんのケーキにしようか、と智紀はゆっくり車を発進させた。
end.
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