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第26話

「セナ……お前……」  緋嶺は切れ切れの息でそう呟くと、彼はんー、と人差し指を口元に当て、考える素振りをした。 「ホントはセナでもないんだけどねぇ。まぁいっか」  そこで緋嶺は鷹使の言葉を思い出す。族長会議で毎回違う名前、姿で参加している悪魔の存在がいると言うことを。  緋嶺は嫌な汗をかいた。コイツは淫魔だ。  何人もの人間を夢に誘い、閉じ込め、最低でも三人は殺している奴なのだ。 「どうして……」  色々複雑な気持ちになってそれだけを呟くと、セナはニッコリ微笑む。 「どうしてって? あはっ、君を手に入れるためだよぉ」  指輪が欲しくなっちゃってねぇ、とセナは舌なめずりをした。緋嶺はその表情に身体を震わせると、セナは満足気に笑う。指輪は緋嶺にしか扱えないから、緋嶺を懐柔しようとしたらしい。 「探すの苦労したんだから、少しは楽しんでも良いよね?」 「……うぁ……っ」  セナの紅茶色の瞳が光ったかと思ったら、また後ろに刺激があった。緋嶺は背中が跳ねた弾みでシートを掴むと、与えられる快感に耐える。苦しい程のそれに耐える顔を見て、セナは楽しそうに唇に軽いキスをした。 「気持ちいい? 緋嶺」  緋嶺は首を横に振る。こんな、無理やり性感を高められて気持ちが良いわけない。けれど緋嶺の性器はこれ以上ないほど張り詰めていて、気持ちとの裏腹さに自分の身体じゃないみたいで、嫌悪した。  セナは笑う。 「ほら、僕動いてないよ? それなのにこんなになってる」  触ったらイキそうだねぇ、と嬉しそうに言うセナは緋嶺の怒張をそっと握った。 「──ァッ!」  びくびくと緋嶺の腰が震える。セナの読み通り、そこに触れただけで達してしまい、悔しさと羞恥心に襲われた。 「あら、ホントにイッちゃったの?」  呆気ないなぁ、とぼやくセナは腰を動かした。先程よりも強い刺激に、緋嶺は身を捩りたくなり叫ぶ。 「やめろ! ……鷹使……っ!」  上半身を捻ってシートを掴むと、自分の声が涙声になって悔しくなる。また全身が震え意識が一瞬飛ぶと、セナはここが良いの? とまた笑うのだ。 「……じゃあサービスして、姿は緋嶺の好きな人になってあげるかぁ」  緋嶺の事、僕は好きだからね、と言うと、彼の姿が歪み、鷹使の姿になる。 「どうだ? 本物そっくりだろう?」  声や口調までご丁寧に変えて、セナは緋嶺に口付けた。しかしやはりあの甘い味はせず、これは偽物なんだと思わされる。 「しかし、あの夢見がちな天使のどこが良いんだ? 全ての者を従える指輪なんて、誰もが欲しいに決まってるだろ」  そっと見守るなんてできやしない、とセナは言う。緋嶺が暴走したら、自分も死ぬかもしれないのに頭がお花畑だな、と動かす腰を止めない。緋嶺は酸欠で意識が朦朧とし始め、声を上げられずに不規則に痙攣しているだけだ。  すると、パシッと頬に衝撃があった。霞む目でセナを見ると、落ちるなよ、と睨まれる。 「……お前は……どうして指輪が欲しいんだ?」  緋嶺は切れ切れの息の中そう尋ねると、セナは鷹使の顔で明らかに怒気を露にした。そして緋嶺の首を絞める。苦しさに呻いて顔を歪めると、良い顔だ、とセナは笑った。 「どうしてだって? みんなが僕にひれ伏す姿が見たいからだよ」  セナは鷹使の姿をしている事を忘れたのか、元の口調に戻っている。緋嶺は首を絞めているセナの手首を掴むと、彼はハッとしてまた奥を突いてきた。 「うっ、……ああっ」 緋嶺の手が再びシートを掴む。さすが淫魔なだけあって休む暇なく快感を与えられ、今度こそ本当に意識を落としそうになった。 「緋嶺が籠絡するまで、ずっと夢の中にいてもらうからね」  冗談じゃない、鷹使はきっと自分を心配しているから、早く目覚めないと、と思う。けれど意志とは反対に意識は霞み、ついにブラックアウトしてしまった。 「緋嶺……緋嶺っ」  聞き覚えのある声に呼ばれて、緋嶺は目を開ける。  目の前には長い金髪。白い肌と桜色の薄い唇。琥珀色の瞳は心配そうにこちらを見ていて、緋嶺は思わず勢いよく起き上がって鷹使に抱きついていた。  すると鷹使も緋嶺をギュッと抱きしめ、良かった、と呟く。辺りを見ると自宅の寝室で、戻って来れたんだ、と思った。 「なかなか目を覚まさないから、例の悪魔の仕業かと……」  無事で良かった、とまた呟いた鷹使は、いつになく弱々しい声音をしていた。緋嶺はホッとし、セナが化けていたらこんな事言わないよな、と思う。 「鷹使、悪魔の正体が分かった。……印旛セナだ」  緋嶺は抱きついたまま、鷹使に夢の中での事を話す。鷹使は真剣に話を聞いてくれて、一通り話した後は考え込んでしまった。 「鷹使?」  本当に厄介な相手だ、と鷹使は呟く。どうしてだ? と聞くと、【契】が外れた、と言う。 「……意図的に外すことができるのか?」  【契】には信頼と愛が必要だと鷹使は言った。夢の中で何かが切れた感じがしたのはそれだったのか、と緋嶺は納得する。 「俺も分からん。しかし外れたという事は……そういう事だろう」  それよりも、と鷹使は緋嶺をじっと見た。何だろうと思っていると、いやに積極的じゃないか、と言われ、緋嶺はずっと鷹使に抱きついていた事に気付く。  慌てて腕を外すと、鷹使の背後の磨りガラスに人の影が見えた。ハッとして声を上げたがもう遅く、鷹使の首から鮮血が噴き出す。 「鷹使!!」  自らも血で濡れるのも構わず、鷹使を抱きとめるけれど、彼は腕の中でぐったりしてしまって動かない。  磨りガラスを開けたのは、セナだった。

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