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第56話 後日談12

 緋嶺たちはきびこを連れて部屋に入ると、喜屋武は、ずっとベッドに寝かされたきびこの顔を心配そうに眺めていた。きびこの手をギュッと握り、添い寝をしている。 「とりあえず、無事で良かったな」  緋嶺は、部屋の中を自由に歩き回るキョンキョンを見やった。こんな状況でも動じず、むしろリラックスした様子のキョンキョンは、なかなかの大物なのかもしれない。 「……寝たな」  ソファーに疲れた様子で座った鷹使。緋嶺は彼の視線を追うと、喜屋武はすやすやと寝息を立てていた。ずっときびこが心配で、眠りが浅かったのかもと思うと、帰る前に見つけられて良かったと緋嶺はホッとする。 「これで俺らはお役御免だな」  緋嶺はため息混じりにそう言うと、鷹使は肩を竦めただけだった。意味深な態度に、まだ何かあるのかよ、と問うと、隣に座るよう言われる。  素直に鷹使の隣に座った緋嶺は、鷹使に肩を抱かれて慌てた。 「ちょ、喜屋武たちが起きたら……」 「ああ。だからこれ以上はしない」  本当かなぁ、と緋嶺は眉を下げる。しかし鷹使の言葉は本当だったようで、頭を引き寄せられ鷹使の肩に乗せた状態で、静かな時間が流れた。  緋嶺は鷹使の体温に、心臓が嬉しそうに跳ねていることに気付く。少し緊張するけれど、同時に安心する。そしてその不思議な感覚が、心地いいのだ。 (あ、……やば)  緋嶺はため息をつくふりをして息を吐いた。しかし、意識してしまっては戻ることができず、違うことを考えようとする。  鷹使に触れたい、触れて欲しいと思ってしまったのだ。  喜屋武ときびこもいるし、キョンキョンもまだその辺をうろついている。これ以上のことはできないのは分かっている。けれど……。 「鷹使……」  緋嶺は彼に顔を見せずに呼んだ。彼は気付いているだろうか? 鷹使に触れたいと思っていることを。 「……キスだけな」  そう言って、鷹使は緋嶺の顎を掬った。柔らかい彼の唇は、緋嶺の唇を軽く食み、吸い上げる。 「……」  緋嶺は頬が熱くなるのを自覚しながら、伴侶を拗ねたように睨んだ。何で分かったんだ、とボソボソと呟くと、お前の『気』で何となく、と返ってきて、全てバレていたことが分かる。 「……俺には分からないのに、何かずるいな」  拗ねた顔のままそう言うと、鷹使は軽く笑った。 「分からないか? 【(ちぎり)】は外れていないはずだが」  緋嶺はその言葉の意味を考える。【契】はお互いの力の器を繋げる、天使族に伝わる伴侶の契約だ。力の器が繋がっているということは、どちらかの力が高まっていることも分かるし、同調することもある。 「鷹使、俺に同調してる、のか?」 「いや、お前が俺に同調してる」  しれっと答える鷹使の言葉を、もう一度緋嶺はよく考えた。 (俺が同調したってことは、鷹使が先に……)  そこまで考えて、一気に恥ずかしさで身体が熱くなり、考えることを止める。本当にこの人は、人をからかうのが好きだな、と呆れた。 「ほんと、あんたは俺のことが好きだよな」 「まぁな。伊達(だて)に二十年想っていないから」  そう言って笑う鷹使は、余裕の笑みだ。本当にこの人には敵わない、と緋嶺は鷹使に抱きつく。 「あーあ。どうしてあんたみたいなのに惚れちゃったんだろ?」 「それは自分が一番よく分かっているだろう」  緋嶺はそのままごろんと横になり、鷹使の太ももに頭を乗せた。 「……うん」  文字通り、命を懸けて自分を護ってくれた鷹使。吊り橋効果じゃないけれど、そんな状況を一緒に乗り越え、何がなんでも護ってやると言われたら、同性でも気になるものだ。  緋嶺は鷹使の髪を指先に巻き付けて遊ぶ。艶が良くて癖のないそれは、手を離すと綺麗に(ほど)けていった。  そして両腕を上げて、鷹使の顔を引き寄せる。 「鷹使、もう一回……」  唇を吸い上げる音が、静かな部屋に響いた。

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