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第2話
「……朔」
抱き締めてくれる腕が――――……嬉しくてしょうがない。
正直、全然、意味が分からないけど。
「――――……オレをあげるから、朔のこともオレにちょーだい?」
囁かれて、もう、意味も聞かず、頷いてしまう。
「……あげ、る」
「ん、ありがと」
一日だけでもいい。
……もしかして、七夕の魔法かな。
今日だけでも。こんな幸せな夢。
……ん? あ、夢かな? これ。
オレ、いつの間にか、眠っちゃったとか?
「……夢でもいいや」
ぽそ、と呟いたまま、魁星の腕の中に居ると。
魁星は、ぷっと笑って、何かごそごそしてる。
「夢じゃないし。……見ろよ」
「……?」
スマホ?
こんな時にスマホで何を……。
思いながら、魁星が出したスマホの画面に視線を向けると。
「えっ」
オレは、がばっ、と魁星の腕の中から、起き上がった。
「見覚えあるよな?」
「……っっ」
魁星のスマホに映ってるのは、一枚の写真。
――――……一枚の。短冊の、写真。
確かに、見覚えがある。
だって、オレが、昨日書いたんだから。
昨日、魁星が告白されたのを聞いて、家で落ち込みまくっている時。
料理中の母さんに、買い物を頼まれた。カレーなのに福神漬けが無いと騒いでた。カレーには福神漬けが必須、と、謎の絶対的ポリシーを持ってるのは知ってる。断っても無駄なので、気分転換もできるし近所の店に行く事にした。
そしたら、幼稚園の妹の沙也 が一緒に行きたいと言うので連れていくことになった。年の離れた妹はとっても可愛い。手を繋いでスーパーに行ったら、入り口に大きな笹が飾られていた。そのすぐ下に机があって、短冊と、色ペンが置いてある。
ああ。明日、七夕かと思った。
見た瞬間、絶対そうなると思ったけど、沙也はやっぱり、「沙也も書く!」と言った。ひらがなはまだ書けないので、絵を描くことにしたらしい。これはちょっと時間がかかりそうだなぁと見守っていたら、見ないでと言われた。
朔ちゃんも書いてよ、と言われる。断れない感じの、沙也の瞳。
分かったよ、と言って、一枚手に取って、青のペンを持った。
短冊に願い事を書くなんて、いつぶりだろう。願い事を、考えてみる。
――――……努力して叶う願い事を書くのは、違う気がする。
……てことは、やっぱり魁星のことかなあ……。
小学一年からの腐れ縁で、もう十一年目。中学の途中で、オレが完全に片思いを自覚してからは、五年位かなぁ……。
学校で一番可愛いって言われてる女の子に告白されてた魁星。きっと付き合うんだろうなって、周り中が言ってた。そうだよね。ほんと可愛い子だと思うし。お似合いだと思うし。……断る理由なんか、無いだろうし。
「――――……」
自分でどんなに頑張っても叶わない願いは、もう、それしかない、と、思ってしまったオレは。
「かいせいがほしい」
思わず、そう書いてしまった。
「魁星」の漢字は他に居なそうだから、バレないようになんとなく、悪あがきで、ひらがなで。
……何書いてんだ、オレ。
書き終えて、読んだ瞬間、恥ずかしくなって、すぐさま短冊を小さく折りたたんでポケットに入れようとした。
そのまま持って帰ろうとしたのだけど、背の高さ的にちょうど沙也の目の前が、オレのポケットだったせいで、即座に見咎められた。
「朔ちゃん、ダメだよ!」
「え」
「飾らなきゃダメ!」
「んー、いいんだよ。これは。書き間違えちゃったから」
「でも飾ってね、沙也と一緒にね」
「――――……ん、分かったよ」
まあ……「かいせい」なんて、ここ付近に、何人も居るだろうし。見た人は、欲しいってなんだろって思うかもしれないけど、オレの名前は書かないし。まあ、別にいっか……。
仕方なく、沙也のを目立つところに飾ってオレのは、笹の葉が重なってるところに隠して飾った。
敢えて探らなければ、誰にも見えないだろうし。こういうのって、七夕が終わったら、燃やすのかな? まあ、見られても、特定はされないだろうし、別にいいや。
飾ってすぐ店に入り、福神漬けを買って帰って、そのことはすっかり忘れてしまっていた。
その短冊が。
何で、魁星のスマホに収まっているだろうか。
……やっぱり夢かな? ……でもこんな変な夢、ある……?
「……何で……これ……?」
「昨日オレも、買い物に行ってたんだよ。成哉 と」
成哉は、魁星の弟。
オレは、うん、と頷いて、その後の言葉を待った。
「朔がぶらさげてるとこ、成哉とレジから見ててさ。店に入った時に、成哉も書きたがってたんだけど、混む時間だったから、先に買い物してから、帰りに書こうぜってことにしてたの。で、レジの後、すぐ短冊のとこ行って……お前がぶらさげてた辺り、ちょっと覗いたんだよ。何書いたのか興味あって。いっぱいあるから、分かんねえかもって思ったけど――――……」
「――――……っ」
「わりとすぐそれが目に入って――――……」
飾ったとこから、見られてたのか。
かあっと顔が熱くなって、俯くと、魁星がクスクス笑った。
「……証拠として持ってこようかと思ったけど」
「……」
「あれを外して、願いが叶わなかったら困るから、写真撮ってきた」
「――――……」
願いが、叶わなかったら、困る?
目の前で楽しそうな魁星をただ見上げていると。
また頬に触れられて、優しく見つめられる。
あ、オレ。
もう、これだけで、かなりかなり、満足かもしれない。
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