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肉じゃがにひとめぼれ

「あー、うまそぉ」  寝転がりながらスマホを視線の先にかざした俺は、長方形の画面に映る画像を見てはよだれを何度も飲み込む。  肉じゃがにほうれん草の白和え、箸休めのきゅうりと塩昆布の和え物とお味噌汁の具は大根と人参と厚揚げ。  肉じゃがと和え物くらいならコンビニで手に入りそうだけども、白和えとか具沢山のお味噌汁とか、実家を出て以来定食屋でしかお目にかかった記憶がない。  俺──高任健一(たかとうけんいち)、二十九歳──は、たまたまリツイートで回ってきた画像を眺めては、深い深い溜息をこぼれ落としていた。  愛知のとある市で生まれ、リーマンの親父に専業主婦の母親、現在ふたりの子持ちの姉と俺という一般的な家庭で育ち、平々凡々な学生生活を経て大学まで出た後、就職を機に地元を離れ早七年。  中小企業で営業職をしていたため、割とスキマ時間が多く、なんとなしに始めた妄想小説が出版社の目に止まりライトノベル作家としてデビュー。既に三冊ほど本を出していたりする。  趣味でやるのとプロでやるのとは違う、と後悔するのは二冊目の本が出るまでに自覚していた。正直時間がない。  寝て起きて飯食って作業して寝るの繰り返し。休みの日は平日ではたりない作業をするためこもりきり。  スキマ時間はあいもかわらずウェブ投稿サイトで更新するほうに充ててるから、実質作家としての活動は家に帰ってから寝るまで。  元々できない自炊なんて頭から吹き飛び、ギリギリまで寝てたいからゴミも捨てるタイミングを何度も外し溜まるいっぽう。  みごとなまでにゴミ部屋と化した。  一応コンビニ弁当とかカップ麺の空き容器は食べたら軽く洗ってるから、腐臭はしないものの、パンパンに詰まった指定袋が積まれているのを見る度に気分が沈む。  かろうじてベッドとノートパソコンが鎮座するテーブルは清潔に保たれ物もないが、さすがに視界の環境はとてもじゃないけどよろしくない。 「ほかほかご飯に和食……。あーくいてー」  特に肉じゃが。愛知在住だったけど、母親が関西出身だったのもあって、豚肉主流な県民の中でも我が家は牛肉だったりする。  関東に越してから何度も大衆チェーン店に入ってるけど、こちらは当然豚肉の肉じゃが。大半がうまいと言う中で、これじゃないんだよなぁ、とカチカチに硬い肉を咀嚼していた。  だから、画像の肉じゃがの肉が牛肉なのに気づいた途端、唾液が大量分泌されてしまったのは言うまでもない。  俺はぼんやりと画像の主──ryoと言うらしい──のアカウントをタップすると。 「え? マジ?」  雰囲気の良いカフェの画像がヘッダーにあり、アイコンは自分で撮影したらしき卵の写真。  ただそれだけなら特別驚くことではない。俺がとある一点で瞠目したのは。IDの横に「フォローされています」という一文。  この人、俺のフォロワーさんだったの!? と思わず起き上がり、ryoのツイートを遡る。  そこで分かったのは、ryoは関東でカフェを経営している二十代の人物とのこと。しかも、前年から世界中で蔓延している病気のせいで閑古鳥となってしまい、店を閉めようか悩んでいること。更にはこのアカウントは自分が読んで好きになった作家をフォローしている専用だともあった。  俺はryoがフォローしているリストをタップする。フォロー数四名。そこに俺のアカウントも素知らぬ顔で入っていた。  どうやら、今回俺の目に止まったのも、リストに入ってる相互の作家がリツイートしたのがきっかけのようだ。 『凄く美味そう! 牛肉の肉じゃが、久々に見てよだれが止まらない。お金払うからごはん作ってください!』  と、引用を使って無意識に呟いていた。  まさかこれが俺と、ryoとの長い付き合いの始まりになるとは、この時は思ってもいなかった──

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