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勘違いポトフ④

 リビングの座椅子にうつ伏せになると、上から「少しズボンを下ろしますよ」と涼さんが声を掛けてくる。  すうっと外気に肌が晒され、次に究極に冷たい感触がして、思わず「ひゃぁっ」と声が出てしまった。 「……すみません」 「え、ちょっと冷たかっただけで」 「そうじゃないんです」  背中からひどく気落ちしたような涼さんの声が落ちてきて、俺は湿布のせいかと思って大丈夫だと言ったのだが。返ってきたのはどうやら|湿布《それ》とは違うらしい。  一体、なんだ? 「涼さん?」 「今まで、色々と嘘をついてごめんなさい」  腰に気をつけつつ後ろを振り返れば、俯いた涼さんが今にも、床に頭を擦り付けそうな勢いで伏そうとしていた。 「ちょ、ちょっと!?」  予想もできなかった光景に目を白黒させる。  確かに涼さんは俺に嘘をついてたけど、色々って!? 「ま、待ってください! 頭上げて、まずは落ち着きましょう? ねっ!?」 「いやです。健一さんが『許す』というまで、頭は上げません」 「えぇー」  なんていう頑固な。  まあ、俺も隠してた事あるし…… 「じゃあ、俺も涼さんに沢山隠し事してました。ごめんなさい」 「えっ!?」  腰が重く痛かったけど、正座をして三つ指で深々と頭を額づく。イタタ、この姿勢、腰にクル。  もしかしたら、今日がふたりでまともに会える最後の日かもしれない。こんな時に腰の痛みで悶絶している場合じゃない。男だろう、健一。しっかりするんだ! 「俺。俺は……、俺、は……」  ドクドクと心臓が痛いくらいに早くなる。  人に告白するなんて人生初だ。こんなにも緊張して、逃げ出したい気分になるのか。  前は緑川からゲイをカムアウトされて、なし崩しにホテルに行ってセックスしたから、いつから付き合いだしたとか告白したかとか曖昧だった。  だから、誰かに告白すること自体が初めてなのだ。 「あの、俺……は、」  白井戸さんのような綺麗な人が恋人なのだから、きっと俺の恋は絶対に叶うことはないだろう。  それでもいい。俺が涼さんを好きになった事実を、言葉として伝えたい。  ノンケの涼さんには迷惑この上ないと思うけど。  俺は沢山、涼さんにお腹も心も満たしてもらった。  短い期間とはいえ、涼さんと同じ部屋で一緒に生活することもできた。  俺の名を呼ぶ優しい涼さんの声。お疲れさまと言って、そっと差し出してくれたマグカップを包む長く男らしい指。笑みに細めた目はいつも温かい。 「……すき……、りょうさんが、すき」  あふれる想いのままに、そう、言葉がこぼれ落ちた。  ノンケの涼さんには、男の告白なんて耐えれないだろう。きっと顔を青ざめて、怯えて、逃げ出すに違いない。  男が男に告白だなんて、普通の異性愛者なら気持ち悪いはずだ。  それでも俺は言いたかった。一世一代の告白。これで暴言を吐かれようが、そのまま逃げ出してしまっても、俺は追いかける事もせずに見送るだけ。  涼さんが俺にどんな嘘をついてたかは知らない。でも、それがわからなくてもいい。  俺がこれまで隠してた秘密に比べれば、全てが許してしまえる。 「涼さんが、俺にお店を閉めたって嘘をついてたのも、全て許します。俺だけ、涼さんのご飯を独り占めなんて、もったいないって思ってましたから」 「健一さん……」 「それに、思わず告白しちゃったけど、返事はいらないです。……だって、男の俺が涼さんに告白だなんて、気持ち悪かったでしょ?」  ごめんなさい、と言い切る前に、俺の上半身は暖かい何かに包まれ、耳元で熱い吐息が触れる。 「……」  え、えーと、この部屋には俺と涼さんしかいない訳で。  自分で自分を抱きしめるとか、アホな姿を晒しているとかでないのなら、つまり……これは…… 「健一さん……」 「ひゃいっ!?」  耳元で囁かれる低い声に、緊張して舌を噛んでしまった。  ひゃいっ、てなんだよ、ひゃいっ、て。アホの子か。ラノベのドジっ子キャラなら可愛いけど、三十近い男が言うセリフじゃないだろうが。 「クスッ、可愛い。ねえ、健一さん? オレの事、好きってホント?」  アホなことに意識が向いてる間に、吐息を吹き込むように耳元でボソリと甘い声が問いかけてくる。  年上の男をつかまえて「可愛い」って。かわ……いい、って……うわぁぁぁぁ!  ぜ、絶対、今、俺の顔赤い! というか、全身真っ赤になってる!  羞恥に思わず涼さんの胸に顔をグリグリ押し付ける。  こんなん「穴があったら入りたい!」だよ! 「ねえ、もう一回言って? オレの事好きだって。健一さんから、もう一回聞きたいな」  確実に真っ赤な俺の耳にチュッと唇音が聞こえ、次いでまたも甘ったるい問いかけが。低く囁きかける言葉と声に、脳までもが沸騰しそうだ。  これは誰だ? いや、涼さんだって分かるけども。  あれ? 涼さんってノンケだったよね?  男から告白されて、どうしてこんなに嬉しそう……というか、恋人に接するみたいに甘ったるいんだろう。  だって。涼さんの恋人は白井戸さんで……あれ? 白井戸さんは涼さんを「大事な人」って言ったけど、「恋人」とは言ってなくて……  あれ? ん? あれぇ?

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