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Jelly Beans

砂漠のど真ん中のガソリンスタンドには誰も来ない。母さんはトレーラーハウスの中でぐうすか寝てる。時折ひび割れたコンクリート道路を枯草の毬が吹き転がっていく。 抜けるように高く乾燥したインディアンサマー。もし神様が爆弾落とすンならお誂え向きの日和だ、地上の蟻んこどもがよく見渡せる。 赤さびたガソリンメーターに腰かけ足をぶらつかせる。道路の向こうにポツンと一点影が生まれる。豆粒大の影が次第に大きくなって人の形をとり、鮮明な輪郭を結ぶ。 お気に入りのモッズコートを羽織って、紙袋を大事そうに抱えたピジョンだ。ピジョンは泣きそうな犬に似ている。俺と全然似てないピンクゴールドの金髪は汗でくたって、一歩一歩がしんどそうだ。 「スワロー!」 ピジョンが遠くから俺を呼んで片手を振る。その拍子に紙袋から林檎が一個零れ落ち、慌てて拾ってコートで磨く。まさか食べるんじゃねえだろうなと危惧したが、さすがにそんなマネはしない。小鳩は意地汚いが行儀はいいのだ。 道路で弾んだ林檎をそそくさと紙袋に返し、改めて笑顔で手を振る。俺は手を振り返す、代わりにハンドサインを送る。You're Dead、歯茎を剥き出し親指で首をかっきるアレだ。 ピジョンがしょげた顔で力なく手をおろす。ざまあみろ。道路を逸れてガソリンスタンドの敷地に足を踏み入れ、コートの袖口を馬鹿丁寧にめぐり、あろうことか俺が座るガソリンメーターによじのぼる。 「よいしょ」 爺むさいかけ声と共に這い上がろうとしてずり落ち、見かねて引っ張りあげてやる。 「だっせえの」 「うるさい、荷物持ってるから仕方ないだろ」 「ちゃんと買ってきたのか」 「もちろん。今日は林檎が手に入ったんだ、見ろよ真っ赤でぴかぴか」 「超レアじゃん。また放射能に汚染されてんじゃねえの」 「今度のは大丈夫だって、もしそうでもちゃんと拭いて洗ってから食べれば問題ない」 「大丈夫の根拠が行方不明なんだけど」 要領の悪いピジョンが林檎を手に入れたのは奇跡だ。新鮮な野菜やくだものは貴重なのだ、案外一皮剥いてみりゃ傷んでるのかもしれねえ。 「キズモノ掴まされたんじゃねえか?虫食ってたらどうするよ、毛虫がトンネルからコンニチハ。駄バトなら喜んで啄むか」 「イヤなヤツだな」 人さし指と親指の輪っかに反対の人さし指を通しておちょくれば、案の定口を尖らせぶすくれる。 兄貴をからかうのは面白え、横顔にすぐ不満が出る。懐に囲った紙袋に手を伸ばしてちゃっかり林檎を拝借しようとすりゃ、「行儀が悪い」とはたかれる。 「テメェぶったな」 「さっき落としたんだ、せめて洗ってからにしろ」 「コートで拭いてンの見たぜ、まあ小汚いコートで拭いてももっと汚れるだけで意味ねーか」 「ちゃんと洗ってるし汚くない、時々は街のコインランドリー使わせてもらってるし」 「テメェの拾い食いはOKで俺の拾い食いはNGなのかよ」 揚げ足とって突っこめば、ピジョンが皮肉っぽく呟く。 「俺はいいんだよ、丈夫にできてるから。誰かさんのおかげで打たれ強さには自信があるんだ」 「けっ、言うじゃん」 しばらく二人並んでガソリンメーターに腰かけだだっ広い荒野を見詰める。道路のはてに霞む寂れた街とサボテン、赤茶けた岩肌と石灰質の動物の骨。ガソリンスタンドからちょっと離れた所にハイエナだかなんだかの死体があって、汚く啼き騒ぐハゲワシが大喜びで啄んでる。 「なあ、ジェリービーンズ当てしない?」 沈黙に退屈したのか、ピジョンががさがさと紙袋をあさって提案する。 「何それ」 「俺が掴むジェリービーンズの色当てるの。当然見ないでね」 「よく買うカネあったな」 「雑貨屋のおばさんがおまけしてくれたんだ」 「珍しいな」 「お釣りを多くもらったのに気付いて返しにいったら、イマドキ感心な子だねって」 「はア?わざわざ引き返したのかよ馬鹿か、どーりで帰りが遅かったわけだ」 ピジョンは大馬鹿野郎だ。かいてる汗の量と息切れの様子からして、大分たってから釣りの渡し間違いに気付いて慌てて返しに行ったらしい。 「ガメちまえばよかったのに損したな」 「おかげでジェリービーンズもらえたんだから結果オーライ」 ピジョンはご機嫌だ。そりゃそうだろう兄貴は甘いものが大好きだ。それ以上に、コイツが街の人間に褒められるなんてめったにない。めったにないからこそ浮かれまくって、とんでもない失敗をやらかす。 平和ボケした横顔を見ていると無性に苛立ちがこみあげる。 「やらねえ」 「ツレないこと言わずに」 「それ付き合ってなんか得ある」 「暇がまぎれる」 「テメェと遊ぶの飽きた。テメェで遊ぶなら可」 紙袋の中をうきうきかき回していたピジョンが落胆、肩を落とす。 「じゃあ一人でやる」 「あっそ」 「赤」 「……」 「残念、ハズレ。黄色だった。お次は青」 「……」 「惜しい続けてハズレ、ツイてないなあ。青いジェリービーンズって何味かな、ソーダ味?お前はどう思うスワロー」 「食やァわかんだろ」 「それもそうか」 ピジョンが納得、ビーンズをのっけたてのひらを勢いよく叩いて真上に飛ばす。 口でとらえ舌で転がし、微妙な表情で首を傾げるもすぐに気を取り直す。 「……よくわからない。おいしいからいいか」 「ジェリービーンズなんざ人工甘味料のかたまりだろ」 「夢がないな」 「夢で菓子が食えるか、虫歯になっちまえ」 「緑」 紙袋から抜いた拳を開いて眉は八の字で落胆、反対の手でてのひらを叩き、高くはねたピンクのビーンズを空中でぱく……付こうとして失敗。 ズボンの腿にあたったのを素早く拾って口に放りこむ。 「地面に落ちなきゃセーフ」 「落ちても食うくせに」 「次こそあててやる」 腕まくりして紙袋に手を突っ込む。 シカトされても一向にへこたれない鈍感さ、もとい精神力だけは褒めてやりてえ。 嬉々とした表情と陽気に弾んだ声、何が楽しいのか理解に苦しむ一人遊び。大抵はずしちゃあ大袈裟に残念がって、紙袋の中をまさぐっちゃあ一粒一粒摘まんであらため、たまにアタリを引いちゃあ顔を輝かせる。 んでもってはずれてもあたってもてのひらを叩いて弾ませ、空中でキャッチしようとしちゃ空振って、肩や鼻の頭で跳ねたのを咥えンのも失敗し、かくなるうえはと地面に落ちる前にすくいあげて口にポイ。 「赤!……じゃない、オレンジ。まあおいしそうだからアリか。次は白……待って取り消し、青にしようかな。全部一緒に食べたらどんな味がするんだろ、口の中がカラフルな洪水で瞼の裏がスパーク」 「オレンジ」 ふてくされ気味に頬杖付いた俺の横顔に、まじまじ凝視を注ぐピジョン。 尖った目線と顔の向きで促せば、慌てて目を瞑って手を突っ込みかきまわし、一粒のジェリービーンズを取り出す。 薄目でおそるおそる確かめる表情に嫉妬と落胆が過ぎり、すぐそれに勝る祝福の表情に塗り替わる。 「おめでとう」 ハズレを引きまくってしょぼくれてる駄バトと違い、一発でアタリを引き当てて得意がる俺へと、赤いジェリービーンズを投げてよこす。 上手くキャッチしたそれを二・三度投げ上げてから口にほうりこめば、ピジョンが物欲しそうに見てくるもんで悪戯心が疼き、手を裏返して人さし指を曲げる。 「何?」 警戒心なんてまるでなく、猜疑心すら棚上げして無防備に寄ってくるピジョンに急接近し、ジェリービーンズが溶けた甘ったるい唾液を口移しで含ませる。 「!?ぅむッ、ぅ」 ピジョンが嫌がって身を引こうとするのを許さずコートの裾を掴み、舌先で押したジェリービーンズを食わす。 舌と舌が悪戯っぽく触れ合い、唾液の海を泳いだジェリービーンズが口移し舌渡しでピジョンの口腔へ行く。 「やッめ……はァ」 「お裾分け。有り難く食えよ、好きだろ」 ようやく解放してやれば芯からふやけて今にも落っこちそうな有様だった。 息を吹き返したピジョンが貪るように深呼吸して怒鳴る。 「なにすんだよ!母さんにバレたら」 「だまっとけよ」 「言えないよ……」 膝の間に紙袋を抱え耳たぶまで真っ赤な兄貴に辛抱たまらなくなって囁く。 「本番はもっとうまく頼むぜ」 「あっ!?」 次キスする時は上達してるように祈り、ピジョンの抗議を封じて勝手にパクッたジェリービーンズをてのひらで叩いて飛ばし、見事に咥え込んだ。

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