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初対面、箱の中⑦
「こんなの、許されないぞ」
体を起こすと節々が痛んだ。それに暑くてたまらない。
「でも良かったでしょ? フィンのこと、たくさん知れたし。それに」
「なんだ」
「あんたのこと知ってる。最近有名なソーシャルワーカーだって。あんたに感謝する獣人も多い、人間からの信頼も厚い。男の獣人からのレイプ被害なんて、キャリアに傷がつく。どう?」
正論をそのままぶつけられて言葉に詰まる。まさか全てわかった上でこんな行為に及んだというのか。
よくもまぁ頭が回る男だと、初めて他人に対してそう思った。
「その頭を他のことに活かしたらどうなんだ」
「やーだ。俺って快楽主義者なの。興味あることにしか使えない。あ、でもあんたがもし俺の担当降りるって言うならこの話広めちゃおっかな。耳が弱くて頼んでもないのに精液飲んでくれちゃうぐらいインランだって」
「な、だ、それは、そうするしか」
「えー? だってボックスの蓋は空いてたし、口に入れたままにしておけば吐き出せたでしょ。トイレもティッシュもあるし。てかそうすると思った」
何も言えない。その通りだ。なぜそんな、普通なら口にするのもおぞましいものを咥えこんで、あまつさえ精液を飲み込むなど。
「フィンも俺のこと、気に入ってくれた?」
セーフティボックスに座り込んだままの俺に、リュカは手を差し出す。その瞳は光の加減で赤く爛々としているように見えた。
ウサギは草食動物、じゃなかったのか。
「……ある意味ではな」
リュカの手を取って立ち上がる。こんなに感情を、自分のペースを乱されたのも初めてのことだ。余裕そうなリュカの顔を見ていると無性に腹が立つ。
「時間だ。僕はもう行く」
予定していた面談の時間を少し過ぎてしまっている。
「そっけなぁい。ピロートークしてってよ」
「するか!」
大幅に予定が狂わされた。保護対象者の話を聞いて今後の方針を決めて行くつもりがどちらも出来ていない。
いや、今後の方針くらいは後でまとめることが出来るだろうか。ひとまずここを出たら書類を見直して、リュカの経歴も見返して、それから。
「ねぇ待って」
腕を掴まれて扉の前で振り返る。
「なんだ」
「また来るんでしょ?」
「この仕事を降りる気は無い」
そもそも今までにも保護対象者に噛みつかれたり突き飛ばされたり、暴れた保護対象者を押さえつけたり……など予定外のことはあった。
今回のこともそれと同じ。ただ予定外のことが起きた。
それだけだ、特別視することではない。
「フーン……」
「次の面談ではここを出た後の方針を決める。もし希望があれば考えておいてくれ」
「そんなこと出来るの?」
「はぁ? お前も知ってるんだろ、僕が有能なソーシャルワーカーだってことは。心配しなくても社会生活に復帰できるようにサポートは……」
「じゃなくて」
またしてもあの厄介な垂れ耳が顔に触れた。
「次はもっときもちいいこと、しようね」
短いリップ音が聞こえた。咄嗟に距離を取って耳を抑えていると、リュカが意味ありげに笑う。
「待ってるね。フィン」
「次からはしっかり鎖を繋ぐつもりだ」
「えー、ひどぉい」
鉄の扉を解錠する。振り返らずに部屋を後にした。
そんなことするわけが無い。今日のだって、事故のようなものだ。
だけど何故か脳裏にこびり付いたあの赤い瞳と収まらない心臓の音は僕を掻き回すには充分だった。
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