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第15話
日ごとに強くなっていく湿気を伴った熱気が開いた窓から入る。
もうすぐ側に夏は近づいていた。
アレンシカは学園の図書館の窓際の席でその風を受けながら明日の課題を開いている。
夏休みが来る前に、学園には生徒達の鬼門の定期テストがやって来る。
アレンシカはエイリークとともに勉強をする約束をしていたが、いつもは飄々としているエイリークもこの時ばかりは真剣で、一度教師に分からないところを質問してから向かうと言っていた。
だからエイリークが来るまで一人で課題に向き合っていた。
周りでは同じように友人と一緒に勉強をする者がパラパラとおり、少しだけざわめかしいが概ね静かに皆勉強をしている。
一人で部屋で勉強をするのも良いけど、こうして誰かを視界に入れながら勉強をするととても捗るのだ。
仲良く勉強している人達を見ると、もしあのように仲良ければ、自分達も今頃……と一瞬思いかけるがそんな考えを夏の風で吹き飛ばす。
そんな事は微塵も起こる訳がないのに。
ひとまず目の前の課題をこなそうとアレンシカは課題に目を通した。
「えー!うそぉ!」
ひと際大きな声がその場に響いた。誰もがその方向を見る。アレンシカも例に漏れずにそちらを見てしまった。
向き合って勉強していた生徒がとっさに口を塞ぐ。塞がれた生徒が謝るジェスチャーをすると手が離された。
「うるさいよー。」
「だってー。ごめーん。」
今度は周りに気をして二人組はコソコソと小さい声にする。
それでも席が近いアレンシカの耳にははっきりと聞こえてしまうが、気遣いはしているのだ。幸い室内にいる生徒はかなり少ないし、再度大きな声でも出さない限りこちらから何か言うことはしないとアレンシカは気にせず課題に目を通す。
「だって、天啓で結婚してた人とここで会ったなんて!」
いや、気にしないのは無理だった。
まさかここで自分の天啓の話をするとは思わなかったうえ、内容が未来の結婚だ。
本来、天啓の話をすることは禁止されてはいない。ただ自分が犯罪者になっている天啓を見る人もたまにおり、天啓を話すことが決まりとなるとそういった人達もつらい天啓の内容を公にしなければならない。つらい天啓の人に対して虐げるような事例も昔はあったようだ。
だから禁止こそされていないものの誰かの天啓を無理に聞いたりしてはならないと公然としたマナーがある。
しかし彼らの話を聞いている限り、彼らは自分から話したくて話しているのだから特に咎められるものではないだろう。
アレンシカにはとても気になるが。
「それでそれで!その天啓の人とはどうなったの?」
ヒートアップする気持ちを抑えながら聞く彼に向かい側の友人は言う。
「それが……。相手も僕のことを天啓で見てたみたいでね。」
「えー!何それ!すごいー!」
再び大声を上げて驚く生徒。司書がコンコンと手元のペンで机を叩いて注意する。
彼らは司書に頭を下げて謝ると再び向かい合う。今度は気をつけて先程よりかなり小さい声で話すようだ。アレンシカの位置からは聞こえるが。
「じゃあ、相手も顔知ってるってこと?」
「そうなの……。でね、次のお休みの時、二人でお茶でもしてみようって。」
「えー!それってデートじゃん!」
再び大声を上げてしまい、ゲホンゲホンと司書がわざと咳払いする。
追い出されはしなかったがもう一度注意されれば今度こそ追い出されてしまうだろう。
二人はさらに声を小さくしてしまいアレンシカの位置でも聞き取りづらくなった。それでも内容は天啓で顔を知った相手とのデートの話で持ちきりのようだった。
聞こえづらくなったのでアレンシカも今度こそ気にすることなく勉強に集中しようと課題に目を落とす。
しかし、はたと思ってしまった。
今まで思ったことも考えたことがなかったが、一度耳に入った言葉が疑問になってぐるぐる回る。
エイリークは天啓で何を見たんだろうか、と。
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