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3:仕事始め

----- -------- ------------ 「ここが今日からお前の仕事場だ」 「……はい」  一つの大きな扉の前まで案内されると、俺はただただ驚愕しながらその扉を見つめた。そんな俺の隣では、気だるそうな声で話す一人の背の高い男。 「さっき言われた通り、お前の前任の人間が、長時間立っていられなくなったと部屋守の職を辞した。だから、今日からはお前がイーサ王子の部屋守だ」  そう、俺の前を歩いていたキラキラとした銀色の髪を靡かせ、髪をひとくくりにした相手が、チラと俺の方を見ながら淡々と口にする。チラと髪の毛の隙間から覗くその耳は、やはり鋭く尖っていた。 「……はい」 「はぁ……ついこないだ、同じ説明をしたと思ったんだがな」  溜息を吐きながら口にされた言葉は、明らかにウンザリとした色が聞き取れる。 あぁ、この男の声は悪くない。アンニュイな感じの声が、どこか須崎さんを思わせる。呼吸の仕方だろうか。語尾の空気が抜ける感じに、怠惰な色気を感じるタイプの声だ。この手の声は、なかなか真似しにくい。 「なんだ。俺の顔に何かついているか」 「いえ、何でもありません」 「お前ら人間の寿命の短さにはウンザリだ。どうせ気付いたらお前も老いだ寿命だと騒ぎ立てて、仕事を辞し、俺はまた次の人間に同じような事を言う羽目になる。こんな徒労、他にない」 スッと細目られた目が、蔑みの色に染められる。 「頼むから、長生きしてくれ」 「はぁ」  急に孫がジジイに言うような温かい台詞を吐くじゃん。 まぁ、その声は一切合切、そんな温かみなどは皆無だったが。  こうして周囲の人間と……エルフ達と話していくうちに、俺は少しずつ理解し始めていた。 「もう簡単に説明する。お前はイーサ王子の部屋守だ。ここに立っていろ。敵や不測の事態がきたら、イーサ王子を守れ。以上だ」 「あの、」 「なんだ」  そう、俺は完全に夢を見ているらしい。 なにせ、ここは俺がオーディションに落ちた【セブンスナイト4】の世界のようなのだ。俺の制服のベルト部分に縫い付けられた、クリプラントの国章。そして、目の前の明らかに人間ではない男。そして、そして。 「俺のような新人が一人で、王子の護衛なんて……それはちょっとあんまりじゃ」 「一人居れば十分だ。どうせ、何も起こらん」 「でも、次の王様の部屋守なのに……」  イーサ王子の部屋守。  もちろん、“イーサ”は最新作にしか出てこないキャラだ。ただ、その他の固有名詞を聞けば、それはもうシリーズを通してプレイした俺だからこそ分かる。 『水流壁に頭ぶち込ませてやるからな!』  先程の騎士の上官らしきエルフが言った“水流壁”は、セブンスナイトシリーズでは序盤に使われる水魔法の一つだ。俺的には使いどころが微妙に分からな過ぎて、正直、技のカスタムに入れた事があまりない。  だから、最初はピンとこなかったが、俺はこの世界で使われる単語に対し、どれもこれも違和感がなかった。 今、俺が着ているこの青い隊服も、三作目でクリプラント防衛戦の時に自陣に居たキャラが、こんなのを着ていた筈だ。 「っは、次期王か……。ゲットーには此方の内政までは流れないのか」 「いえ、俺が……その、少し情報に疎くて」 「次期王候補の部屋守だとしたら、お前など……いや、マナも魔法も扱えぬ人間などは絶対に選ばれないだろうな」 「え?」 「もういいだろう。お前はここで、その短い人生の間、死ぬまで立っていればいい。そうすれば、安くない給金が支払われる。どうせ、何も起こりはしないのだから」  俺から目を逸らし、大きく荘厳な扉に目をやるエルフにつられ、俺も扉の方を見る。静かだ。ここに、本当にイーサが居るのだろうか。  俺が演りたくてたまらなかったキャラ。  俺が落とされ、金弥が選ばれた。  あの、イーサ王が。

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