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21:冷たい手

「……ふぅ」  自分の軽い寝息が聞こえる。  すると、どうだ。目を閉じてしばらくの後、俺のすぐ隣にある扉から、キィと鳴き声のような微かな音が響いた。あぁ、これは聞いた事がある。 イーサの部屋の扉が、開く音だ。 「……は」  すると、扉の開いた音と共に、誰かの息遣いが周囲の空気を震わせた。震えた空気が、俺の耳へと届く。 「……」  すると、次の瞬間。俺の頬にヒンヤリしたモノが触れた。あぁ、コレは手だ。ペタペタとまるで子供のような手つきで、俺の顔を這いまわる。 誰の手かなんて、尋ねなくても分かる。 「……ぃーぁ」 「っ!」  イーサ。そう、俺は口にしたつもりだった。 しかし、どうしたモンだ。俺は意識だけを半分置いて、体は完全に寝てしまったらしい。思ったように体も、口も動かない。声も、出せない。  そして、俺の小さな声に、先程まで俺に触れていた手が、弾かれたように離れていった。 「……」  ただ、空気を震わす息遣いは、未だに俺の傍から離れていかない。それから、再び俺の元へとあのヒヤリとした手が落りてくるのに、然程時間はかからなかった。  ペタペタ、サラサラ。  先程よりも、ソッと触れては来るものの、けれど一切容赦はない。その手は、本当に気の向くまま、だった。 「ぅ……ん」  イーサの指の間に、俺の髪の毛が絡む。そういえば、こちらに来てから髪を切っていない。そろそろ切らないと。前も後ろも鬱陶しく感じ始めた頃だ。俺にはここのヤツらのような長髪は無理だ。似合いもしないだろう。 「……」  そんな少し伸びた俺の髪の毛に、その手は、楽しそうに指を絡める。首筋を通って、手が後ろ髪へと回された。 手の感触が、少し気持ちが良い。その心地よさで、俺はそれまで拘束されていた自身の声を、ハッキリと取り戻した。 「……いー、さ。…も、っと」 「っ!」  余りの気持ち良さに、俺は触れてくるヒンヤリとした手の感触に、少しだけ頬を寄せ「もっと」と強請った。こんな風に、誰かに優しく触れて貰えるなんて……いつぶりだろう。  さすが「大人なんて体の大きくなった子供」なだけはある。  俺は、この一人ぼっちの世界で、ずっと誰かに甘えたかったのだ。 「……ぁ、ぁ」  遠くで、戸惑いながらも、歓喜するような声が空気を震わせる。とても短い、殆ど呼吸のような声に、こんなに感情を込められるなんて。 それにしても、低音で落ち着いた、なんて。良い、声だ。 あぁ、俺も、見習わないと。 「……ぁ、は、ぅっ」  せっかく、意識の半分は此方に置いて行ったのに、震えるような呼吸と共に触れてくる手が余りにも心地良いモンだから。  俺は、次の瞬間、深い眠りの渦の中へと、勢いよく引っ張り込まれた。

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