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41:サトシとシバと時々テザー

「……あぁ、もう。俺」  あのネックレスを貰ってから、俺はずっとイーサに何と言ってきただろう。一度だって「ありがとう」の一言を伝えただろうか。  いや、言ってない。 -------返す!こんなの、貰う理由がない!  テザー先輩の言葉ばかりを気にして。ありもしない世間の目を気にして。俺は、イーサの厚意をずっと脇に捨ててきたのだ。 イーサが俺に対してのみ向けてくる、その真っ直ぐな子供のような“想い”を、俺は受け止めきれずに“重さ”として脇に捨て置いてきた。 --------イーサ!  ドンドンドンドン!バタバタバタ!  イーサの部屋から、ずっと聞こえてきていたイーサの“イヤイヤ”というノックの音。  そりゃあそうだ。そんなの嫌に決まってる。ずっと部屋の中に居るイーサにとって、“アレ”は、考えて考えて考えて、やっと思いついた、「戸を叩く」以外の、俺とのコミュニケーション手段だったに違いない。 一度のノックでも、二度のノックでも伝えられない。そんな気持ちがあったから、イーサは扉から手を出した。 -------ご、ごほうび?  そう。俺が尋ねた時のイーサの手を思い出せ。  あんなに得意気で嬉しそうなイーサは、俺に拒否されるなんて微塵も考えちゃいなかったに違いない。きっと俺が喜んでくれると思っただろう。困っている俺を、助けたいと思ったのだろう。  それなのに。 -------おい!イーサ!癇癪ばっかり起こすな!ちゃんと俺の話を聞け!  なんて事はない。「いやだ!こんな重いモノ、受け取りたくない!」そう言って癇癪を起していたのは、俺の方じゃないか。俺こそが、イーサの話を全然聞いていなかった。 俺は自身の半端さから、イーサのソレを受け入れる事が出来なかった。拒否した。イーサを惨めな気持ちにさせた。 「何が“重い”だ。俺の方こそ、既に十分重い癖に。そう、仲本聡志は……ハッキリと自覚した」  イーサに対する、俺の、仲本聡志の想いを。 「ポチ、急に黙り込みやがって。どうかしたか」 「……いえ、シバさん。ほんとに、目が覚めました。ありがとうございます」 「お、おぉ」  突然、深く頭を下げてきた俺に、シバの戸惑ったような声が降り注いできた。あぁ、今日、街に下りて良かった。気付けなかったら、きっと大事な事を伝えられないまま、訓練に行く事になっていただろう。  あぁ、ほんとに。 「シバさんに会えて良かったです。人間のこと嫌いなのに、俺の事を雇ってくださってありがとうございました」 「な、なんだよ。急に」  精悍だった筈の声が、似合わない程オタついている。頭を下げたままなので分からないが、声で分かる。この人……いや、このエルフ。完全に照れている。  こういう性格のヤツ、乙女ゲームの攻略キャラに居そうじゃないか。ていうか、居た。シリーズ通して、絶対に一人は居た。 「……別に俺が雇ったんじゃねぇし。親父が勝手に」 「不器用キャラか」 「あ?なんだって」 「いえ、なんでも」  この不器用さじゃ、確かに女遊びには向かないかもしれない。俺如きの言葉に照れてちゃ、夢のまた夢だ。  俺は、顔に張り付いた笑いを消せぬまま、ゆっくりと頭を上げた。すると、そこには、やはりというか何というか。 「……もういい、俺は仕事に戻る」  俺から顔をそらしてはいるものの、尖った耳は例に漏れず赤く色づいていた。 シバって本当に良いヤツだなぁ。俺はさぁ、こういう奴と、 「じゃあ最後に。俺の名前、本当は聡志って言います」  友達になりたいわ。  そう思った時には、俺は自分の名前を名乗っていた。名前は、出来るだけ呼んで貰った方がいい。そうした方が自分の気持ちがブレずにすむし、あとは……そう。単純に嬉しい。  どれもこれも、さっき知った事だ。 「……サトシ」 「そうです」 「ポチも変だと思ったが……どっちも変だな」 「エルフの感覚だと、そうみたいですね」  やっぱり“ポチ”も変だとは思っていたのか。いや、さすがにそうか。そう、俺が苦笑していると、シバは少しだけ考えるように眉をヒクリと動かした。そして、静かに言った。 「俺はシバだ」 「知ってますよ。ずっとそう呼んでたじゃないですか」  今更何を言いだすかと思えば。思わず浮かべていた苦笑が、純粋な笑みに変わる。何だ、この会話。しかし、続くシバの言葉に、俺はやっと合点がいった。 「シバでいい」 「あ」  呼び捨てでいいってことか。 「……シバ」 「おう」 「親父はドージ」 「……ドージ」 「さすがに親父は“さん”付けとけ。そういうの厳しいから」 「あ、うん。はい」  俺が呆けた顔で頷いていると、シバは両腕に抱えていた荷物を、器用に片手だけに持ち直す。そして、 「じゃ。何かあったら、また店に来いよ。サトシ」  その大きな手が、俺の頭の上に乗せられた。感覚で分かる。本当に大きな手だった。 「うん。いく。ありがとう……シバ」 「おう」  シバの手がスルリと離れて行く。そして、シバは荷物を両腕で抱えなおすと、それまで黙って俺の後ろで顔を背けていたテザー先輩へと視線を向けた。 「テメェも、あんま飲み過ぎんなよ。あと、女遊びも程ほどにしとけ」 「っ!」  テザー先輩の喉の奥から引きつったような呼吸音が聞こえる。  あーあ。俺があの店で働いてた事、バレちまった。  俺は、シバの背中を見送りながら、隣でワナワナと震えるテザー先輩の背中を、溜息と共に見ないフリをした。

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