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瑞に触れる 6

 そんな俺の様子が面白かったのか峯子は少女のようにころころと愛らしく笑い、机を挟んで窓近くに置かれた籐の椅子を勧めてきた。  後援者の奥方と対等に座ってよいのかと逡巡もしたが、あまりにも屈託なく勧められて仕方なく浅く腰かける。  ぎし と重みで籐が鳴る。  相変わらずのとろりとした色気のある笑みを浮かべた峯子を前に、まずは土下座するべきだったと拳を握った。 「暑いでしょう。じきにみつ子が何か持ってきますから」 「はぁ」  ちりん と軒先につるされた硝子の風鈴が甲高い響きを披露する。  涼やかではあったが、今の俺には死刑執行の合図の鐘の音に思えて、嫌な汗が脇を湿らせた。 「あの……お話とは……?」  干からびそうになった喉に無理やり押し込んだ唾液の中に、翠也の肌の甘さを思い出す。 「いえね、こちらの暮らしには慣れたかと思いまして」  そう言うと、はっきりと朱の引かれた唇が笑む。  食らった肩透かしに思わず椅子から転がり落ちたい気分になったが、それを堪えて無理矢理に笑みを返した。 「はい。とても良い環境を用意していただけて、感謝しています」 「そう、それは安心しました。すべて翠也に任せきりでしたから。頼りないでしょう? 何か不自由をさせているのではと気がかりで」  そう言う峯子は涼し気で、肌は汗一つ零すことなく……  氷でできたような雰囲気は、翠也と良く似通って美しいはずなのに心を動かされるような衝動は感じない。  翠也のような、暴きたくなるような渇望感は……  失礼します と声をかけてみつ子が盆に和菓子と茶を乗せて入ってくる。  夏らしい涼し気な金魚を象った若葉蔭に、積もる緊張がふと緩んだ。 「この時期のこれが好きなのよ」  ふふ と笑う峯子を見て、翠也はどうなのだろうとぼんやりと考えが過る。 「   それで」  突然切り出された言葉に、含んだ茶の冷たさが骨に響くようだ。 「……はい」  潤したはずの喉は干上がり、改めて茶を飲まなくてはならないほどだった。 「絵を描いていただきたいの」  なんてことはない。  辛うじて画家と呼べる俺にとっては当然のことで、思わず「はぁ」と気の抜けた返事を返してしまう。 「友人の次男がやっと身を固めましてね?」  軽く首を傾げながら語る口調はその友人との親交の深さを物語る。 「何か祝いの品を と」 「はぁ」  馬鹿の一つ覚えのように同じ言葉が漏れた。 「新居に飾れそうなものをお願いしたいの」  赤い唇が微笑むのを見ながら、はいと答える。 「それと……」  きちんと爪の整えられた白魚のような手をふと口元まで遣り、峯子は迷うように続けた。 「……翠也の」  自分の心境をそのまま表すかのように、持った器の中の茶が波紋を広げる。  

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