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透る雫 3

「ほら、気を悪くされたでしょう」  申し訳なさそうな翠也へ向けて身を乗り出す。 「  布を」 「はい?」 「布を取ってくれ」  そう言う俺に彼は恥じらいながら首を振る。 「卯太朗さんの作品を見た後では気が引けてしまいます。頼みますから  あっ!」  そう断る翠也の手から有無を言わさずに邪魔な布をむしり取る。 「  ────」  ざわざわと全身が総毛立つ。  深い色の絵の具に塗り込められた画布に手を伸ばした。 「あの、もう……」  俺に嘗め回されてた時よりも更に顔を紅くし、布を取り返そうとして手を伸ばしてくる。 「  っ」  考えなんて何もないままにその手を掴む。 「あっ……卯太朗さんっ!発作ですか?大丈夫ですか?」  明らかに様子をおかしくした俺を心配する声が流れるのをわかってはいても、それに応える余裕が今の俺にはない。  深い(あお)(しろ)の世界に、ひやりとした冷たさを見た。  畑違いの俺でもわかる、その内に塗り込められた感情に打ち震えながら首を振る。 「これを  君が?」 「……はい」  消え入りたいと言っているような翠也の顔を上げさせる。 「こんな稚拙なものをお見せして……申し訳ない」 「違う!」  突然の大声に彼は怯えたようだった。  怒られるのを待つ小さな子供のように、震えながら身を小さくして俺を見上げる。 「これは、────こんな作品を見たことがない」 「  っ……父にもよく言われます。お前の絵は訳がわからないと」  項垂れたその姿は羞恥に苛まれて、今にも消えてしまいそうだ。 「違うっ!」  もう一度はっきりと告げ、翠也の頬を覆って上を向かせた。  俺から告げられる明確な言葉に怯える姿は、さながら罠にかかった小さな鳥にも似ていて……  俺は一瞬、言葉を発するか迷った。      多分、それは独占欲。  目の前の作品を描くことができる翠也を、誰の目にも触れさせたくないと思ってしまった。  何故なら…… 「こんな言葉を、他人に使う日がくるなんて思わなかった」 「卯太朗さん?」  俺は自分でもまとめきれない複雑な心境を込めた声音で、「君は、天才だ」と囁いた。      結局、翠也は俺の素直な感想を受け入れることはなく。 『そんな気を遣われなくとも、僕は平気です』  そう恥ずかしそうに笑い飛ばすことで、言い募る俺の言葉を遮って…… 「…………気を遣った、か」  そんなもので受ける感動は嵩増しされるものではない。 「…………」  初めて目にしたあの絵を、無理を言って譲ってもらった。  ────冴え冴えとした(あお)(しろ)。  その対比が魅せる目の眩むような効果に額を押さえる。

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