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闇夜の皓 2
「知らなかったんだな」
「……あぁ、関係ないからな」
そう言い捨てた俺に、何か言いたそうにしたが結局何も言ってはこなかった。
「まぁ、パトロンもついたことだし、お前は当分気分転換でもするといいさ」
「気分転換?」
なんのことだとぎこちなく笑って顔を向けると玄上は壁の方を見やっている。
「いい絵だ。粗いが……お前らしい作品だな」
翠也の絵を手に取り、目を細め、近くで見たり遠く離して見たりしては、うんうんと納得するように頷く。
「日本画一筋だと思っていたが、意外だな」
「いやっ違うんだ」
再び壁に絵をかけ、後ろに下がりながら玄上は首を傾げた。
そうするとますます男らしくなる風貌を羨ましく見ながら首を振って「俺が描いたんじゃない」と告げる。
「へぇ」
意外そうな、声。
玄上が言うように、俺は日本画以外にふらついたことはない。
あったとしても気に入らずに、その作品はこの世に残してはいなかった。
「お前のかと思ったが……」
翠也の作品と俺の絵のどこに似通っているところがあるのかは、俺にはわからなかった。
まったく違うように見える翠也の絵を眺める。
「色惚けして目が潰れたんじゃないのか?」
「ははっ! まさか」
「……俺はこんなに才能豊かじゃないよ」
それは今までに痛感してきていることだ。
後援者が現れたのも、
最優秀が取れたのも、
ただの偶然だ。
運が良かっただけで……俺には何もない。
「はは!」
ばしんっばしんっと背に衝撃が走る。
「お前の後ろ向きのところは絵だけにしろや!」
「いった!」
ぐぃっと首に手を回され、大きな手が嵐のように頭を撫でて行く。
「まぁ、ぱーっと飲んだら気も晴れるだろ!」
「依頼されているのが仕上がってからな」
「鴛鴦か」
男臭い胸板を押し返しながら頷く。
新婚の家庭ならばこの絵がめでたくていいだろうと選んだ。
「ふぅん、仕上がりが楽しみだな。……ところで、だ。あれが絵の描き手か?」
「え?」
促されて目をやった先に盛りを過ぎた夾竹桃があり、その向こうに着物の袖が見えた。
翠也……
口から出そうになった言葉を飲み込み、ゆっくりと頷く。
久しぶりに見る翠也の姿は相変わらず清廉で、青く頑なで、けれど色気を滲ませているように見えた。
袖からちらりと見える写生帳に、花を見に来たのだと知る。
「細い腰だなぁ」
「おい! 止めろっ」
どちらもいける口の玄上の言葉についむきになって返した。
玄上が彼をそう言う目で見ることができる人種なのだと思うと、今すぐ雨戸を閉めてしまいたい気分になる。
「この家の息子だ。下手なことは言ってくれるな」
そう言うと玄上は面白そうに「へぇ」と声をあげた。
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