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真新しい画布 16

 代わりにるりの顔を思って、あぁと返事をする。 「いけませんよぉ、女って奴ぁ放っておくと」  苦い経験でもあるのか、橋田は顔を歪めた。  この中年男の過去に興味はなかったが、その言葉に思い出したるりに気が行く。  また来てくれるでしょ? と不安げに笑いながら問いかけてきたのは、随分と前の話だ。  馴染みならば顔を見せてもいい時期ではあるが…… 「  それでですねぇ」  橋田の言葉にはっと我に返る。  おどおどとはしているが、そのへらりと笑った顔は小狡く機会を逃さないとでも言いたげだ。 「ご用事をちょいと早目に切り上げまして、そちらにも顔を出されてはいかがでしょう? ねぇ、この時季、物悲しいでしょう?」  橋田も、どこかにいる女のところへ行きたいと暗に言われて苦笑する。 「後は自分で運ぶから、橋田さんは先に行ってくるといい。俺は暗くなった頃に帰るから、それだけ言付けを頼むよ」  はぁ! と声を上げた橋田は嬉しそうに俺に絵を渡すと、頭を下げ下げ来た道を戻って行く。  下男として勤めている以上、なかなかそう言う機会もないのだろう。  人の逢瀬に手を貸したくすぐったさを感じながら、黒田の屋敷への道を歩き出した。  峯子から話が通っていたのか、さよは母屋ではなく多恵達の新居の方へと俺を案内する。 「ようこそお越しくださいました」  以前会った時よりも大きくなった腹を抱えた多恵が出迎えた。  あの細かった腰回りが膨らんでいるのかと思うと、ただただ不思議に思う。 「ご注文の品をお持ちしました」  荷物を見せると、こちらの家政婦に後を任せてさよは母屋の方へと帰って行った。  一抱えもあるその絵を玄関に置き、包んでいた布を取る。 「まぁっ」  まろび出るような仔猫に家政婦が声を上げた。  三毛の小さな仔猫と目を合わせるように屈んで見ては、はぁ と感嘆の声を上げている。 「これでよろしいでしょうか?」 「愛らしいですね」 「可愛いわねぇ、これで一気に明るくなるわ」  絵を眺める多恵が昔と変わらない華やかな笑顔を見せている、それが嬉しかった。  昔、絵を描き上げる度に多恵は大げさなほど喜んでくれて……  もう一度、それを見ることができるとは思わなかった。 「気に入りました」  嬉しそうに言うと、早速その絵を掛けるために人を呼びに遣らせる。  ぽつりとできた二人だけの時間に、けれど気まずさを感じで(いとま)を請う。 「では、私はこれで失礼いたします。奥様の御無事の出産をお祈りしています」  深く頭を下げ、多恵を見ずに下がろうとした俺に、   「  ────卯太朗」  変わらぬ声が掛けられた。  

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