119 / 192

宍の襲 2

「気持ちいいから、こうなってるんだよ」  細い指が自らの先走りでぐっしょり濡れた俺の手を優しく包む。 「女とちがって、おれたちはごまかせないんだよ」  言葉の合間に、気を逸らそうとしているのかふぅふぅと意識して息を吐く姿を窺うように見上げる。 「だから、とっても気持ちいいよ」  繰り返された言葉は、商売を営むものとして客に対する労わりの言葉なのか…… 「気持ち良くない時も、あるだろう?」  肯定の言葉を否定されたと言うのに、るりは気にした様子もなく「んー」と首を傾げる。  いつもはさらさらと流れていく金糸の髪が、汗で貼りついてわだかまるようだ。 「ある、よ」  その言葉にどっと心臓が跳ねる。 「だれかの代わりにされてる時」 「え?」 「おれじゃなくて、おれじゃないだれかを抱いてるんだってわかる時は、気持ち良くない」  それは、先程るりに翠也の表情を重ねて見たことを言われているのだろうか?  それともただ、上の空だったことを責められているのか?  静かさを見せる目は、千里眼だと言われても信じてしまいそうなほど神秘的だ。   「だから、こうしてる時だけでいいから、おれを一番に見て」  掬い上げられた手の先にちゅっと唇を落とされる。  それはまるで懇願の様子にも似ていて……  玻璃の瞳に浮かぶ複雑な表情に吸い込まれるように、柔らかな唇に口づけた。 「るりのことだけ、見させてくれるか?」 「んっ……ぅん、おれだけ見てて」  嬉しそうに微笑むるりは、俺の望んだままの姿だった。    濡らされた手拭いに背を拭かれて、ほっと息を吐く。  さんざん熱を発した体にその冷たさは心地よく、また余韻に絡みつく眠気を振り払うには十分だった。 「冷たい?」 「いや、ちょうどいい」  そう答えると、るりは職を離れた笑みで再び体を拭き始めてくれる。  満遍なく俺を拭き終えて自身を拭こうとするので、その手から手拭いを引き抜いた。   「ほら、おいで」 「えっ……でも……いいの?」  問いかけながらも、おず とこちらに近寄ってくるるりの頬に濡らし直した手拭いを添える。 「つめたっ」 「でも気持ちいいだろ?」  こくりと素直に頷くるりに接吻し、白い肌を拭う。  翠也とはまた違った白い肌は、先程までの名残を残して薄紅に色づいている。  翠也とは、違う。  浮かんだ言葉にいい歳をして泣きたくなった。  翠也にもこうして触れたいと思う。  ゆるゆると労わりながらお互いの体に触れ、他愛ないことで笑い、小さなことを真剣に話し合う、そんな瞬間を積み重ねたい。  なんの下心もなく、お互いだけの存在を感じて…… 「卯太朗?」  呼びかけにはっとなった。

ともだちにシェアしよう!