121 / 192

宍の襲 4

 は? と声が出る。 「くるしいとか、つらいとか、じっとしてたって無くならないから。できないことでおち込んでるなら、動けばいいよ」 「  は、ぁ?」  きらきらと弾く光は生命の力強さだ。  しなやかで、強いるりの内面を表している。  誰にも頼らず、自分の出来ることを力いっぱい行ってきた人間の持つ、輝きだ。 「できないことの中の、できることをすればいいんだよ! ね?」  単純明快な言葉はあっと言う間に体の中に溜まって澱となった毒を抜く。  ずっと目の前にある、昔から提示され続けている簡単な解決方法を改めて指し示するりは、さながら啓示を運ぶ鳥のようだった。 「あ……謝ったら、許してくれるかな?」 「やってみないとわかんないよ」 「俺、大事な人を傷つけてしまって……」 「じゃあ、なおさらちゃんと謝んなきゃ!」  単純明快な理屈をなんてことのないように言われてぽかんとしていると、るりは俺の手から手拭いを取って手早く体を拭いてしまう。 「今日はとまるだろ?」 「え?」 「飯たべて、そしたらおにいちゃんのところに行こうよ」 「な、なぜ?」  るりは質素な着物を着こんで振り向いた。 「おにいちゃんとけんかしたんだろ?」 「違うよ」 「え? 大事なって言うからてっきり……」  憮然として俺も服を着る。 「でも、おにいちゃんは卯太朗のことが大事だって言ってたよ」 「あいつのあれは質の悪い冗談だ」 「……なんだ、卯太朗と行けば会えると思ったのに」  つんと形のいい唇を突き出して、るりはつまらなそうだった。  個展の制作の大詰めなのだとしたら、さすがに遊び歩くことができないんだろう。  るりが寂しく思うくらいには、真剣に取り組んでいると言うことだ。 「すまんな。水を一杯もらえるか?」  頭を冷やしてくれた水が、今度は胸の辺りにわだかまっていたものを洗い流すようだった。 「やっぱり、もう帰るよ」  そう言う俺にるりはこくりと頷く。  引き留められるかとも思っていたのに、その呆気なさは拍子抜けするほどだ。  わずかに、引き止められなかった寂寥を感じながら、小さな頭を撫でる。 「卯太朗?」  揺れた亜麻色の髪をすいてその感触を楽しむ。 「うん?」  呼びかけに返事をすると、るりはふるりと首を振った。  その拍子に指の隙間から絹糸の髪がするりと逃げ出す。 「  また、きてね」  小さく空いた間は言いかけた言葉を飲み込んだ時間なのか? 寂しそうにこちらを見上げる華奢な体を抱き締めた。 「るりが寂しくならない内にくるから」  ただの社交辞令だ。  身をひさぐ相手によく使う定型文の言葉で、るりもそれを分かっているだろう。  なのにるりはぽっと目元を赤らめてこくりと頷いてくれる。 「こんどは飯、いっしょに食おうね」  男娼を離れての、それがるりの精一杯の言葉なのか。  

ともだちにシェアしよう!