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血 6
兄弟だと知った瞬間の俺のように、翠也は言葉を理解できないようだった。
息すら止めて血の気を失って震える姿に、抱き締めて「でまかせだ」「そんなことあるはずない」と告げて安心させてやりたい。
だが、地獄に転がり落ちるのは俺一人で十分だ。
この体に半分だとしても、同じ血が流れているのなら……
「すまないね」
「 僕の、ものだと言ってくださいました」
「君は、あの子と夫婦になるのに俺まで縛りつけるのかい?」
突き放した言葉に、驚愕と困惑と……それから怯えの滲んだ表情。
「君が妻を娶る以上、この関係は不毛だ。君と二人、畜生に堕ちる気はないよ」
堕ちるのは、俺一人だけで十分なのだから……
「……それは」
口を開きかけた翠也が一瞬、深く息を吸い込んだのがわかった。
罵られるのだろうかと拳を作った俺に聞こえてきたのは、予想外の言葉で……
「では、僕は絵を辞めます」
どっと脈が跳ね、射抜くような翠也の意を決した視線に今度は俺が呼吸を忘れる。
「彼女のことで卯太朗さんの機嫌を損ねたのでしたら、もう絵なんか描けなくていい。白紙に戻してもらいます」
そう言い切った翠也の凛とした表情に見惚れて、それと同時に泣き出したいほど彼が愛おしいのだと理解した。
「貴男と引き換えなら筆を折るのも厭わない」
翠也を震わせていたものが俺に乗り移ったように、今度は俺が怯える番だった。
「貴男は僕のすべてだから」
満足そうに言うと、珊瑚色の綺麗な形の唇が俺の口を啄んでくる。
甘い、甘い、背徳を含んだ甘露の味。
「愛でて、弄んで、辱めて、卯太朗さんのものだと刻んでください」
俺の手に頬を摺り寄せ、微笑む姿は殉教者のそれだ。
「貴男に愛でられることが、僕の存在理由なのだから」
「そん……そんな馬鹿らしい理由があるものか!」
腕を振り払うようにして立ち上がると、俺を見上げる翠也の顔がくしゃりと歪んだ。
「もう、俺はここにはこない」
口を開こうとした翠也を振り切るようにして廊下へと飛び出すと、ひ と追いかけるように悲鳴のような泣き声が聞こえて……
その瞬間、体をざわと駆け上がった悪寒は酷い火傷を負った時のそれと似ていて、転がるように工房へ入るとそのまま床に突っ伏した。
今更に自分が翠也に何を告げたのか咀嚼して飲み込もうとしたがうまくいかず、喘ぎながら震える手で胸を押さえる。
これで、俺に愛想を尽かしてくれるだろうか?
「これで……翠也は救われるだろうか……」
破鐘のように騒ぎ続ける胸の音に耳を塞ぐ。
俺にできることは、あのひたむきにこちらを見てくる瞳から消えることだけだ。
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