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第9話

女を悦ばせるのは昔から得意だった。 童貞を捨てたのは十になるかならないかの頃だが、それ以前からとっかえひっかえ遊んではいた。 トレーラーハウスの行く先々でちょっかいをかけてくる女は引きも切らず、来る者拒まず快楽を享受するスワローは有り難く恩恵に浴し続けた。 アンデッド・エンドにきてからもスワローの女遊びは止まらず激しさを増す一方、むしろ移住してからの方がお盛んだ。 子供の頃は長くて半年かそこらの旅暮らしで、関係を持った女とも長続きしなかったが、アパートに住み始めてから各方面の色んな筋とセフレになった。 「あッああああんッんあッあああああッ!!」 腹の上で全裸の女がうるさく喘いでいる。 激しく仰け反り勢いよく腰を弾ませ、長い黒髪を打ち振る。 己の胴に跨る女の腰に手を添え深々と打ち込めばまた一段階喘ぎが高まり、膣の震えが直接伝わる。 「ほらよ、イッちまえ」 「ひやっそんなダメっ、まだらめぇえええええぇ」 すっかり呂律が回ってない。 快楽に潤んだ瞳と淫蕩に上気した頬、甘ったるく媚びた声音は、言葉と裏腹にスワローのテクニックに翻弄されるのを愉しんでいる。 こうなっちまえば男も女も同じ、快楽の奴隷だ。 とことん堕ちるところもまで堕ちきってぶっ壊れるしかない。 「あはッ、あははッ!」 スワローもそれは百も承知だ。 どのみち壊れるなら派手な方がいい。腹の上では黄色い肌と黒い髪の女が踊り狂っている。腰をずり上げては落とし、奥の一番いい場所に当たるよう角度と位置を調節し、怒張したペニスを根元までずぶずぶ埋めていく。 「ふァッ、あふゥあッ」 充血しきり、ぱっくり開いた陰唇が卑猥に蠢く。 「すご……奥まで当たってる……どんどん大きくなるよ」 赤く濡れ光る肉厚の陰唇をペニスが貫く光景が興奮を煽り立て、抉り込むように腰を回せば、繋がった部位がぬかるんだ音をたてる。 「やらしいオンナ。男犯してアガッてんの?」 「たまにはいいでしょ……ふぁあァっ」 しとどに濡れそぼった陰部がたてる音……股は愛液の洪水だ。スワローを締め付けて離さず、もっともっと搾り取ろうとする粘膜の貪欲さ。 ヴァギナの締め付けとアナルの締め付けは違うと、行為中も冷めた頭の片隅でひとりごちる。 どっちが好きかは人それぞれだ。さらに言えば女と男のアナルも違う。筋肉質で固い男のケツとたっぷり脂肪が付いた女のケツでは締め付けの度合いやら中の具合やらが違ってくる。 「一週間ぶりなのよ、もっとちょうだい」 女が挑発的に舌なめずりする……リンファは源氏名だ、本名はもっと地味だとぼやいていた。 快楽天を取り仕切るギャングが営む娼館で働く娼婦で、年は十八。華僑の末裔らしく腰まで伸ばした黒髪と切れ長の一重がエキゾチックな美女だ。右目の泣きぼくろが艶っぽい。 リンファが息を荒げてスワローの腹筋をなであげる。 「スワローのスワローすごい元気……溜まってたの?」 「まあな」 「お兄さんと一緒じゃハネ伸ばせないもんね。それとも一緒に女の子買いに行ったり?」 「兄貴はそーゆーのいやがるんだよ、潔癖だからなアイツは。ちょっと前まで童貞だったし……オンナを金で売り買いするなんて真心ねえと」 「なにそれマジ受ける、いまどき童貞なんて実在するの?」 「前に童貞捨てさせてやろうって風俗連れてったら結局できずじまいででてきたんだ。笑える」 リンファの言葉は一部正しい。ピジョンが潔癖なのも少し前まで童貞だったのも事実だが、スワローは欲求不満ではない。出張中もピジョンを捌け口にしてたし、かえって肌艶はいいくらいだ。 「ヤってる最中におしゃべりは萎えるぜ」 「いいじゃんちょっと位。寂しかったのよ私」 リンファは随分余裕がある。現役娼婦の貫禄だろうか。スワローを受け入れたまま前屈みに上体を倒し、ねっとりと唇を重ねてくる。スワローも接吻に応じ、舌を大胆に絡め合い腰から上へ手を這わせていく。 リンファが切なげに顔を歪める。 「あ、そこだめッ……」 「だめじゃねーだろ?」 スワローは悪戯っぽく笑い、弾力のある乳房を揉みしだく。 柔く張りのある乳房が手指の圧で窪み、潰れ、芯がコリコリしこっていく。 乳房を捏ね回される痛みと疼く快感にリンファが涎と汗を撒いて甲高く喘ぎ、脂肪の乗った尻が放埓に跳ねまわる。 絶え間なくベッドが軋み、楔を打たれて恍惚とした女の痴態が上下に揺れる。 ここからの眺めは悪くないが、見下ろされるのは気に食わない。 スワローは素早く起き上がり体を入れ替え、繋がったままリンファを組み伏せる。 「やっぱ最後はこっちだな」 「ずるいスワロー、今日は私が上だって言ったのに!」 「下の口はお待ちかねでギュウギュウ締め付けてくんぜ?」 リンファの抗議を素早く封じ、ラストスパートの楔を打ち込む。 汗光る胸板でタグが弾み、引き締まった腹筋を伝って縦長のへそへとながれこむ。 「俺が欲しくておかしくなりそうだったんだろ?」 脚をこじ開けて荒々しく貫く。 大股開きで固定されたリンファが感に堪えず呻き、汗みずくのスワローがGスポットを擦り子宮口をピストンする。 騎乗位の余裕は消し飛び、膣の性感帯を的確に突く抽挿に同期して夢中で腰を振る。 弛緩した口の端から一筋よだれが透明な筋をひき、ヒクヒク震える内股が連続でオーガズムの小爆発を起こす。 「ふあッァあああッふあそこオっもっとォ!スワロー欲しい、欲しいよォおおォ!」 潤んだ粘膜がうねり狂ってペニスを締め上げ、リンファが蕩け切った表情でスワローを仰ぎ、背骨もへし折れんばかりに仰け反る。 「あんッあんッあァあああああああァあああああ――――ッ!!」 絶頂に達するのはほぼ同時。 ゴムの中へ濃縮された精液を吐きだすスワロー、一際高い声を上げて腰を痙攣させたリンファがぐったりとシーツに沈む。 エクスタシーの余韻に浸って気怠くまどろむリンファをよそに、スワローは床に落としたスタジャンをさぐって一服。 煙草を咥える横顔をリンファがチラリと一瞥、渋面を作る。 「ちゃんと灰皿使ってよ。シーツに焦げ跡付いたらどうすんの、物理的に炎上案件だよ」 「ヘイヘイ」 アルミの灰皿を引き寄せて灰を落とす。 リンファはスワローに寄り添い頬杖を突く。 その後しばらく怠惰なひとときを過ごす。リンファは興味津々、好奇心も露わな表情に一匙のサービス精神を添えて退屈げなスワローをのぞきこむ。 「今回の仕事はどうだった?私が貸したドレス役に立った?」 「あー……わりぃ、破いちまった」 「は?なにそれ?なんで人から借りたドレス破くの??結構高かったんだよアレ」 「成り行きってかノリってか……ほら、登場シーンはインパクト勝ちだろ?発情してたオンナに胸なくてあっけにとられたツラときたら傑作、お前にも見せたかった」 「信じらんない、貸さなきゃよかった」 「金入ったら買って返すって。もっといいの選んでやるよ」 「それデートの約束?」 「そうとってもらって結構」 「しょうがない許す。で、写真は?」 「あるわけねーだろそんなもん」 「えええぇえええぇ――――――――!?」 心底残念そうに抗議する。貸したドレスを破かれたと知った時より大袈裟なリアクションはどうしたことだ。 リンファはがっくりとうなだれ、拗ねて腕枕に突っ伏す。 「嘘……超たのしみにしてたのに」 「てめえ馬鹿か、悪党とドンパチやってる最中にンなもん撮れっか」 「前でも後でもいいでしょ。てゆーか別に現場じゃなくても部屋で撮るとか……そうだ、ここで着れば?」 「ざけんな」 「で、悪者はみんな捕まえたの?」 「一人残らずな。アンダーグラウンドじゃ一目おかれてるとか粋がってたがありゃハッタリか勘違いだな、悪辣な手口である意味疎んじられちゃいたがよ。一人でいる女を狙って力ずくで拉致って監禁、毎回同じパターンだ。今まで捕まんなかったのは単に悪運のなせるわざ、仕事のたんびコロコロ場所変えてたから特定できなかったんだよ」 「それをスワローたちが一網打尽にしたのね」 「カラダを張った囮作戦でな」 「お兄さんは女装しなかったの?」 「は?なんで」 「どーせなら二人でなぐりこんだほうが面白いじゃん」 無責任極まる軽薄さで言い捨て、にっこり微笑むリンファ。彼のセフレだけあって思考がぶっとんでいる。 スワローはあきれて肩を竦め、小馬鹿にした笑みを口端に刻む。 「個人的にゃ大歓迎のアイディアだがよ。アイツは|後方支援専門《バックオンリー》の狙撃手、前線張るにゃ役不足。敵のアジトに直接殴り込みかけるよか、ビルの上からぺぽぺぽ豆鉄砲撃ってるのがお似合いだ」 「ホント正反対だよね」 「で、あとは語るまでもねえ。実は野郎だとも知らず絶世の美女を拉致った馬鹿どもは呑気に酒盛り、まんまと内側から食い破られたってワケ。俺にむらむらして襲いかかったボスの背中を兄貴がズドンと」 「かっこいいー」 「は?俺のがカッコイイだろ」 「ハイハイ」 仮に事実としても絶世の美女とか自分で言うかな、とは思ったがずぬるい笑みで受け流すリンファ。スワローはもう完全に飽きた素振りで、紫煙を燻らし簡単に顛末を述べる。 「ナイフであらかた片付けて兄貴はその後始末、ふたり仲良く大掃除。女どもも保護できた。悪党連中は……まァ辛うじて息があったし運がよけりゃ死にゃしねー、しぶとそうだし大丈夫だろ」 「お疲れ様ね」 リンファがスワローにしなだれかかり、ご満悦のメス猫をまねて喉を鳴らす。 発汗の体臭が紫煙とまざって鼻腔をくすぐり、戯れに女の髪を梳るスワロー。リンファも暫く甘えていたが、ふと彼のうなじを見て眉を寄せる。 「ねえ、仕事が終わって一番に私のとこきた?二番目とかじゃないよね」 「当たり前だろ、今日帰って真っ先に会ったんだ」 「その割には置き土産が新しいじゃん。昨日今日できたてほやほやじゃん」 「しつけえよ、お前の目がエロいからチュッチュッしたあとに見えるだけでこりゃ虫刺されだ」 「嘘うそ絶対キスマークでしょよく見せてよ!」 リンファが眉間に川の字を刻み、うなじに残るキスマークを突付くのをうざったげに払ってやめさせて訝しむ。 心当たりはあるが、別のセフレと乳繰り合ったのは仕事に出発する前だ。もう数日経過するのに、キスマークがまったく薄れてないのは不自然だ。 「妙だな……」 バックで犯されたピジョンには付けようがない場所で存在を主張するキスマークを片手で庇い、居心地悪げにさすってみる。 そういえば出先のモーテルに泊まった夜におかしな夢を見た。 仕事を片付けた直後で気が立ってるせいだと思ったが…… 「…………」 色素の定着した痣が微熱を帯びて疼き、束の間の夢の余韻を呼び覚ます。 毛虫に内側から皮膚を齧られているような、秘密の種子を孕んだようなもどかしい感覚…… どうかしてる。そんなことがあってたまっか。 スワローは髪をかきあげ苦く自嘲する。 「欲求不満かよ」 日頃あれだけ肌を重ねても、ピジョンが相手だと程を知ることがない。 渇きに似た衝動が底なしの欲望と結び付き、悩ましく火照った素肌の至る所に所有のしるしを付けずにはいられなくなる。 ピジョンは唯一の|例外《イレギュラー》だ。 あのどうしようもない善良さと愚鈍さは、この世界の|異端《イレギュラー》だ。 だれでもいいからだれともでも気持ちよくなれるスワローが、唯一だれにも譲れない|特別《イレギュラー》こそこの世にただ一人血を分けた兄なのだ。 「シリアスな顔してとぼけないで!結局相手はだれよ、怒んないから正直に言って」 「その前フリで実際に怒んなかったヤツ知んねーんだけど」 「ふーん。じゃあお裾分けもらうね」 「あ、こら」 スワローのガードをすり抜け、誰が付けたかも定かではないキスマークを狙い、|埋火《うずみび》をかすめとるよう素早く接吻。 互いに本気じゃないからこそできる、男女のじゃれあいに苦笑いする。 「いいけどね。スワローの女好きはビョーキだし」 最初からお互い納得ずく、カラダのみと割り切った関係だ。浮気に怒るのもポーズに過ぎない。スワローも演技と理解しているからこそ恥の上塗りの弁解はしない。両者合意のもとに成立する、恋人のごっこ遊びだ。 まあいい、考えてもどうにもならないことは考えないようにするのが彼の生き方だ。 そういうこともあるかと居直り、淫靡な痣から手を外して話題を変える。 「そっちは?俺がいねーあいだになんか面白いことあった?」 「面白い……とはちょっとちがうけど」 リンファが一瞬迷い、保身と好奇心が同じ均衡で綱引きする表情で室内を見回す。 監視カメラや盗聴器の存在を疑ったのだろうか? 上手くすれば仕事に繋がる、きな臭いヤマだと直感する。 スワローとリンファがよく使う「快楽天」の一角、中華風の装飾が施された安ホテル。 お世辞にも防犯意識が高いとはいえず、壁や天井の一部に嘗ての銃撃戦の名残りの弾痕が生々しく穿たれていれど盗み聞きや盗撮はないと確認後、垂れ落ちる黒髪をかきあげて声をひそめる。 「私がいる娼館がギャングの持ち物なのは知ってる?」 「ああ」 「スワローも名前は聞いたことあるでしょ」 記憶の襞をさぐり、ひっかかった単語を口に出す。 「|蟲中天《こちゅうてん》」 「あたり。由来は中国の古い伝承……薬売りのお爺さんが店先に掛けた壺に飛びこんで消えるのを偶然目撃した役人が、翌日お爺さんに頼み込んで中に入れてもらうと、そこは極楽めいた別天地。立派な楼閣が建ち並んで、すごいごちそうでもてなされたって話……まあ字は違うんだけど。どっちかってゆーと蟲毒とかそっち系よね」 後半は脈絡ない独りごとに留め、気を取り直して続ける。 「蟲中天はいろいろ手を出してる。娼館経営の他にもドラッグ・密輸・人身売買、儲かるならなんでもあり……もう何代も前、それこそ私やスワローが生まれるずうっと前からアンデッド・エンドのアンダーグラウンドに広く深く根を張ってるの」 「知り合いがパシリやってる」 「知り合い?」 「昼間一緒にいた冴えねーヤツだよ。悪趣味な柄シャツで死にそうな顔色の」 「ああ劉」 「なんだ知ってんの?」 「顔と名前はね。ちょっと前に私がいる娼館の用心棒してたよ、女の子にからかわれてドギマギしてた、カワイイね。童貞ってホントかな?」 「オンナ怖ェヤツが娼館の用心棒って……悪意を感じる配役だな」 「借金のカタに無理強いされて断れなかったんだって。噂だけど」 リンファが蓮っ葉に片手を翻す。 「でね、壺中天の主力な資金源の|見世物《ショー》よ。大陸のみならず海の向こうからも、あの手この手を使って面白いヒトや珍しいモノを集めて見せびらかすの」 「客は金持ち?」 「大体はね。もちろんアングラのショーだから、おおっぴらには言えない内容よ?ミュータントだけじゃない、借金で首が回らなくなって組織子飼いの闇医者に人体改造されたヒト、生まれ付いての畸形……そーゆー|異端《イレギュラー》を毎晩ステージに上げるわけ」 そこでちょっと言い淀み、うしろめたそうに目線を伏せる。 「噂だけど……お金さえ払えばそれ以上のこともデキるって」 「変態の慰み者か」 要は|畸形《フリークス》の売春窟だ。華やかなステージは客への顔見せやプレイの側面も兼ねている。 リンファは曖昧に言葉を濁して付け足す。 「もともとは纏足の女の子が出てたんだけど、それじゃだんだんお客が満足しなくなって過激化していったのよ」 「纏足って?」 「知らない?中国の古い習慣、女の子の足に小さい頃から布をキツく巻いて縮めるの。当時の価値観だと足が小さい方が美しいって称賛されたんだけど、本当の目的は足コキで快楽を得るための人体改造。骨折して変形するまで畳んだっていうから相当な執念よね」 「うへェ。中国人は変態だな」 「|桃娘《タオニャン》は知ってる?」 「しらね。それも中国人の変態自慢?」 「女の子に赤ちゃんの頃から桃だけを食べさせて育てると、桃の香りの甘いおしっこをするようになる。おしっこだけじゃない、唾液も汗も体液全てがフルーティーに薫るんだって。桃娘は存在自体が不老長寿の霊薬とされて金満家が大枚はたいて買い求めたけど、酷い虚弱体質だから行為に耐えきれず初体験で死ぬ。だからエッチは最後のお楽しみにとっといて、生きてるあいだはおしっこを飲んで延命するの。死んだあと、主人は桃娘の肉を食べる。ちなみにエッチしなくてもみんな糖尿病で早死にしちゃったそうよ」 「最初から桃搾って飲めよ、果汁100%だぞ。で、そのショーが何?出演者募集してンのか」 「昔々、スターがいたの」 じらし上手は娼婦の才能だ。 リンファがベッドから滑り出て鏡台へ行き、見事な黒髪を両手の甲でかきあげる。風圧に浮いた髪が優婉な扇形に広がり、翼の名残りの肩甲骨となめらかな背中、くびれた腰を秘め隠す。 「そうね……仮に『彼女』としましょ」 床に散らばった衣類を拾い集め、ブラジャーのホックを後ろで留め、パンティーに足を通しがてら唄うような抑揚を紡ぐ。 「彼女が出るたびホールは大入り、一晩にとびかうおひねりは豪邸が建てられるほど。彼女は蟲中天の秘蔵っ子。ドル箱スターの彼女を蟲中天は手放さず、彼女はステージの上でも下でも大変な実りを組織にもたらした」 瑞々しいおみ足をストッキングで覆い、ルージュのキャップをとって化粧を直す。 「彼女は現状に満足しなかった。常に物足りなさと孤独を抱え、紛い物の光の下で見世物となる自らの境遇に絶望していた。そんな彼女に転機が訪れた……ある一人の男を好きになってしまったの。男も彼女に惚れて相思相愛、まさしく運命の出会いね。あとはお約束の展開、組織を敵に回して手に手を取って駆け落ちよ。でも逃避行は長く続かず……最愛の恋人は組織の毒牙にかかって命を落とし、惨たらしい最期を目にした彼女は大いにブチぎれ追っ手を皆殺し。それからも放たれた刺客をかたっぱしから殺し続け、遂には一般人まで手にかけるようになって、流れ流れてとうとうお尋ね者に成り果てた」 口紅が器用に動き、ふくよかな唇の輪郭を際立てる。 スワローは黙って眠たいおとぎ話を聞いていたが、堕ちるところまで堕ちきった哀れな女の生い立ちが終盤にさしかかる頃、大あくびと共にたった一言呟く。 「陳腐なソープオペラ」 冷たく突き放す目と口調には、道端に腐るほど転がる賞味期限切れの悲劇に対する程度の関心しかない。 「彼女の名前は……」 煤けた照明があられもない下着姿の女と、しどけなくベッドに寝そべってそれを見守る少年を照らす。 化粧を整えてルージュにキャップを嵌めたリンファが振り向き、畏怖と嫌悪に一抹の憐憫を刷いた面持ちで、タブーに触れるように口にする。 「黒後家蜘蛛よ」

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