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PornoGraffitti2
「返せ」
「力ずくでどーぞ?」
「~~ッ、この手でどうしろって……」
「お口とあんよが使えんだろ。どっこい、別の仕方でおねだりしたっていいんだぜ?どっちも歓迎だ」
悪い冗談だ。ピジョンは葛藤に歯軋りする。
弟の悪趣味はいまに始まったことじゃないが、今回は極め付けだ。
ピジョンは物を捨てられない、他人に貰った物とあれば尚更大切にする。
暫く撮ってないとはいえ、弟の手に渡ったポラロイドカメラは、三人で過ごしたかけがえのない日々を収めた思い入れ深いアイテムだ。
「まだ使えんのにインテリアとして隠居させんのもったいねーじゃん、宝の持ち腐れだ」
「壊したらどうする……べたべたさわるなよ指紋が付く」
「ケチケチすんなせっこいヤツだな」
「弁償代請求するぞ」
スワローがふっと埃を吹き、カメラをピジョンに向ける。
咄嗟に腕を上げて顔を庇うも、下から突き上げられびくりとする。
「あァッ……ぅく」
肉襞を掻き分けて抉りこまれたペニスが、前立腺を急角度で突く。
「なあいいじゃん、騎乗位で感じまくってるエロ可愛い顔撮らせてくれよ」
「デタラメだ、感じてなんか……」
「声震えてんぞ、中もビク付いてりゃ世話ねーな」
唐突に奇声を発し行動に出る。
弟に襲いかかってカメラを取り返そうとするが、行動を読んだスワローが素早く躱し、あっさり空振り。
スワローが挑発的に舌なめずり、芝居がかってファインダーを覗く。
「最高の被写体」
パシャリ、軽快にシャッターを切る。
「やめろ!」
ピジョンの抗議などものともせず連続でシャッターを切る。
白い閃光が爆ぜ、カメラの下部から映像が焼き付けられた写真がゆっくり送り出される。
絶望と悲哀に歪む兄の顔、葛藤を蹴散らし膨れ上がる快感、スワローが腰を浅く跳ね回らせればそれに伴いピジョンの尻も弾む。
振り落とされそうな恐怖にしゃにむにしがみ付き、うろたえきってせがむ。
「すあろっ、ほんとやめ、さすがに洒落にならない、こんなっあ、いやだやめろって写真に撮られるのはいやなんだよ!!」
それは俺のカメラだ、俺が大事に使ってた思い出のカメラ、ずっと愛用していた道具。
巣立ちの日も三人並んで記念写真を撮った、母さんを真ん中に挟んでにっこり笑った、お前はふてくされてそっぽをむいてたけど……内心まんざららでもなかった、そうだろ、そうなんだろ?
なのになんでこんな酷いことができるのか、理解に苦しむ。
「いッぅぐあッあ―――――」
心の中で弟に語りかける努力虚しく、スワローが腰を勢いよく叩き付ける。
「動いたらブレんじゃねーか、モデルならガマンしろよ」
「ふざっけッァあん、ぅっあああッあ、俺のカメラ返せ、くれてやった覚えも貸した覚えもないぞ……わかったよ謝る謝るって、ほらこれで満足か気が済んだろ許してくれよ!?とっとと返せよ俺のカメラっふあっァあ、それ、は、貴重品なんだぞ、母さんの馴染みがくれた、お前のこともさんざん撮ってやったの忘れたのか!?」
「言えてねーじゃん。どもり復活しちまった?」
「う…………、」
破れかぶれの謝罪にダメだしされ、とうとう泣きが入る。
「返してくれよ……宝物なんだ……代わりなんか、ない」
嗚咽のかたまりが喉に詰まる。
子供時代はろくな思い出がない。トレーラーハウスで各地を転々としては、地元の子に後ろ指さされた切なさばかり甦る。
そんな中、行く先々で撮る風景や家族の写真だけがピジョンの孤独をなぐさめてくれた。
馴染みが気まぐれによこしたカメラは、思春期にさしかかった彼の心の支えだった。
掴めないのを承知でくりかえし手を伸ばし奪還を企てる、性懲りなく振り被り薙ぎ抜いて体当たり。
スワローはピジョンの悪あがきを嘲笑い、ますます持ってシャッターを切る速度を上げる。
「よせよスワロー!!」
「にっこりダブルピースでもする?」
高まる喘ぎ声のはざまから振り絞るように絶叫、閃光の乱舞に俯く。
せめて顔だけは守らんと一本に束ねられた腕を立てるが、スワローに邪険にはねのけられ、至近で閃光を浴びる。
威圧を伴い響く強迫的なシャッター音、純白のシーツに乱雑にばら撒かれる写真。
「撮るっ、な、そこは!?」
「いいからでんぐり返れ、もっと過激なカットくれ」
赤くそそりたち滴り泣くペニス、上品に色付いた会陰のふくらみ。
ペニスをみちみちと咥え込み、肉が見えるまで押し広げられた尻穴までも暴き立てられる。
「さっさとケツ向けろ、俺のペニス欲張ってパク付いてる口を見せろよ」
「!!ァあァ――――――――――――――」
「ぶたれてイッちまったのかよケツマンマゾ野郎、前も後ろもひくひくしてやがる」
スワローがふざけて尻を叩けば、スパンキングの刺激でたちどころに果てる。
ぐったり突っ伏す兄を起こし、濡れ光る結合部を撮影。
次から次へと吐き出され、一面に散り敷かれていく濡れ場の写真に、ピジョンの精神力は次第に削り取られていく。
汗を飛び散らせ、上下に弾み前後に揺れる。
「あッあ、ふぁああっあ、やめ、撮るな、映すな馬鹿っ」
「すっかりイキ癖付いちまったな、ドライで絶頂だ」
切羽詰まったスタッカートの喘ぎ声。
「ふぁっ、やァゥくぅ胸、痛ッ抓るのやめ」
「軟骨みてーにコリコリしてら。どうだよ俺の作品のご感想、プライベートポルノスターの気分。まねごとだけどなかなかいい線いってんだろ?」
「こっ、ンな、なにが楽しい、ただヤるだけで十分だろわざわざ俺がいやがることして……ふくぅっんあ、ンあ」
固く尖りきった乳首は外気にすら感じる始末で、痛い位に芯がしこっている。
スワローはそれを面白そうに弾いて摘まみ、緩急と強弱の刺激を加えてまめまめしく揉み転がす。
「クリトリスもぷっくり膨れてら」
乳首を舌で育て、丁寧に唾液をまぶす。
出口はない。どこにもない。
右を見ても左を見ても、自分が犯されている。
はしたないポーズを演じ、いやらしく腰をくねらせ「ンぅっ、くふぅ」あるいは縛られた手を股間へ持っていき、前髪から滴る雫を物欲しげに舌で受け「んッ、しょっぱ、はァ」自らの舌で乳首を慰められず、断念して引っ込め「すあろ、もっ無理、限界、ィきそ、胸……ほったらかし辛い……」諦めきれず擦り付ける動きをし、濃厚なキスを交わして……
何ピースものポルノグラフィー。
何人何十人と分裂したピジョンが、いずれ劣らぬコケティッシュな痴態を披露し、ポラロイド写真に焼き付いている。
「テメェの写真に囲まれてっと、同時に犯されてるみてェで快感が何十倍にも跳ね上がンだろ」
ピンクゴールドの前髪がばらけ、シャッター音が被さる。
「あァあ――――――――――――――ッ!!」
萎えくたった前は出涸らしをピュッピュッと吹けど勃ち上がれず、そこへドライオーガズムの荒波が立て続けに襲い、下肢が不規則に痙攣。スワローはピジョンを覗き込んでシャッターを切り、ピジョンは自らねだるように腰を回す。
「んッあうくぅ、もっと奥に……」
甘ったるい鼻声に、鼓膜と繋がった下半身が疼く。
「気分出してんじゃんポルノスター。もっと踊れよ」
兄の背に片手をあてがい、せいぜい親切ごかして囁く。
イきすぎて朦朧としてるのか、ベッドの上でポルノスターになりきったピジョンは、ストリップをまねてぎくしゃく腰を使っている。
初々しいと言えなくもないが、痛々しさがより勝る。
「手伝ってやる」
「あっああああああああっあああああああ――――――」
返事は待たずぐっと掴み、倒れないように支えて杭打てば、兄の身体が仰け反って潤んだ粘膜が波打ち、もう何度目かのオーガズムに到達。
エクスタシーに溺れきった兄はとめどなく淫らだ。
普段の品行方正な「フリ」はどこへやら、やめろと小賢しく訴えるのは口先だけで、身体は芯からドロドロに蕩けきっている。
「ハメ撮られて派手にイったな、カメラにぶっかけか」
「は……、」
弱々しく呻き、愕然と目を剥く。
凍り付いた凝視の先には、たった今彼が放った白濁を浴びたカメラ。
「狙い撃ちならドンピシャじゃん、やるね狙撃手」
「ぁ……ちが……」
自分の分泌物で思い出のカメラを汚してしまったショックは凄まじい。
弱々しく首振るピジョンをよそに、カメラに飛んだ汁を人さし指ですくいとり、指先でねちねち捏ね回す。
「お客にもらった大事なカメラで、ケツの皺まで暴かれてコーフンした?」
指の腹で糸引く精液をピジョンの唇に塗り付け、呟く。
「有り難くなめろよ」
丹念にすりこまれた、生臭い味に吐き気を催す。
「見ろ」
「ィぐ……」
兄の顎を掴み、無理矢理右に捩じる。
そこには肌色面積の多い写真が沢山。ピントがぼやけて何を映したか殆どわからない……が、例外的に上手く撮れてるものもある。
「はしたなく尖ったピンクの飾りとドロッドロのトロ顔、よーく撮れてやがる。上と下からヨダレ吹いてノリノリじゃねえか」
指に圧されて頬が窪む。瞑目は決して許さず、万力の如く顎を固定して写真と向き合わす。
続いて左側を見れば、写真のピジョンは弟に跨り、夢中で腰を揺すっていた。
引き締まった細腰から臀部、太腿に筋肉が浮かぶ。
両の乳首を銀鎖が分け隔てる汗みずくの裸身は、激しい情事のせいで全体的に上気し、治りかけの噛みあとや殆ど薄れてしまったキスマークまでも淫靡に炙りだす。
「へその脇にキスマーク発見」
「スワローやめろ……ほんと限界だ……」
思ったとおり、大事なモノで汚されるほどいい顔をする。
「どうしてこんなことするんだ……子供の頃から使ってたカメラまで持ち出して、俺をいたぶって、た、楽しいのかよ」
動揺のあまりどもりがでる。
スワローは無視して続ける。
「石ころ、雑草、木、青空、コーラの瓶のかけら……いろんなもん撮ったよな。とるにたらねえガラクタばっか」
「お前にはガラクタでも俺には宝物だ」
「きたねえ犬猫も」
「じっとしてなくて大変だった……苦労の甲斐あって、やっと一枚撮れたときは嬉しかった……」
「スニーカー放り投げて、それに噛み付いてる隙にパシャッてやったんだよな」
「そうだよ、お前の提案で……よそに注意を向けたらいいって言うから、履いてた靴を脱いで投げた」
「当たったろ」
「ナイスアイディアだ」
この部屋には場違いなほど、ひどく優しい声音で蒸し返すスワロー。
ほんの一瞬、口元に淡い微笑が浮かんですぐかき消える。
訥々と思い出語りする声音が潤み、ピジョンがあらん限りの憎悪をこめスワローを睨む。
「……兄さんをいじめて楽しいか」
真っ赤に冴えた双眸に射貫かれ、脊椎をぞくぞくと快感が駆け上る。
「ああ、最ッ高に楽しいね」
がくがく揺さぶって悲鳴を上げさせる。
不埒な変化はあっというまだ。
シャッター音が鳴るごとピジョンの肌は赤みを、眇めた目は苦痛の色を増しゆく。
「兄貴のボロ靴に喰らい付いてたバカ犬思い出せよ」
「やめ、ろ、今言うなッ」
「母さんのパンプスもヨダレでべちゃべちゃにしたよな」
「顔撮るな、いろんな汁でぐちゃぐちゃで汚っ、ァぁふぁッドロドロに溶けてハぁあっんァ」
途切れ途切れに怒鳴りながら、されど狂おしい腰遣いは止まらず、スワローを挟み込んでグチュグチュ捏ね回す。
「あッァァあんあっあふァっ奥当たッ、あッまたデカくなった、お前ので俺ん中いっぱい、腹ん中で育って苦し」
「たんまり子種くれてやっから前立腺で孕め」
束ねられた手で枯れた前をしごき、膝裏が攣るのに負けじと、尻はめちゃくちゃに弾みまくる。
涙と汗と洟水が溶け混ざった表情に恍惚を湛え、肉が捲れて腫れた孔に、太ったペニスをグチュグチュ抜き差し。
「ッァあァ、こんッな気持ちいいのおかしいぅあっあッあ、ひどくされてるのにスゴイあっああっぅあっや、イィの止まんなくてさっきからイキっぱなし、で、コレすごいすっごいくる、奥ゴリゴリされんの好き、お前のいっぱい欲しい、腰うねり、止まんないっあ」
プチュン、パチュンと泡が潰れる音と感触。
激しく仰け反ってわななき、かと思えば身体中ありとあらゆる粘膜と筋肉をヒク付かせ、眩いフラッシュが焚かれる中、何度も本気の絶頂に駆けのぼる。
写真一枚一枚が切り取る倒錯した痴態、男に跨り全裸で腰振る青年、しっとり湿って纏わり付くピンクゴールドの髪、ふやけきった口がとめどなく垂れ流す粘性の涎、かきまぜられたラスティネイルさながら濁り始めた赤い瞳……
「テメェの|エロ写真《ポルノグラフィー》に囲まれてイケんなら本望だろ、構ってちゃんのビッチ冥利に尽きる」
「ちが……」
「右向いても左向いてもお前だお前、ケツぐちゃんぐちゃんに犯されて白痴みてーによがってる。ははっこれなんか傑作だ、赤ん坊みてえに無垢なツラ!」
写真の中、もう一人のピジョンは、実の弟の胸板に啄むようなキスをしている。
「ひょっとして気付いてねえの、俺の胸チュウチュウしてたの」
動かしがたい証拠を突き付けられ、固まる。
「おいどうしたマジで赤ん坊返りしちまったのかよピジョン、このザマじゃどっちが兄貴かわかんねえな。もっかいおしゃぶりしてみっか、母乳はでねえけど」
羞恥の感情で全身燃え立ち、ピジョンが吐き捨てる。
「もうたくさんだ……付き合いきれるか」
「逃がさねえよ」
底冷えする声と眼差し。
スワローがおそろしく綺麗に微笑み、たまたますくいとった一枚にキスをする。
「さて……問題です。恥ずかしがり屋のピジョンちゃんは、コイツをどうされたらいちばんいやがるでしょうか」
「どうって……」
手の中の写真をシャッフル、正念場に挑むハスラ―の如く器用に切り雑ぜる。
そうしてからおもむろに窓を開け放ち、何もない虚空へ写真を―
「やめろ!!!!!!!!!」
右に左に円舞でも踊るように、時に交わり時に離れ、優雅に弧を描いて遠ざかっていく写真の群れへと手を伸ばし、もがき、かきむしる。
「どうして……嘘だろいくらなんでもやりすぎだぞ、あんな写真ひとに見られたら、だれかに拾われたら、最悪アパートの人が」
拾いに行く?その前に服を着て……縛られてるだろ馬鹿!
今しも酒瓶をひっさげ通りかかったアル中男が、地べたに散らばる写真の一枚を拾い、うろんそうに眺め回す。
「あ…………、」
終わった。
膝から急速に力が抜け、桟に縋って跪く。
見ず知らずの他人が今、ピジョンの写真を食い入るように見詰めている。羞恥と怒りでどうにかなってしまいそうだ。
「独り占めはもったいねーじゃん?お裾分け」
「お前!!!!!」
腹の底で怒りが爆ぜる。
どうしたらこんな残酷でアホくさいことができるんだ、どうしたらここまでゲスなクズに成り下がれるんだ、一体全体俺が何したってんだナニもしてやしないじゃないか不公平だ納得できないスワローにツケを払わせるべきだ。
憤激に駆り立てられ腕を振り上げたピジョン、その足をスワローが引っかけて転ばす、よろめいたところを手荒く突き飛ばされ逆戻り、マットレスが撓んでベッドが軋む。
「浮気したせいかよ、だったら誤解だ何もしてない!劉とはそんなんじゃない彼は友達だ、最初からずっと言ってるじゃないか!文字通り手、右手を借りただけだ、火照りを持て余してオナニー手伝ってもらった」
「テメエんなかじゃ他人にオナニー手伝わせんのはノーカンなのかよ」
「裏切ってなんかない、お前がいるのに他のヤツと最後までいくはずないだろわかってくれよスワロー」
「浮気はあいこだの裏切ってないだの、開き直ったり哀れを誘ったり大忙しだな?言動が矛盾してるぜ」
スワローが片膝をベッドに乗せ、迫る。
イエローゴールドの前髪がばらけ、嫉妬に狂った赤い目が暴かれる。
「俺様のオナホの分際で生意気だ」
スワローが忌々しげに脅す。
「俺のバイブのくせに偉そうに」
ピジョンが憎々しげに吐き捨てる。
「なんだと?」
「身体は繋がっても心はバラバラ。これじゃお互い使ってマスターベーションしてるのと一緒だろ」
「身体中の穴って穴からいろんな汁たらして喘いでたヤツがいきがんなよ」
「……スワロー、俺は……」
もどかしげに一度くちびるを噛み、思い詰めて口を開く。
「……ホントのところ、お前の何だ」
血の繋がったセフレだのオナホだの、下手な欺瞞は聞き飽きた。
よしんばその通りだとしたら、ピジョンはいますぐこの部屋を出ていく。
スワローは束の間ピジョンの言葉を咀嚼し、答える代わりに彼のタグを掴み、もてあそぶ。
ベッドの上に静謐が訪れる。
シーツに折り重なった淫らがましい写真を一瞥、スワローが傲然と断言。
「兄弟なんざ血の繋がった他人だ。だから恋もできるしセックスもできる」
「家族だろ」
「欲しいものは絶対手に入れる。じゃなきゃ生きてる甲斐がねえ」
ピジョンが恋人としての役割を求めていることは知っている。
幸福の王子にでてくるツバメは、脳味噌お花畑の王子に死ぬまで尽くしたが、そんな風に気高くは生きられない。
そんなおキレイな生き方には全く魅力を感じない。
大体いまだってどっぷり依存してるってのに、本命一本に絞ってどうするんだ?
抱いても抱いても抱きたりない、犯しても犯しても犯したりない地獄の中で抱き潰したい犯し尽くしたい衝動を行きずりに分散してるのに、なにも知らないピジョンは自分だけを見ろだの愛せだの甘ったれた寝言をぬかしやがる。
「俺たちゃ母さん譲りの淫乱だ。女だけじゃイけねえし男だけじゃ物足りねえ、ぴったりハマんのは当然と必然だ。俺達のカラダは半分同じもんで出来てんだ」
スワローはとんでもなく淫奔で、ピジョンはとめどなく淫蕩だ。
母の遺伝か他に原因があるかは知ったこっちゃないが、スワローの情欲を真っ向から受け止めればピジョンなど壊れてしまうに決まっていて、お優しいコイツに死ぬまで無茶させる位なら、殺ってる時と犯ってる時しか得られない生きてる実感、あるいは絶望と渇望が結び付いた厄介な代物、スワローにとっては呪いでしかない業のかたまりなんかどうでもいいヤツにばらまいたほうがまだマシだ。
幸いにしてスワローがナメて渡ってきた世間はどうでもいいヤツであふれている。
受け止める準備はできてるとピジョンはいうが、スワローの欲望は彼のちゃちな覚悟を上回る。
「手に入れるのは身体だけか」
「|魂《ソウル》もな」
「|心《ハート》っていえよ。じゃないと……」
悪魔みたいだ。
呪わしい行為の再開。ピジョンはもう逆らわず、諦念の表情で諾々とスワローを跨ぐ。
その尻を支え、乗っかるのを手伝ってやる。
不意打ちの優しさに泣きかけ、せわしない瞬きで涙を追い出す。
「俺のこと、そんなに信じられないのか」
「酒が入りゃ途端に見境なくしてあぶねーヤツにホイホイ付いてくからだ」
「心配してくれてるのか」
「テメェがテメェの世話も見れねー間抜けだから、俺様が尻拭いしてやってんだ」
「自分の身くらい守れる……お前に特訓受けたし、先生にもしごかれた」
「ぐでんぐでんに酔っ払った状態で理性が働くって?」
アンデッドエンドは現代のソドム、悪徳で栄えた住民はいずれ天罰で塩の柱にされる。ピジョンは格好の食いものだ。
スワローは凄味を含んだ顔付きで、物分かりの悪い兄を辛抱強く諭す。
「牛がごろ寝してる田舎たァわけが違うぞ、賞金稼ぎも賞金首も頭のネジがとんだあぶねー連中ばっかだ。蓋を開けてみりゃアンデッドエンドはキチガイの巣窟だ、のこのこ付いてったヤツが路地の暗がりに入った途端ナイフや銃を抜き放ったら……若い男を切り刻んで絶頂するクズだったら?殺せんのかよ、テメエに」
「今までだってどうにかなったしどうにかしてきた」
「俺とテメエのタッグでな」
「一人じゃ無理って決め付けるな」
「兄貴に殺しは無理、逃げられるかも怪しいぜ。出禁の方が安牌だ」
「お前の心が安まるだけだろ」
「ああそうだよそのとおり、教会にもいかねー罰当たりな俺様が魂の安息とやらを求めちゃいけねー?」
「じゃあ……一緒なら」
「なんだって?」
乾いたくちびるを舐め、おそるおそる続ける。
「お前も誘って飲みに行くなら問題ないか」
「…………」
完全に毒気をぬかれた。
ぽかんと口を開けたスワローに何を勘違いしたか、ピジョンがやさしく宥めすかす。
「……仲間外れにされて寂しかったのかよ?なら最初からそう言えよ」
「ふざけんな、誰がおいてけぼりにいじけてるって?」
「るすばんはいやだったんだろ。夜に起きて、俺がいなくてあせったか」
ピジョンが顔を背け、ため息を吐く。
「子供の頃は毎晩一緒に寝てたもんな」
あの日の夜、水を飲んだ帰りにピジョンの寝室を覗いたらもぬけのから。
三分の一ほど中身が減ったコップを持ったまま、明るい廊下に暫く立ち尽くすスワロー。
「おいてってごめんな」
『まだわからないの、アンタは捨てられたのよ』
以前組んだ女賞金稼ぎの言葉が再来、コップを握る手に力がこもる。
中の水が不穏にさざなみだち、やがて大波となる。
兄貴が俺を捨てるもんかと叫ぶ心の裏側で、ひょっとしたらと疑念が芽生え、愛憎が暴走した。
『アンタは異常よスワロー、きっとお兄さんを殺してしまうわ』
ピジョンはいやになるほどまともな人間だ。
だからこそ他の人間を愛せるし、きちんと尊重できる。
血の繋がりに縛られず、他人を愛し家族を作ることもできる。
そして俺は独りになる。
今度こそ、本当に孤独になる。
「スワロー」
柔らかく名前を呼び、澄んだ笑みさえ浮かべて懇願。
「ほどいてくれ」
逃げる気はなさそうなので大人しく従ってやる。
手首をほどかれるなり真っ先にピジョンがしたことと言えば、自分を酷く犯しぬいた弟の頬に手をさしのべ、あやすことで。
「今度はかならず連れてくって約束する。寂しい思いさせて悪かった」
「なんでそうなるんだよ、正気かお前……もっと怒れよ」
「お前がいないと物足りない」
実の所、ピジョンはスワローの転がし方をよく心得ている。
キツく縛られた跡も痛々しい手で弟を抱き、囁く。
「浮気はしない。だからお前も、できるだけするな」
「約束はできねえな」
「しなくていいから覚えておけ。大事な時に思い出してせいぜい萎えろ」
浮気はしない約束を取り付けるまで、壮絶な回り道をしたものだ。
ピジョンは弟から離れ、早速降り立とうとする。
「さあ、回収にいくぞ」
「待てよ」
「早くしないと拾われちゃうだろ、猥褻物陳列罪だ。お前も来いよ現行犯」
「心配しねーでも全部ピンボケ、誰が映ってるかわかりゃしねえ」
「な……」
「ただの脅しだよ。マジでやったら兄貴が捕まっちまうだろ」
「だましたのか!?」
「勝手に勘違いしたんだろ」
スワローがしてやったりと肌色に滲んだ写真を見せ付ける。
適当に集めたように見えたが、ちゃんと顔が判別できないのを選んだらしい。
騎乗位で激しく責め立て撮影したので、まともに映っているのこそまれなのだが……
「お前は俺だけのポルノスターだ。他人なんかにくれてやるもんか」
「……専属契約結んだ覚えはないぞ」
「浮気はダメって言ったろ」
「―ッ、引用が早すぎる」
降りようとするピジョンを捕まえ、ほぐれた尻穴に強引にねじこめば、中が収縮して艶っぽい声が連続。
「あっ待てよすあろっあァっ、ホントに全部ピンボケなのか顔バレまぎれこんでないか、やっぱ一回降りて確かめて、ぅああっああああ」
「ツマンねーこと考えるな、興ざめ」
「もっストップたんま、イきすぎておかし、ッくなる」
お仕置きは済んだ。ここからは純粋なお楽しみの時間だ。
プライバシーを死守できた安堵からか、ピジョンはむしろ積極的になり、自由になった手をスワロー自身に添えてずぷずぷ導き入れる。
「んあっ、これいい、お前の入ってくる……」
「ケツ串刺しにされて感じてんだ?」
征服感に酔い痴れて、そばに転がっていたカメラを再びとる。
ピジョンがびくりと硬直、弟の真意を窺うように卑屈な上目遣いを向けてくる。
スワローは兄の手にカメラを返し、命じる。
「イってる顔、自分で撮れ」
「は…………?」
「いいから」
「ばっ、か言うな、そんなことできるか最中に!」
「じゃあ恥ずかしくて口に出せねーようなとこ俺が撮ってもいいんだな?」
「ずるいぞスワロー!」
「選ぶのはテメェだピジョン、とっとと肚ァくくれ」
唄うように誘いをかけ、両手にかき集めた写真の山を頭上高く放り上げる。
自主製作のポルノ写真が降り注ぐ中、ピジョンは悲痛な覚悟を固めカメラを受け止る。
「そうこなくっちゃ」
スワローが勝利の口笛を吹き、片手で兄の背中を支えて抽送開始。
「あッあぁっ、ぅあっ」
「ちゃんと持たねえと落としちまうぜ」
「お前の股間を潰してやる!」
激しく揺すられブレながら、辛うじて自分の顔に向けシャッターを切る。
スワローは意地悪で、ピジョンがカメラを構えるたび、わざと突き上げて邪魔する。
かと思えば再び固くなり始めたペニスをねちゃねちゃいじくり倒し、両手で尻を掴んでぐちゅぐちゅ捏ね回し、震える腕を叱咤してカメラを捧げ持ち、なおもシャッターを切り続ける兄を追い込んでいく。
「撮ってるうちに興奮してきたのかよ、すっげ締まる」
「はあっ、ァあっあ、すあろやめちょっ、動くな」
「セルフポートレートでてっぺんとれよ」
コイツの言うとおりにすればもっと気持ちよくなれると、禁欲を重んじて反発する理性とは裏腹に、マゾヒスティックな体が知っている。
「あッあぁそこっゴリゴリして気持ちいィ、すあろ欲しいもっと欲しい、俺ん中もっとぐちゃぐちゃして、めちゃくちゃにして」
「腕がくがくしてんぞ根性なし。顔の前に持って、よーく近付けて……今だ」
「ふうっ、ぅうぅ」
生唾を飲み干し、パシャリ。
「イきまくってわけわかんなくなってるだらしねえトロ顔、瞬き惜しんでしっかり焼き付けろ」
フラッシュが視界を漂白、連続で響くシャッター音が鼓膜を犯す。
「揺す、られるとうまく撮れなっふあっあ―――――――――――」
ラストスパートに追い立てられ腕が落ちては上がり、極めて不安定だ。
「また失敗?才能ねえよ」
「うるさ、ァあっあ」
汗で滑る手でカメラを持ち直し、奥歯を強く噛む。
膝の間から股間の淡い翳り、引き締まった下腹部から胸板へ、続く首筋から顔をアップで、なめあげるようにアングルを移動。アンモラルな自分の姿を行為中に撮らされる恥辱すら堕ちていく快感にすりかわる。
急に動きが止まる。
絶頂を目前にお預けされ、生殺しの絶望にピジョンが目を剥く。
共犯者に裏切られた表情。
「なん、で」
「イく瞬間撮んだろ?ちったァ我慢しろ」
「すあろーそんな、あっ、入ったまんまキツっ、いっいかせてくれ」
「なんで?」
「お前の、で、大好きなペニス、俺の奥ぐちゃぐちゃ突いて、乱暴していいから」
ピジョンがじれったげに腰を動かす。
少しでも絶頂に近付くために、射精に至るために尻を揺すり立て、もどかしげに身をよじる。
「あっ嘘、なんで動かない、んだ、いやだ」
「揺すんなって言ったろ」
「今じゃない、今じゃないよ」
浅ましく惨めに、とことん淫らに、止まった動きを急かすように前後に揺すり上下に跳ねて、光る汗を飛び散らせる。
「んッんぅ、あッも少しで、ダメだとどかない、ぃやだ一番いいとこ挿さったまんまほったらかし、動けよばか俺ひとりでィくのさびしいッァあぁっァ、カラダ全部切ない、お前とじゃないと上手にイけない」
寸前で塞き止められた射精欲がじわじわ内圧を高め、やり場のない熱泥に煮殺される恐怖に叫ぶ。
「動けよスワロー、もっィくィきたい、なんでもするからイかせてくれ!」
「わかったよ」
「あ―――――――――――――――――――――ッ!!」
一際強く突き上げられ、指が滑る。
同時に限界を迎えカメラを取り落としたピジョンの眼前に、たったいま撮れた一枚を翳す。
「最高傑作」
「嘘、だ……」
「気持ちよさそうに笑ってやがんの」
射精の瞬間を撮った写真の中で、ピジョンはたとえようなく淫らに笑っていた。
ピジョン自身が知らない顔、嘗て鏡の中にもどこにも見出したことない卑しい顔……男に抱かれる母によく似た。
「これがお前の正体だよ、ピジョン」
スワローが写真に接吻、それでピジョンの頬を叩く。
こんな顔で抱かれてるなんて信じたくない。スワローとヤッてる時は別人としか思えない。
ピンクゴールドの髪を振り乱し、虚ろに濁った瞳は宙を泳ぎ、だらしなくゆるんだ口元に微笑みの残滓がちら付く。
ピンクの突起が主張する胸元を這うくさりは、ポルノスターが唯一身に纏うのを許されたアクセサリー。
「最低にやらしい……」
「最高にやらしいよ」
くぐもった嗚咽が喉に詰まり、喘ぎとなって散る。
シーツに転がったカメラをやさしくどかし、目尻に口付けて涙を吸えば、ピジョンがくすぐったげにぐず付く。
俺の小鳩は泣き虫だ。
「……もっとやさしくしてくれ……」
俺のツバメは意地悪だ。
一面ばら撒かされた写真の中心に座りこみ、女々しくべそかくピジョンを抱き締め、悪びれもせずうそぶく。
「死ぬほど可愛いからめちゃくちゃにしたくなるってわかれよ」
「わからない」
「わかれ」
「わかりたくない」
「わかってくれ」
「……もう一度だけチャンスをやる」
弟にはとことん甘いピジョンが結局譲歩し、広い背中にぎこちなく腕を回し、仰向けに倒れていく。
「最後は優しく抱けよ」
「お互いの顔が見える正常位でな」
ピジョンの涙が一滴おちて、写真の笑顔が滑稽にふやけた。
同時刻、劉は咥え煙草でアパートの前を歩いていた。
「ん?」
地面に散らばったゴミに気付き、興味を覚えてしゃがみこむ。
いやに肌色面積が多いピンボケ写真だ。
「……リベンジポルノ?うへ、悪趣味」
釣られて上を見上げる。
空は高く遠く、通りに面したアパートからは絶え間なく夫婦喧嘩の騒音やアル中ががなりたてる歌が響き渡る。
どの窓から撒かれたか判然としないが、いずれにせよ犯人はろくでもないのに決まってる。
ピジョンとスワローは何階だっけ……
「まさか」
脳裏に湧いた疑念を一笑に伏し、かかずりあった後悔に押されて行こうとしたがふと気が変わる。写っているのが赤の他人でも、ほうっておくのは寝覚めが悪い。
「撮られたヤツも災難に、とんだ性悪にひっかかっちまって」
路上に捨てられた写真を雑にかき集め、ライターで端を炙って燃やしていく。
灰に帰っていく写真をぼんやり見詰めていた劉だが、黒く焦げ落ちる瞬間、被写体の胸で揺れるタグが目にとびこんで思考停止。
だからなんだ?
どこにでもある安っぽいドッグタグだ、同じモノしてるヤツは大勢いる。
あえて無関心をよそおってやりすごし、風に吹き散らされる灰を見送り、肩を竦めて歩きだす。
ピジョンを飲みに誘うのは当分よそうと心に誓って。
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