51 / 173

離れていかないで✦side蓮✦1

 秋さんの様子がおかしい。  あんなに連日ベッタリだったのが、最近はなにもしてこない。ぴったりくっついて座ることすら無い。  秋さんが変わると、撮影以外では本当に全く接触がなくなって、俺はずっと受け身だったんだと痛感した。  今までは自然と、隣の秋さんといつもどこかにふれ合っていた。俺が動かなくても、それがもう当たり前になっていた。  秋さんが変わってしまうと、こんなに距離が開くのかとまず驚いた。そして、なにかがおかしいと気がついたときにはもう手遅れで、何がなんだか分からなくて愕然とした。   「秋さん……あのさ」 「ん? どした?」  ロケの合間に、用意されたテントの下で、差し入れのお菓子をつまむ秋さんの隣に座って声をかけた。  俺が呼びかけると、秋さんはすごく綺麗な笑顔で返事を返してくる。  最近の秋さんが変わったところは、もう一つがこの笑顔。  俺の知っている笑顔ではない。  どこか貼り付けたような仮面のような表情。  いつもの秋さんはもっと自然で、思わずこぼれたような笑顔だった。 「秋さん、やっぱり何かあったよね……? 元気がないっていうか、なんか……変っていうか」 「んー? 別になんもねぇよ?」  お菓子の箱にスッと視線をそらして、蓮も食う? と話をそらされた。  はい、とクッキーの小袋を手渡してきたので、受け取りながら秋さんの手を握ってみる。  すると秋さんがその手をきゅっとにぎり返してくれて、すごく嬉しくなったのに、手は一瞬で離れていった。 「美味いから食ってみ?」  優しい瞳で微笑んでくれる。柔らかい優しい笑顔。いつもの秋さんだ、と思ったのもやっぱり一瞬で、また仮面のような表情になってしまった。  たぶん、嫌われてはいないと思う。  気がつけばいつものように隣にいてくれる。目が合えば笑いかけてくれる。  今までどおりすごく優しいし、距離と表情以外はなにも変わらないから。  でも、その二つがなくなるだけで何もかもが変わったと思うほど、秋さんが遠くなった。  クッキーを食べようとしたとき、美月さんがやってきて手を止めた。   「蓮くん、ちょっといい?」 「はい」  美月さんと、このあと入ってる取材の件で少し話す。 「そんな感じで大丈夫?」 「はい、大丈夫です」 「うん、じゃあそれでよろしくね」 「分かりました」  美月さんが離れていって、俺は秋さんにもらった手元の小袋をちぎってクッキーを口に入れた。 「うん、美味しい」  秋さんに笑いかけると、どこかつらそうな表情で俺を見ていて、目が合うとスッとそらす。 「秋さん、どうしたの……大丈夫?」 「……別に、なんでもない……。……ところでお前さ。なんでマネージャーとまた敬語に戻ってんの?」 「……っ、え?」  そんなことを聞かれると思ってなくて、とっさに答えられず言葉に詰まる。  確かに、敬語からタメ口になってまた敬語に戻るなんて変だよな、と動揺した。  説明するわけにもいかないし、うまい嘘も思いつかなくて、何も言えずに黙り込んでしまった。 「……別にいいんだけどさ。ちょっと気になっただけ」 「あ、その。やっぱり敬語じゃないと俺、落ち着かなくて」 「……そうなんだ」 「うん」  なにか変に思われたかな、と不安になった。 「あークッキー食べすぎたかも」  苦笑いをこぼす秋さんにホッとして、テーブルの端に並べてあるお茶のペットボトルを手渡した。 「サンキュ。…………なんか疲れたな。俺ちょっとロケバスで休んでくるわ」  そう言って秋さんが立ち上がった。 「あ、じゃあ…………」  俺も一緒に、と言おうと思ったけど、秋さんが一人になりたいと全身で訴えているのが伝わってきて、言葉を飲み込んだ。 「うん、じゃあまたあとでね」 「うん」  ロケバスに向かう秋さんの背中が、やっぱりどこかつらそうに見える。でも俺はただただ見つめることしかできない。  秋さんに何もしてあげられない不甲斐ない自分が、嫌になった。    

ともだちにシェアしよう!