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ペアウォッチ 終

✦side蓮✦  可愛い高校生カップルと少しだけ離れ、ふたたび秋さんと腕時計を選び始めた。  俺は選ぶフリをして、秋さんの目線の先の時計を記憶する。  さっきの高校生カップルもペアウォッチを買うようで、店員さんとのやり取りが聞こえてくる。ずっと手をつないで本当に幸せそうだ。  堂々とするってあんな感じなんだな。彼らの周りの人たちは二人をどう見てるんだろう。学校では大丈夫なのかな。他人事とは思えなくて心配になる。  すると二人の会話の内容が、タイミングよく学校の話題になった。 「休み明け楽しみだなっ。また『バカップル』って言われるな、きっとっ」 「お前、言われたいんだろ」 「うんっ、言われたいっ。最近バカップルって褒め言葉な気がしてきたっ」 「うん、バカだな」 「はぁっ?」  学校でも二人は公認の仲なのかと会話を聞いてびっくりした。本当にすごい。俺たちの理想がここにいる。  ずっとあのまま、二人一緒に笑顔で幸せになってほしいと強く願った。  秋さんの視線が一個の時計に釘付けになっている。  そろそろいいかな。 「秋さん、いいの見つかった?」 「お、蓮っ。絶対お前に似合うやつ見っけたっ。蓮は?」 「俺も決まったよ。秋さんはどのショーケース?」 「ここ」  いま立ってる目の前のケースを指さしてニコニコする。 「あ、同じだ。俺もこのケース。じゃあさ、二人でせーので指さそうか」 「えっ」   秋さんの目が、大丈夫か? と言っている。  ペアウォッチ買うんだろ? ペアだぞ? 秋さんの声が聞こえそうで笑いそうになった。  俺はそれを無視して言った。 「ね、せーのだよ? いい?」 「う、うん。いいけど」 「じゃあ、せーのっ!」  秋さんと俺の指が同じ時計を指さした。 「えっ?! すげぇっ、同じじゃんっ、えーっ!!」  秋さんが最後にニマニマしながらジッと見つめてた時計を俺も選んだだけだ。それに気づいてない秋さんの、自然な喜びの声が店内に響き渡る。もうこれで偶然のペアウォッチになった。大丈夫だ。俺はホッと息をつく。 「すごいね、秋さんっ。同じの選ぶなんてやっぱり俺たちニコイチだねっ」 「なっ! ほんとすげぇなっ! びっくりっ!」 「じゃあこれ買っちゃお? ペアウォッチになるけどいいよね?」 「お互い同じの選んじゃったんだから仕方ねぇよなっ?」  ホクホク顔の秋さんには、このまま喜んでいてほしい。だから種明かしはしないでおこうと心に誓った。  俺は秋さんが一生懸命選んでくれたこの時計がなによりも嬉しい。  支払いを終えて時計屋を出ると、目の前のベンチにさっきの高校生カップルが座ってた。  俺たちに気づくと、ニコニコしながらペアウォッチをつけた腕を二人で並べて見せてくる。  秋さんが嬉しそうに彼らに近寄った。 「すげぇいいじゃんっ! カッコイイな!」 「えへへ」 「俺たちもさ、偶然ペアウォッチになったんだっ!」  いまつけてきたばかりのペアウォッチを二人で並べて見せた。 「お二人に似合っててカッコイイです」 「うんっ、すげぇかっけーっ! てか高そーっ!」  「ま、ちょっと奮発しちゃったかな」  秋さんが照れくさそうに首をかく。  俺は本当は指輪に奮発したかった。でも秋さんが、普段つけられない指輪より時計にかけたい、と言ったから時計を奮発した。  それでも俺は、指輪もちゃんとしたのを買うつもりだ。だって結婚指輪のつもりだから。  そこでふと、高校生カップルが俺を優しい笑顔で見ていることに気がついた。 「うん? なに?」  なにか顔についてるかな?  大きい彼が言った。 「あの俺、あまりテレビを観ないので、お二人がニコイチだってこととか今日知ったんですが、すごい素敵だと思います。応援します。いろいろ頑張ってください」 「あっ、俺もっ! 俺はあきれんの大ファンなんでっ! これからもずっと応援してますっ!」  小さい彼は手を上げて、まるで宣言するように声を上げた。  本当に可愛いカップル。いい子たちだな、と嬉しくて胸が熱くなった。 「ありがとう。うん、頑張るね」 「二人とも、ありがとなっ」  秋さんは別れ際、二人に「またなー!」と言った。  きっと、もらったカードを使って縁をつなぎとめると決めたんだ。  俺もそうしたかったからすごく嬉しい。いつか同性カップル同士、深く話してみたい。 「秋さん、俺もう帰りたいな……」  二人を見てたら秋さんとベタベタしたくてたまらなくなった。  手をつないでもっとくっつきたい。 「俺も帰りてぇ……。いやでも」 「でも?」 「黒スーツ買うからダメだっ」 「え……それ今日じゃなくても……」 「いやだ。もう今日は絶対黒スーツだからなっ!」  秋さんが声高に言うから顔に熱が集まってくる。  周りに聞こえたって意味がわかる人なんているわけがないのに、なんだかバレそうで怖いし恥ずかしい。その言葉で赤くなってるだろう俺の顔が一番やばいじゃん……と冷や汗をかきながら、黒スーツを目指す秋さんのあとを追いかけた。 end.  

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