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神宮寺家 6
「それでだ。結婚式の話だが」
「あ……それはまだ、具体的にはなにも決まってなくて。いつかしたいなって」
「そこまで考えてるのに、いますぐしない理由はなんだ?」
「え……っと。仕事のこともあるし、隠れてやらなきゃだめだし、そうなると海外かなとは思ってるんだけど、オフが合うこともなかなか無いし……」
俺が考えていたとおりのことを蓮が言った。
そうなんだ。そこまで考えて、いつも行き詰まるんだ。
「私には言い訳のように聞こえるな」
「え……」
「なにか都合が悪くて引き伸ばしてるのか?」
「は? 違うよっ。俺だってできることならいますぐしたいよっ」
蓮が今日初めて声を荒らげた。
言い訳……俺たち言い訳してるのかな。
バレたら困る、それ以外に都合の悪いことなんてなにもない。
「海外挙式な。極秘で海外? 別々に飛行機に乗って? それとも堂々と一緒にか? どっちにしても怪しさ満載だな」
俺もそれは何度も思った。たとえ別々に出発しようと、二人で海外に出るとまた注目される可能性がある。行き先が同じならなおさら目立って怪しい。かと言って一緒に出発すればもっと怪しい。最悪、またニュースになるかもしれない。
「……そうだよ。だからなかなか具体的に決められない。いい案が浮かばないんだ」
蓮がうなだれると、お父さんが不思議そうな顔をした。
「なんで海外にこだわるんだ?」
「え……だって」
蓮と目を見合わせて目を瞬く。
極秘で結婚式と考えたら、海外しかないと俺も思ってた。
「福島の真紀さんのところはどうだ。小さい町だし、式場ものんびりな稼働だと聞いている。真紀さんに話すことにはなるが、チャペルだけ極秘でお願いできるかもしれないぞ」
「福島の真紀おばさん……」
蓮は思いもよらなかったといった顔で目を見開いた。
「真紀おばさんって式場で働いてるの?」
「式場というよりホテルの職員だな。隣接してるチャペルの挙式もホテル内の式場も全部ひっくるめて指揮をとってるはずだ。小さいホテルだからすべてがこじんまりしてるけどな」
「秋さん、海外挙式にこだわっては……」
「全然こだわってない。蓮と式が挙げられるならどこでもいい」
いつかできたら。そう思っていた結婚式が、もしかするとすぐにでも挙げられるかもしれない。期待で胸が熱くなる。
「日本で挙げるのは考えてなかった……。でもバレないかな……」
不安そうに蓮がつぶやいた。
海外で挙げるには移動で目立つ。でも日本で挙げると会場スタッフにバレてしまう。
なんだか考えれば考えるほど、結婚式を挙げたいということ自体がわがままなことに思えてしまう。
「私が真紀さんに相談してみよう。以前、芸能人の極秘挙式の話を聞いたことがある。……ああ、もちろん名前は聞いてないぞ?」
そう言って俺たちを安心させるようにお父さんは柔らかく微笑んだ。
「あの……本当にありがとうございます。式は挙げたいのに、どうしたらいいのかわからなかったので……すごく嬉しいです」
「二人の場合は簡単じゃないからな。誰かが背中を押さないといつまでもできないだろう?」
「……はい。……本当に……そうですね……」
「パートナーシップ制度や養子縁組も、二人の仕事を考えたら難しいだろうしな。せめて結婚式だけは挙げたいという気持ちは痛いほどわかるよ。大丈夫、きっとできるさ」
お父さんの優しい言葉に、俺の涙腺はとうとう壊れて崩壊した。
つないでいる手に思わず力がこもる。隣でお母さんたちと話していた蓮が俺を見て、また優しく背中を撫でた。
「秋さん、大丈夫?」
「蓮……俺、も、だめだ……」
「どうしたの? なにがだめ?」
「なんか、夢みたいで……涙、止まんねぇ……」
腕で目を覆い、うつ向いて泣いた。
「秋さん。うん、本当に夢みたいだね。俺も正直、もうだめかなって思ったから、すごい嬉しい」
俺の涙に慣れている蓮だけが落ち着いていた。
「あらあらどうしましょう」
お母さんのオロオロした声。
「秋人くん……やばい……萌える……」
美月さんがいる、と思ってしまうようなお姉さんの声。
「私はちょっと厳しいことを言い過ぎたかな……」
そして反省したようなお父さんの言葉に、俺は慌てて答える。
「ちが……違います。すごく嬉しくて……。最近なぜか涙腺がおかしいんです……すみません」
「なんだ、そうか。涙はいっぱい出すといいぞ。泣いた分だけ幸せになれるからな」
「ふふ。心のデトックスよね」
「秋人くん、やばい……可愛い……っ。蓮、あんた本当に幸せだね」
「うん、本当にすっごい幸せ」
「よし。楓、守くんと雫をよびなさい。みんなで宴会だ」
お父さんが手をたたいてお姉さんに言った。
「はーいっ。お母さん、ごちそう無駄にならなくてよかったね」
「ほんとよぉ。ドキドキしちゃった」
「え、母さんごちそうって、なに作ったの?」
「ピザ焼いただけよ。あとはお寿司お取り寄せして、あとは楓が買ってきたおつまみ。じゃあ並べちゃうわね」
お母さんはウキウキとキッチンにかけて行って、お姉さんはスマホを取り出し電話をかける。
時計を見るとまだ三時すぎ。宴会をするには早いような……。
「父さん、宴会とかパーティーとか大好きなんだ。大晦日に電話が来たときも、早くから飲んでてもうベロベロの酔っ払いだった。お正月は毎年こうなんだ。でもさすがに三日の日にまで宴会は初めてかな」
「そうなんだ。すげぇな……。それは、顔出せって言われるよな……」
「あはは……」
お母さんとお姉さんが準備をしてくれて宴会の準備が整うころに、玄関のほうで物音がした。お兄さんと雫ちゃんが戻ってきた。
「二人とも、雫の前では――――」
「うん、雫の前では友達として振る舞うよ」
「はい。大丈夫です」
俺たちは、つないでいた手をそっと離した。
「あきとーっ。しずくいいこでまってたよっ。あそぼーっ」
「よーし、遊ぼうかっ」
「やったーっ!」
ぎゅうっと足にしがみついて喜ぶ雫ちゃんに、俺はまた癒やされた。
すると雫ちゃんが蓮を見て言った。
「れんくんも、いっしょにあそびたい?」
あれ? 蓮も一緒に遊ぼう、じゃないんだ。
「え、雫、なんか冷たい……」
ショックを受けてる蓮に、みんなが声を上げて笑った。
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