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第1話
空を仰いで夢中になってシャッターをきっていた。
土の香りを感じながら都会の喧騒は忘れてしまおう。
アスファルトに焼かれながらこめかみを伝う汗に何度目かのため息がこぼれる。
ここの空は狭くて太陽さえも身を縮ませるようで、それは今の俺のようでもあった。
スクランブル交差点の信号はなかなか変わらず、隣のサラリーマンは上着を脱ぐことにしたようだ。そして、信号が変わった途端に颯爽と上着片手に足を前に進めていった。
その後ろ姿に、本当だったら自分の背中もああであったのかもしれないと考えていた。
すると、後ろから慌てた様子の青年が俺の体を押しのけた。一瞬ちらりと視線が交錯したかのような気がしたが、短い謝罪を述べてそのまま走り去った。ぼんやりと突っ立っていた人間に慌てた様子の彼が短くとも謝罪の言葉を寄こしたことに逆に申し訳ない思いがこみあげる。
ちらりと視界に光るものをとらえたのは奇跡だったのかもしれない。先ほどの衝突のせいか彼は何かを落としたまま立ち去ってしまったらしい。その名の通り多くのひとが交錯する中でこれは彼のものだという確信がなぜだか自分の中で芽生えた。拾い上げて握りしめたそれはひやりと手のひらを焼いた。
(旅行雑誌編集部オフィス)
体内に溜まった熱を逃がそうとクーラーの効いた部屋で深呼吸を一つした時、馴染みの痛みが肩に走った。
「よお、上岡久しぶりだな。生きてたんだな」
大学時代同期のその男は黒く焼けた自分とは対照的に白い顔に大きな隈をつくっていた。
「お前こそ、生きてるみたいだな…かろうじて。その顔ひでえぞ川野」
「3連徹くらいしたらこんな顔に誰だってなるさ、そこらじゅうに俺様の仲間ゾンビがうじゃうじゃいるんだぜ」
軽く笑うが、限界も近そうなので、要件をすませることにした。
「お前の担当旅行誌に載せられそうな写真を100枚ほどピックアップしてきたからよかったら使えよ」
「お、大恩人!実はその問題で困ってたんだよ」
川野の話によると依頼を出そうと考えていたカメラマンがことごとく捕まらず締め切りに間に合うかの瀬戸際だったらしい。あらかじめ次の掲載内容をメールで受け取っていたおれは何かの役にたてばと、たまたま滞在していた観光地の写真を撮っていたのだった。
たまたまといえば聞こえはいいが、この男の喜ぶ顔が見たかったのだ。そんなことで自分の想いでひりつく心は癒されたような気がした。
「疲れてるとこ悪いけど、写真のチェック頼んでもいいか?あと、ついでに喫煙室借りるぞ」
そう言って俺は川野からゆっくりと逃げ出した。
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