1 / 1
第1話 梅雨明けにみた傑作
――ピーッ、カシャ。
「いいねぇ~、笑顔キープだよ~」
作り物。
――ピーッ、カシャ。
――ピーッ、カシャ。
「いいね~」
人工の笑顔。顔、作り物の顔。
「最高だね~」
俺は人工物が嫌いだ。
沙実 真 、三十二歳男性。現在は女性雑誌のカメラマンを勤めている。
もし俺がもう少し昔に生まれていたら良かったのではないかと今現在勤務して感じている。現代の設備は悪くない。寧ろ年々進化しており素晴らしいと感じその恩恵をこの場で発揮出来るのだから写真家冥利に尽きる。
現代文化も悪くない。それ相応の流行、民俗、言語が日本津々浦々に蔓延ってインフルエンザの様だが。嫌いではないが順応は出来る。ただどうしても自然というものが消滅しつつある現代に不満がある。それだけだ。
今仕事として写真を撮っている少女は二十二歳のアイドルである。アイドルの笑顔は素晴らしい。勇気と希望、そして愛に溢れており彼女達のファンはそれを 見て常に救われているのだろう。ファンの間ではの話だ。
今俺が相対しているのは道化の仮面をしている少女だ。不自然に吊っている頬、小悪魔メイクで化けた目元、顔に似つかわしくない小鼻に疲れた唇肉。これは天然といえない顔だ。
この仕事が日々好きではなくなっている原因の一つだ。毎日毎日人工物を被写体にして作品を世に出す。世間が変化しているから人工物に気付かない。だから適当な作品を世に出していても誰も俺にクレームを入れないし俺も無駄な時間に割かなくていい。
稀に天然美もあるようだがそれは現代の仕事ではまだ逢った事がない。逢ったとしても俺が出逢った天然は全て老いていた。老いることが悪いわけではない。ただその人の人生最高美の瞬間を俺が作品にしたかった。そんな我儘叶う筈もなく衰える美しさを作品に収める一抹の喜びと人工物の作品を量産している。
「お疲れ様です~いや~可愛いかったよ~あとはこっちでもっともっと可愛くするからね」
それともう一つ。加工品も嫌いだ。今の写真作品は実物がほとんどない。加工はそれなりに必要だ。過度な演出は時に素人の目を奪うが、素人の素人による無駄な加工が目立つ。
顔面を加工した後に顔の八割を隠すスタンプを何故するのか。スタンプで顔を隠すくらいなら顔だけ隠して全身を魅せるべきだ。なんなら自身のあるパーツだけ加工無しに投稿すればいい。顔面を魅せる意味がない。
美醜関係無く加工品と人工物が嫌いだ。
そんな俺の唯一の楽しみは自然の被写体を撮る事だ。休日や仕事前に森林公園の草木花や天候で濡れるビル群を撮るのが俺の没頭出来る事だ。
そう、向こうに見える男子学生が傘を差して歩いている姿なんかも没頭出来る。今は梅雨だ。丁度雨に濡れる傘を撮るのも好きだ。
雨粒と傘の布地に伝う雫をレンズ越しに映すのが好きだ。
雨雲に隠れた太陽が雫を光の粒に変化させる瞬間が愛おしい。
傘の動きに合わせて転がる粒を追いかけるのが楽しくて仕方がない。
傘から現れた学生の横顔が。
横顔が美しい。横顔が光る。転がる光玉が前髪に落ちてパールの髪飾りになる。綺麗だ。「綺麗だ……」
気づけば連射をしていた。しかも自然物ではなくて男子学生の顔にフォーカスしていた。いやそれで良いのだ。あの男子学生があまりにも美しく、しかも天然であったからだ。
俺が求めた天然美がほんの六十メートル先の横断歩道先で闊歩している。それだけだ。
美しいのだ。歩く姿勢も傘の先を常に左斜めに固定させた腕も風に靡く横髪の長さでさえ。彼は遠目のシルエットから見て完璧な男子学生で、完璧な女性の相貌だ。
人生最高美を保つ彼にやっと出会った。
足は何故か動かなかった。後ろ姿をひたすらにカメラに収めたいと強く願ったからだ。
またいつ出会えるか分からない男子学生の姿を一枚でも多く残したかったからだ。
天然美の彼が路地を歩き見えなくなるまでシャッターを切れば、息が上がっていた。
「ふぅ……凄いものを見つけてしまった」
初めて興奮していた。あの美しい男子学生に会えたこの日をどんなに感謝しても言葉では足りない。嗚呼、望めるのならまた彼を写真に収めたい。いや可能だ。
俺は有名な写真家であり、大人だ。それにあの学生服は都内の高校だった筈だ。高校生ならばお金も欲しい筈だ。お小遣い稼ぎだと言って被写体になってくれるだろう。
今日は取り敢えず早めに帰宅をして写真整理をしよう。あの男子学生の写真を現像してそれを見ながら食事をするのも一興だろう。楽しみだ。今日はなんて心が弾むんだ。明日が楽しみだ。
ともだちにシェアしよう!