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第7話(R18描写あり)
夜道はやたらと明るかった。夜空にぽっかり、大きな満月が浮かんでいるからだ。こんな夜はきっと、波が月光できらめいて、海も青々しく光っていることだろう。懐かしい海に帰りたい。俺の家族に会いたい。ふっと涙が込み上げてきて、息が苦しくなった。
足がもつれて靴が脱げる。草葉が足の皮膚を薄く切りつける。それでも構わず走った。震える体を何度も叱咤する。足を動かせ、前へ進めと。
ああ、俺はバカだった。クソ王子(故人)はぶん殴る価値もなかったし、足なんていらないから、今すぐ海に帰りたい。自分の鱗と尻尾が懐かしい。ずっと海にいればよかった。家を出なければよかった。父ちゃんたちが言うとおり、お外は怖いところだった。
あ、やばい、後ろから足音が追いかけてくる。襟首にひゅんっと手が伸びる。もっと、もっと早く走らなきゃ。
「うわああああ、こっち来るなーっ!」
「カミーユ、待ってくれっ、カミーユーっ!」
「なんで追ってくるんだよぉぉ〜〜っ!」
森に入る手前で、あっけなく俺はジークに捕まった。走るのが遅すぎたのだ。両腕を掴まれた瞬間、ひゅっと喉が変な音を立てた。
「も、もぉやだよぉっ、おまえ怖いようっ」
俺もジークも、肩でぜいぜいと息をしている。けけっ、けけっ、と知らない生き物の鳴き声が響いた。プライドも何もなく、ぺそぺそと俺は泣き出した。
「……夜の森は危険だよ。夜は獣が出るって言ったでしょ?」
「はあっ、くっそっ……っ、おまえが獣だわ、、マジ離せよ……!」
「逃げないで。頼むよ、お願いだ、愛しいカミーユ」
まだ体が小刻みに震える。あがった息がなかなか落ち着かない。
俺の体を後ろからきつく抱きしめて、ジークはすりすりと顔を寄せてくる。かたちの良い薄い唇が近づいた。えっ、キスすんの? いやいやいや無理がある! そんな雰囲気になるわけない! 俺は肘鉄を喰らわせるようにして、少しでもジークから距離を取ろうともがいた。
「や、やめろって。引っ付くな! あっ、なんで服の中に手入れる!?」
上着の下から伸びてきた手が、腹を舐めるように撫で回した。かっと頬に血がのぼる。熱い手が下腹部を掠めると、ぞくぞくとした未知の感覚が全身に走る。
「……こういうの、初めて? お腹触られるのも? 知らないこといっぱい教えてあげるから、ね、カミーユ」
「や、やだやだやだ!」
「嫌なことなんてしないよ、きみを気持ちよくさせたいんだ。二人じゃないとできないことだよ」
吐息混じりの声で囁くのだが、いちいち言い方がやらしい。そうこうするうち、服をはだけられ、下穿きまでずるんと脱がされてしまった。うわーっと膝頭を寄せて足を閉じ、体を二つに折るようにして恥部を隠す。が、無駄な抵抗だった。
「絶対気持ちよくさせるから」
ジークは俺の尻肉をぐっと掴んで揉みしだく。パン生地でも揉むみたいに、ぐにぐにと。
ぷつり、と頭の中で何かがキレた。無駄に固いその胸板に、俺は拳を思いっきり叩きこんだ。ジークは「うわ」と驚いてたたらを踏んだが、だからといって俺から手を離したりしなかった。
おっ、俺の拳が……効かないだと? そんなの……そんなの、想定外すぎるだろーが!!!
「このっ、破廉恥クソやろう! 人間なんか、クズでクソで最っ悪のカスだ! どいつもこいつも、海の藻屑になればいいんだぁーっ!!」
うわーっと聞き分けのない子供みたいに喚く俺に、ジークは眉毛一本も動かさずにいる。それでいて、どことなく愉しげだ。
「じゃあ僕を人間だと思わなければいいよ。盛りのついた獣とか、虫けらくらいに思えばいい」
ジークは身につけていたサスペンダーで俺の腕を後ろ手に縛った。そのままどさりと、落ち葉が積もった地面に押し倒される。ジークの腕なんてそんなに太くないのに、どうして俺の腕力じゃ敵わないんだろう?
続けて、しゅるるっと衣擦れの音がした。髪にやさしく手を差し入れられたかと思うと、さらりとした布を頭部に巻き付けられた。
「おいっ、なにする……っ」
目かくしだ。
「これ、母の形見のスカーフなんだ」
「おっ、おまえ〜っ!!!」
母ちゃんの形見ならもっと大事にしろや、罰当たり!
宵闇に包まれた野外とはいえ、月明かりがあるだけ良かったのだが……目かくしのせいで俺の視界は完全な闇に閉ざされた。じたばた抵抗したが、背中にのしかかったジークの体は重くて、動くに動けず、されるがままになった。
服を剥かれ、ひんやりした秋の夜気が肌に触れた。と思った途端、胸の小さな粒をぎゅうっとつままれた。ジークの指に力がこもる。
「ひっ、なにしてんだよ⁉︎」
「さあ、なんだろう。僕は今、盛りのついた獣だから」
乳首を指の腹で擦るように捏ねられる。自分のからだが自分のものじゃなくなってくみたいだ……目かくしされてるから、与えられる刺激に対して身構えができない。ジークのいいように弄ばれている。
つままれた胸の突端はじんじんと火照り出して、うつぶせにされたまま、俺は腰を揺らした。のしかかったジークが耳元でくすっと笑った気がした。
俺の尻に、ジークの持っている何か硬いものが、ごりごりと当たる。すりすりとなすりつけているみたいに。
「てっめー! むぐっ……ぅンッ……!」
ふいに両頬を包み込まれて、くちびるに温かいものが触れた。それは柔らかくて、ちゅっちゅっと音を立てて俺のくちびるを啄んでは、甘噛みする。思わず半開きになったくちびるを割って、熱くぬめったものがすべりこんだ。ジークの息遣いを感じる。果物でも食べるようにくちびるごと貪られ、溺れたときのように息が弾んだ。
「カミーユ。ああ、カミーユ。ずっと僕のそばにいて」
「な、なんで」
「好きだよ、愛してるんだ、カミーユ……僕の愛しい人」
「愛……?」
愛。人間からの愛。それは、ひいひいばあちゃんが王子から得たかったもの。ひいひいばあちゃんが心底欲したものだ。
「ねえカミーユ、体で教えてあげるね。これが僕の愛。僕の気持ち、受け止めてくれるよね?」
「は、はわ、はわわわわ……」
「絶対気持ちよくさせる。気持ちよくして、蕩けさせて、二度ときみを逃さない」
そこからは狂ったようにジークにすがった。
「ジーク、ジーク、むりだよぉっ」
腰を掴んで尻を高く掲げられ、指で狭い場所をこじ開けられた。指先がすこしだけ湿り気を帯びているのは、ジークが自分の指をしゃぶって、滑りやすいようにしているからだろう。だが、その程度の潤いじゃ不十分だ。ヒリつくような痛みが尻穴に走る。
「うっ、いたっ、いたいっ……!」
「もう少し、もう少し、堪えてね、カミーユ」
もうやだぁと首を振ったら、背中から、ときおり宥めるような口づけが降ってくる。耳たぶや首筋を食まれ、鎖骨を甘噛みされる。
指でほぐし拓かれたところへ、ジークのかたまりがあてがわれた。ひっと息を止めて、身構える。誰も挿入ったことのない体のやわらかな部分が、ジークの形に灼き広げられていく。
「ぁう…………っ!」
喉を反らし、声にならない呻きが漏れた。痛みに震えていると、ジークの熱い手が肌を撫でてくる。赤子をあやすような手つきだ。やがてその手は、臍の下の萎えた器官をやわやわと握った。
「こうすれば、少しラクかな」
「あぁっ、あんっ、そこっ、やらっ」
がくがくと腿が震える。足の間にある棒が人の性器だってこと、忘れてた。親指が先端を刺激し、手で作った筒が棒を扱いて擦り上げる。
迫り上がる官能に震えていると、目かくしのスカーフがさらりと解けた。
最初に目に映ったのは、俺の顔を覗きこむジークの深い緑の瞳だ。冴え冴えとした月の光を受けたその瞳は、世界中のどの海の色とも違う──深海にさえ存在しないその深緑は、人間の瞳の中、ジークの虹彩にしか存在しない、世界でいちばん熱い色だった。
「じ、ジークぅ……」
額にうっすら汗を浮かべ、金の髪を乱し、目を眇めたジークからは、強い雄の匂いがする。
ジークの先端が、内側のこりこりした部分を擦り上げた。途端、「あ、あ、あ、あ」と小刻みに喘ぎ声がもれて、体が激しくしなる。頭がおかしくなるような感覚が体中を駆け抜けた。蕩けそうな興奮に浸ったところで、
「──ふあっ⁉︎」
ふいに、きゅっと乳首をつねられた。びりびりと腹から熱いものが迫り上がってくる。
「あっ、熱いのっ、あっ、くるっ、くるっ────!」
熱く白い液体が、目の前でぱっと弾けた。それと前後するように、俺を抱きしめるジークの腕に力がこもる。
とろりとした熱いものが尻の隘路から漏れて、内腿をつたって流れていった。
「カミーユ、僕の愛しい人……」
ささやくようなジークの声を最後に俺の意識はぶつりと途切れた。
外で致したあと、俺はジークの家に運ばれた。シーツをかぶって白いおだんご状態になった俺に、ジークは甘い声で愛を囁き続けている。
「カミーユ、お尻の具合はどう?」
「……し、尻穴が……なんか、閉じねえんだけど……」
「熱い夜だったもんね。あ、僕、カミーユのご実家に挨拶に行きたいな」
「……俺の実家、海の底ですけど」
「きみを幸せにしますって、誓いに行きたいんだ!」
「…………」
寝言は寝てから言ってくれ。
シーツの隙間からちらっと見上げると、ジークと目があった。曇りなき眼がまっすぐ俺を見つめている。はつらつとした生命エネルギーがみなぎっているようで、肌はつやつやしていて疲れのかけらもない。認めたくないが、こいつから逃げられる気がしなかった。
「……ぐっ! や、やめろ! そんな澄んだ目で見るな!」
俺が喚くたび、ジークは晴れやかに笑う。こっちは冷や汗だくだくだ。ジークの心は、俺の一生をかけても理解できないと思う。でもそれでいい。
朝鶏が鳴いたら、あと三日。あと三日で、ナガルの薬の効果が切れる。そしたら陸の世界──人間の姿とはおさらばなのだ。その前にジークから貸し(不本意ながら尻を犠牲にしたこと)を返してもらえたらいいな……無理かな……。
復讐計画はうやむやになったけど、甘ったれの末っ子生活を抜け出せたことに安堵しながら、俺はとろんと微睡んだ。
尻の違和感に危機を感じたカミーユが、ジークをぶん殴って海(実家)に帰るまで、あと数時間。
カミーユの父兄が「カミーユの処女を奪った鬼畜!」と憤怒し、ジークを海藻で簀巻きにするまで、もう1週間。
海の城に引きこもるカミーユをジークが迎えに行くのも、そう遠くない未来の話である──。
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