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嘉田澄礼和は考える。

 まるで星空のようなサイリウムの海は目が眩むほど。歓声は耳をつん裂くほどに大きく、それでいて心地がいい。  スポットライトを浴びて歌う仲間たちもとても楽しそうで、俺の気分も高揚してくる。 ……けど、あれ。なんで俺ってこんなところにいるんだっけ。  俺にスポットライトが当たる瞬間、歓声はさらに大きくなる。こんな考え事している間にも、俺の優秀な喉は歌を奏でた。ダンスだってほら、身体が自然と動き出し、表情だって気付けば歌に没入してそれらしいものになっている。大画面に映る俺をちらりと見た時、まるで俺じゃないみたいな表情をしてたから。  けどやっぱりおかしい。俺は、なんでこんなところで歌ってるんだ?なんで俺なんかがここにいるんだ?  今だって不思議でならない。きっかけも動機も全部覚えてるけども。それでも、こんなキャパシティが万人を超えるドームでライブをするに至るまでがどうにも理解ができなかった。  最早不本意の域だ。俺は別に目立ちたい訳ではない。  嘉田澄礼和(かだずみれいわ)、17歳。職業高校生アイドル。  俺にはそんな肩書きがあるが、どうしたってそんな肩書きに疑問符を浮かべてしまうのだ。 ・〜・〜  事の始まりはそう、兄だ。嘉田澄翔和(かだずみしょうわ)、当時高校二年生、現在大学二年生。彼こそが当時ただの中学生という肩書きに、アイドルという肩書きを付けた張本人であった。 『おれね、アイドルの弟を持つのが夢だったんだよねぇ〜。だから礼和君さぁ、アイドルになってよ。ほら、おれの唯一の弟枠はお前なんだよ?ならお前がおれの夢を叶える義務があると思うんだよねぇ〜!大丈夫!礼和君ならとってもかっくい〜アイドルになれっから!』 なんて、横暴極まりないジャイアニズムの化身のような発言をした兄は、なんと勝手にアイドル事務所へと履歴書を送ってしまったのだ。  ここがまず、人生においてのターニングポイントだったと思う。兄が勝手に履歴書なんて送らなければ。兄が芸能人の家族という肩書きに興味なんて持たなければきっと俺はただの高校生であれたはずなのだ。  結果として書類選考、面談、その他諸々計五回もある試験を何故か突破してしまった俺は晴れて、アイドルとしてデビューする事となったのだ。  五回も試験があるだけあって、俺の所属する事務所はめちゃくちゃデカい所だった。その中でもどうせ脇にしか立たせてもらえないと思っていたのに気付けば舞台のど真ん中のセンターに立っていた。  そう、冒頭のそれだ。まさに意味不明、理解不能。俺は目立つような容姿をしているわけでも、ましてや特筆すべきものがあるわけじゃないのに。  さらに不可解なことが起こった。  デビューしてそこそこ売れ始めた頃だ。その頃になると俺をこのアイドル、芸能界という世界にほっぽり出してくれた本人はなんと、現状に飽きていた。 『あ、もうアイドルやめていいよ〜。やっぱ変わんね〜わな。お前がどこでどうしてようとこのおれにはやっぱ関係なかったって訳よ。別にお前がアイドルになって生活とか変わらずいつも通りやし。』  なんて抜かす抜かす。  ふざけないでほしい。ドームまで行くってなって今更やめられるわけないだろう。生活の基盤がほとんど芸能活動で埋まってる中、急に辞められるわけないだろう。  正直不本意から始まったこの芸能の道をほっぽり出すのは、それはそれで気に食わないから成功をしてしまった時点で俺には辞めるの三文字はなかった。  とはいえ、だ。本当に不本意である。誠に遺憾という言葉はきっと、こんな時に使うんだろうなって思う。  高校に行くため、活動の最中に勉強を頑張った。それもこれも全部、志望校に合格するためである。  別に将来なにをやりたいとか、そういうのはなかったんだけどさ。だけど、俺には一緒の高校に行きたいって誓い合った人がいた。  こんなことを言っておいてなんなのだが、別に付き合ってる相手とかそういうのではない。相手は紛れもなく同性で、言うなら一種の友情のような物なのだから。  その人との関係は言ってしまえばただの幼馴染だ。そう、名前だけは。俺にとってはその幼馴染がなによりも大切であるってだけで、関係はただの幼馴染。大好き、なんて言葉では抑えきれない。もっともっと尊ぶべき存在とも言えるかもしれない。  所謂推しというものかも。それに近い感情だ。  名前を平間成義(ひらませいぎ)と言う。成義君、せいぎ君。  学校で王子って呼ばれてるくらいルックスが良くて、頭も良くて勉強もできて非の打ち所がない俺の幼馴染。  成義君は生まれっから髪の色素が薄くて茶色い髪をしているんだけど、俺は根っからの黒。少し成義君に近づきたくて、だけど全部を茶色にする勇気もないからインナーだけ色を抜いたんだ。その上に自分のカラーである紫を入れてるから全然成義君には近づけなかったけど。  だけど、成義君は「似合うよ。」って言ってくれた。成義君から誉められたからには、そのままにしておく他ないだろう。  閑話休題。  兎にも角にもだ。成義君と一緒の高校に通いたくて成義君に勉強を見てもらいながら頑張ったのに、兄のせいで高校生活はめちゃくちゃだ。  だけど、うん。成義君過剰摂取は俺にとっては毒だから、やっぱり距離感としてはこれくらいがちょうどいいのかもしれない。たまに通う高校で、成義君から元気をもらって仕事を頑張る。これぞまさに推しを持ったオタクの思考というやつなのでは。  もう一度言うようであるがこれは恋ではない。推しを応援するファンのような気持ちだ。  華田澄礼和は考える。しかし、その考えは平間成義の機嫌を悪くするには十分な物であった。

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