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第1話

仏さまの御像がありましたと。 まぁ流行りとでもいいましょうか、御像がつくられたころ、なまめかしい曲線でお身体を表現するのがたいそう好まれていたものですから、完成したばかりのころは皆いっしょうけんめいに拝んだけれど、何百年も経つうち、それはそれは気の毒なことに、気味が悪いとか破廉恥だとかいわれるようになってしまって、ついには誰も訪れなくなってしまったのです。 このままでは朽ちてしまうと仏さまもあせったものですから、これから訪れる者に魅了のまじないをかけてやろうと決めました。 ほら、そうこうしている間に、一人の若者がやってきましたよ。 「ふう、助かった。山の天気はほんとに変わりやすい」 大雨にぐずぐずにされてしまった若者は、お堂に入り一安心。仏さま、すぐさま語りかけます。 『私のお世話をしなさい!』 すると若者、着物を脱いで、突然硬く勃ちあがった陽物を仏さまに向けたのです。仏さま、これにはびっくりして、それから怒りました。しかし若者、自分のあそこに夢中になって、止まらない。 しばらくすると、ああ、なんということ。仏さまのお身体と、ご尊顔が、若い男の粘液で、べとべとに汚されてしまいました。仏さまは、ただ自分の身体のさびやほこり、蜘蛛の巣を払って欲しかっただけなのに、この上さらに汚されてしまうとは、思ってもみなかったことでしょう。 『ええいお前! 私を誰だと、誰だとおもって………』 仏さまの声は、若者に届いているかもしれないし、届いていないかもしれません。ともかく、仏さま、お怒りになりました。しかし若者、うっとり微笑んで、まぁまだ立派に起き上がっているそこを、仏さまに擦りつけながら言いました。 「おまえさん、嫁じゃあ。今日からわしの嫁さんじゃ」 ええっ、嫁ですって。そんなことを言われたのは初めてのことですから、仏さま、うろたえてしまって、けれどもすぐに魅了のせいだと気がついて、しまった、と思いました。魅了のまじないをかけるのも、初めてのことでしたから。仏さまとて、初めてでうまくできないことも、ありましょう。でもこうなってしまっては面倒だから、仏さま、もう人間を魅了するのはやめようと決めました。 そうしているうち、また一人の青年がやってきます。こちらも雨宿りのようですが、なんと、僧侶の見た目をしています。これには仏さま、たいそうお喜びになって、助かった!と一安心。もちろん、魅了のまじないはかけません。何をせずとも、僧侶ならば、丁重に扱ってくれるに違いありませんから。 「お若い方、あなたも雨に降られたのですか」 「ええ、ええ。まったく不運なことで。しかし同時に幸運じゃ。雨宿りに入ったお堂で、わしは嫁さんに出会えたのだから」 「嫁さん?」 僧侶は若者が、大事なところを剥き出しにして、仏さまの御像に夢中になっていることに気がつきました。あわや射精、というところで、僧侶、諫めに入ります。 「お若い方、仏さまをそのように穢してはいけない」 なんとまっとうな青年だろう!仏さま、大歓喜。反対に若者はむっとして、 「そいなら、どうしたらええんじゃ。ここが切なくてかなわん」 と、己の塊を指差し、言いました。すると僧侶、おもむろに、風呂敷の中から小刀を取り出したではありませんか。若者、ひどくおどろいて、まさかわしの大事なところを切り落とすつもりか、とわめきました。 「いいえ、そうではありません」 僧侶、小刀を仏さまの御像に向ける。なんとなんと、僧侶、仏さまをひっくり返して、ああ、ちょうどあぐらをかいたお身足の、裏っかわ、人間でいうところの女陰がありそな部分を、小刀でこりこりと彫っていくではありませんか! 『ええいお前! 私を誰だと、誰だとおもって………』 仏さまも、お怒りです。しかしお声は届いていないのか、楠木のご神体はみるみる彫り進められ、あっという間に空洞ができてしまいました。 僧侶いわく、 「ここを胎内だと思って、陽物を入れるのがよいでしょう。精を放つというのは元来、子を成すための大事な儀式でありますから、むやみやたらと、まき散らしてはなりません。ご尊顔を穢すなど、もってのほかにございます」 若者、いたく感銘をうけ、なるほどと頷きます。言われるがまま、できたての穴にそれを嵌め込むと、たいそう勝手が良かったようで、夢中になって腰を振り始めます。 「お坊さん、お坊さん、あんた、すばらしい。これはすばらしい。わしの形にぴったりじゃ。仏さんが、わしの嫁となるために現れてくれたみたいじゃあ」 「それはよかった。しかし穢れたままなのはよくない。のちほど御像をしっかりと、きれいにしてさしあげないと」 「おお、おお、わかった、わしの嫁さんじゃ。きれいにすっぞ、おお、おおお、気持ちがええ、いく、いっちまうっ」 あれよあれよという間に、若者は吐精をしてしまいました。しかも今度は、仏さまの内部に向かって。仏さま、またもお怒りになるかと思いきや、どういうわけか、何もいわない。 そうそう、仏さまは本来、男でもあり女でもあるお身体なのです。ですから特別、仏さま自身がどちらかに拠るということはありませんし、そのように扱われることもありませんでした。しかし魅了した者が、たまたま女を欲している男でしたから、女に見えて仕方がなかったのでしょう。仏さま、初めて女のように扱われて、ひどく困惑したのか、怒るに怒れず、ただただ受け入れる。 さて若者、今度は脱ぎ捨てた己の服を手に取り、それを使って、仏さまの汚れをきれいに落としていきます。ぴかっぴかになるように、何度も、ていねいに磨いていきます。 「わしのもんじゃあ、これから毎日大切にすんぞぉ」 外っかわの汚れがきれいさっぱり落ちたころ、仏さま、何やらふしぎと力が湧いたことに気がつきます。湧いて、みなぎって……。まるでつくられた当時のように、聖なる力が満ちてきます。 ぴかっ!と、一閃、仏さま、なんと聖人のお姿となって、二人の若者の前に現れました。あまりのまばゆさに、二人の若者、目を背ける。それからゆっくり、おそるおそる光の方を見ると、いたく感動して、二人同時に叫びます。 「なんと美しい天女だろう!」 「なんと美しい少年だろう!」 どうやら仏さまのお顔立ち、二人の目にはそれぞれ別のお姿に見えているよう。まぁ、仏さまは寛容でいらっしゃいますから、いちいち気にはされません。 聖人のお姿となることで、先程までかっかしていた仏さまの御心にも、すこしばかりの変化が生じます。慈愛に満ちた御心が、後光となって現れます。 うっとりされてしまっては、話を聞いてもらえないかもしれませんから、仏さま、若者にかけていた魅了を解きます。そうして、ゆったり語りかけます。 『若者ら、あなたがたに感謝します。あなたがたがここへ来なければ、私は近々、朽ちていたかもしれません』 そして少し諫める口調で、付け加えました。 『ですから特別に、私の身体に無礼を働いたことは、ゆるします』 すると額を地べたにつけていた僧侶が、なんと涙を流しはじめたではありませんか。 「おお仏さま、仏さま、おお、なんと、生きてお目にかかれる日が来ようとは。小生、一生涯この日を忘れませぬ」 仏さま、そのように崇められるのは、じつに数百年余ぶり。悪い気はしないものですから、もうしばらく、この姿でいても良いかという気分になりました。そしてあふれんばかりの聖力と、慈愛の御心で、僧侶に褒美を与えます。 『あなたの願いを叶えてみせましょう。ひとつだけ、申してみなさい』 僧侶、またも、ざあざあと慟哭する。何度も何度も、額を地べたに擦り付け、ありがたや、ありがたやと唱えます。しばらく唱えたのち、僧侶は仏さまに向かって、願いを伝えます。 「あなたさまのお身足、お身足でどうか、小生の頭を踏んでくださいませ」 なんですって!と、仏さま、聞き返します。ひとつだけの願い事ですよ。しっかりお考えなさい。そのように伝えても、僧侶、少しも譲りません。仏さま、困惑して、僧侶の心のうちを少しだけ覗き見ます。この者は、なにか困りごとを抱えているのかもしれない。慈悲深い仏さまは、そうお感じになったのです。 しかしながら僧侶の心のうちには、仏さまに踏まれたいという欲求───ただのひとつしかないのです! 『ひいっ』 なんという曇りなき心。仏さま、思わず悲鳴を上げてしまいます。しかし、叶えぬわけにはまいりません。おそるおそる、叩頭している僧侶の頭に、足の裏を這わせます。 「おほぉぉおおおおお、なんと、おっ、おっ、なんという、おおおおお、これは、おおお、夢見心地、おおおおおおおおおおおお!!」 僧侶、獣のような雄叫びを上げたあと、そのままぱたりと気を失う。仏さまは呆然としてしまいました。このような人間を、いまだかつて見たことがありませんでしたから。 いっぽう若者、素っ裸の若者。ぽかんっと口を開け、仏さまのお姿を眺めたまま。この者にも褒美を与えぬわけにはいきませんから、仏さま、語りかけます。 『あなたの願いも、ひとつだけ叶えましょう』 すると若者、すぐさま叫びます。 「わしの嫁になってくれ!!」 なんだか、そういわれる気はしていたものですから、仏さま、今度はあまり驚きませんでした。むしろ、先ほどの僧侶よりかはいくぶんまともに思えて、安堵したとか、しないとか。 仏さまに二言はありません。若者の願いに応じますが、ひとつ、条件を加えます。 『私の神体が朽ちるとき、私は消滅してしまいます。神体のほうの世話を頼めますか?』 若者、二つ返事で、応じます。とりあえず消えなくともよくなったものですから、仏さま、これにて一安心。 さて数刻が経ち、雷雲も去り、晴れて三人、下山することとなりまして、仏さまは庶民のようないでたちに、若者はご神体を抱きかかえ、村の民家へ向かいます。僧侶は修行の旅の途中。よって今夜の宿を探すとか。 仏さま、青空の下を自分のお身足で歩くのは初めてなものですから、たいそうお喜び。人に娶られるのも悪くないかと、うららか気分。 ところがその晩、夫婦、初めての夜。若者が素っ裸になり、陽物をふるいたたせ抱いたのは、なんとご神体のほうでした。ぽっかり空いたその穴に、若者、すっかり夢中なようす。 仏さま、これではなんのため、人の姿になったか分かりません。 『旦那さま、あなたは今日から私の旦那さまですから。もうこの身体に触れてもよいのですよ』 すると若者、答えます。 「仏さま。わしは、あんたのお姿を毎日眺められるだけで幸せだ。ありがたや、ありがたや、触れるだなんて、とんでもねえ」 仏さま、なんだかすこし、切なくなって、 『それでは私は嫁ではなく、そちらがほんとの嫁なのですか』 「とんでもねえ、とんでもねえ。どちらもわしの大事な嫁じゃ。しかしどういうわけか、こちらを見てると、切なくなって仕方がねえ」 仏さま、はっとする。きっとそれは、魅了のまじないが解けていないに違いない。すぐさま解除を試みます。ところが若者、ご神体にはめたまま、ずこずこ腰を振るのをやめません。いよいよ仏さま、悲しくなって、自分のほうを愛でるよう、若者にまじないをかけてしまいます。 すると途端に若者は、びんと勃った逸物を、人のかたちの仏さまに向けます。そして女陰のほうにずぷりと埋める。ご神体とは異なる、生身の肉体でありますから、きゅうっとちぢこまったり、熱を帯びたり、ぬめりをまとってひくひく動いたりします。若者、すぐに夢中になりまして、蝉が木の幹にしがみつくように、必死の体勢で、射精を目指します。 『ああっ、ああんっ、あああっ』 仏さま、よもやされるがまま。人の身体で交合などしたことがないというのに、まるで熟知していたかのよう、若い男が悦ぶ声をめいっぱい響かせます。なにより、夫が自分の方を向いてくれたということに、感極まっていますから、あまりに心地よく、自然と声も大きくなります。 若者は仏さまの、いや、嫁さまの濡れた胎内を、子種がたんと泳げるようじゅぷじゅぷとかき回す。子宮めがけてえいっとひと突き、おおおっと恍惚の雄叫びをあげ、どくんどくんと注いでいきます。嫁さまも、打ち上がった花火のごとく陶酔の色を、一閃咲かせ、やにわにかくんとうなだれます。 魅了がきいていますから、若者、一度で止まりません。たちどころにもう一発、二発を注ぎ込まんと、狙いを定め、嫁さまの身体を穿ちます。嫁さま、気を失っていますけど、夫婦の営みは続きます。 さて明くる朝、仏さまといえど、人の姿なものですから、あのように抱かれてしまって、あとが大変。痛む身体をいたわりながら、若者の魅了を解きます。そうしていたく後悔し、夫に頭を下げました。 『ごめんなさい、ごめんなさい。つい悲しくなって、あなたに、まじないをかけてしまいました。人の心を操るなど、あってはならぬ、ならぬこと。もうしません、もうしません』 すると若者、答えます。 「いいや、すまねえ。わしは長いこと独り身でいたから、夫婦の勝手がわからんもんで。ついやましい気分になりたくて、ご神体にばかり触れた。けど分かったよ。あんたに触れると、うれしくなる。わしらは夫婦になったんじゃから、互いにうれしくなるのがええ。悲しくさせてすまねえ、これからは二人でうれしくなろう」 嫁さま、ぽろぽろ泣いて、うなずきます。さらに若者、ご神体を手に取り、こう告げます。 「けどたまには、やましい気持ちにもなりてえんじゃ。やましくなりてえとき、こっちを抱いてもええかい」 あっ!と一声。嫁さま、何かに気がつきます。そうです、愛をどうにかできるのが魅了のまじないでありますから、欲はどうこうできません。若者が御像にいだく「やましさ」なるもの、すなわち欲、これは初めから仏さまが操れていたわけではなかったのです。 『この者は、もともと欲深かったのですね』 嫁さま、すこし顔を赤らめます。けれど愛と欲、それぞれ違うものとわかって、一安心。これから仲良く、暮らせます。 人の心のうちには、たくさんの小さな心があります。そのたくさんの中の、たったひとつ───愛という部分を共有できたら。それはそれは、すてきな人間関係なのですよと。 『あれ?けど、僧侶の心は、確か………』 まぁ、まぁ、いいじゃありませんか。

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