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もっと捕らえて 6

* 緋音さんが運転する車は、順調に高速を抜けてバイパスに入り、程なく箱根に入った。 出発する時にカーナビに今夜泊まる旅館を登録しておいたので、迷うことなく旅館に到着した。 旅館の駐車場に車を停める。スムーズに車をバックで入れて駐車する緋音さんが、格好良くって奇麗で惚れ惚れしてしまった。 後ろを見ている時の、白くて細い首に口吻けて噛みつきたい衝動を抑えるのに必死だった。 車が完全に止まったので、オレは車を降りると、後ろに回ってトランクを開ける。緋音さんとオレの荷物を取り出して、両肩に抱えた状態で旅館の入口で待っていた緋音さんに駆け寄った。 重い荷物は絶対にオレが持たせないことを知っている緋音さんは、オレが荷物を持ってきたことを確認して、自動ドアを開けて玄関に入っていく。 ふかふかの絨毯が敷かれた廊下が真っ直ぐ伸びていて、障子をモチーフにしたような細工の扉が両脇にしつらえてあり、左手にあるフロントは深い茶色のカウンターで作られており、その向かいにロビーがあり、ソファやテーブルが整然と並べられていた。 緋音さんはそのソファに座り、サングラスを取って貴重品を入れている本革の黒い鞄にしまうと、少し疲れたように息を吐き出した。 長時間運転してくれた緋音さんの体調を気にしつつ、オレはフロント係の男性にチェックインの手続きをお願いした。 用紙に必要事項を記入して、注意事項を確認して、案内係の男性が荷物を持ってエレベーターの方へと促(うなが)す。 オレは、ソファに座っている緋音さんに近づくと、そっとしゃがみこんで話しかけた。 「緋音さん、部屋行きましょう」 「あ・・・ああ」 少しぼーっとしていたのか、緋音さんは慌(あわ)てた様子でオレを見ると、ソファから立ち上がろうとする。 オレはすっ・・・と手を差し出す。 緋音さんは迷いなくオレの手を取ると、ゆっくりと立ち上がった。 白くて細い、華奢なその手を支えながら、緋音さんが立ち上がったのを確認して、そっと手を離す。 本当はずっと手を繋いでいたいけれども、それはできないから・・・。 緋音さんを先導するように歩いて、待ってくれている案内係の男性の方へと向かう。 後ろをついてくる緋音さんを気にしつつ、エレベーターに乗って予約した部屋へと連れて行ってもらった。 部屋を開けてもらい、荷物を中に運び込んでもらって、カードキーを受け取ると、男性にお礼をいって部屋を出ていくのを確認する。 オートロックのドアが閉まるのを見届けてから、部屋の中へと戻ると緋音さんがベランダから外に出て広がる山々の景色を眺めていた。 これから本格的な夏に向けて、山の木々が全て青々とした葉を繁らせていて、その山の向こうから白い入道雲が湧き上がって、蒼い澄んだ空に伸びている。 緋音さんが手すりに寄り掛かりながら、空を見上げて、夏の匂いを楽しんでいるのがわかった。 緋音さんを追うようにベランダに出て、そっと、その後ろ姿に近づく。 手すりに寄りかかってリラックスした様子で、全身を撫ぜるような風を楽しんでいる細い体を、後ろからそっと抱きしめた。 「何だよ・・・びっくりした・・・」 緋音さんが一瞬、体を強張(こわば)らせる。 今までこんなことしたことなかったから、少し驚いたらしい。 緋音さんの家でこんな風にベランダで抱きしめたりなんか、絶対できないから。 それをわかっているのか、振りほどこうとはせずに、緋音さんはオレが抱きしめることを許してくれた。 オレはしばらくの間、緋音さんの頭に顔を埋めて、匂いをかぐようにそのまま呼吸を繰り返した。 緋音さんの芳(かぐわ)しい、シャンプーと香水と体臭の混じった、甘い甘ったるい匂いを嗅いでいた。 「珀英?どうした?」 緋音さんが手すりに乗せていた手を、オレの頭に乗せて、不意に優しくポンポンと撫ぜてくれた。 いつもよりも優しいその仕草に、何故か泣きそうになってしまって、オレは慌てて緋音さんを離すと、緋音さんの隣に立って同じように手すりに寄りかかって、にっこりと笑って緋音さんを見上げた。 「緋音さんと温泉旅行これて、嬉しいです」 「・・・っっ・・・当たり前だろ!」 少し照れて白い頬が桜色に染まった緋音さんが、可愛くて奇麗でずっと見ていたいくらいで。

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