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愛されポメガの小さな革命
吐精しただるさで俺たちふたりとも、ぐったりとリビングに寝転がってたら、にわかに外が騒々しくなった。
サイレンの音が近づいていくる。
人の気配が窓のあたりでしたと思った次の瞬間、機動隊が玄関を突破し、家の中にどたどたと踏み込んできた。
「わあわああっ!」
「せめてパンツ履かないとな…」
久我は妙な冷静さを発揮していた。どうやら賢者になってしまったらしい。
昭和のテレビドラマに出てきそうな、渋いサングラスをした刑事がやってきた。
「家にはきみたち二人だけか? よし、確保だ!」
グラサン刑事の一声で、俺たちふたりは真っ裸にタオルケットを引っ掛け、外に出された。お天道様の下にさらされ、機動隊の人たちが久我の家を捜索している。
家の外には報道陣が集まりかけていた。
その中でセンターに陣取って俺と久我を映し出したカメラに向かい、久我が声を張り上げた。
「俺たち、結婚します!」
「──はっ?」
久我よ、何を言い出すんだ。青天の霹靂とはこのことで、俺は頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。
今は警察の人たちが事情聴取しようと準備してるんだし、下手なパフォーマンスはやめたほうがいいと思うんだけど。
「俺たちふたりは、長い時をかけてやっと誤解を解き、結ばれました。みなさんも俺たちの話を聞いてください!」
俺の肩を抱いた久我がテレビカメラに訴え出した。俺はポメ化した時のように、口をしどけなく「へ」の形に開いたまま固まった。
「俺は、パートナーがポメガであることを受け入れ、一生甘やかしながらともに生きていきます! おねがいですっ! 政治家の人たち、同性婚制度を早く実現してください! ゲイだってポメガだって、結婚したいんだーっ!」
「おまっちょっ黙れよ! なんだよ結婚って!!」
いきなり始まった久我の演説に報道陣も戸惑っていたが、言い終えると、ぱちぱちぱちとまばらな拍手を集めた。
「これ報道するんですか?」とキャップに確認を取るテレビ局スタッフの声がする。
機動隊が問題なしと判断し、刑事が聴取をしている最中、ポールが現れた。SPをぞろぞろ引き連れ、お忍びで訪れたというから驚く。
会うのは数年ぶりだが、相変わらず背が高くていい生地のスーツをぴっちりと着こなしていた。
「ポール……しごと、どうしたの?」
「そんなこと言ってる場合? すっごくすっごく心配したんだからっ!」
いきおいよく俺を抱きしめる。ぎゅうっと俺の薄い胸に胸板をきつく密着させてきて、苦しい。
久我がものすごい目つきでポールを睨んでいる。
「こいつこれでも世界の要人だから、めったなことすんなよ!」と俺は目線で訴える。
「ポール、俺は大丈夫だよ。高校の時の友人に拾われただけなんだ。連絡できなくてごめんな」
背中をよしよしと叩いて宥めたけれど、ポールは鼻息荒く、久我を指さした。
「なんなんだその男ッ! どういうことだいサクヤ! ハイスクールでは一人も友達いないんだって言ってたじゃないか!」
「そんな話よく覚えてるね」
「だってだって……昔は毎日いっしょにゲームしてたのに!」
ポールは肩を怒らせ、わあわあ喚いている。いつも穏やかに僕の話をにこにこ聞いてくれるのに、こんなに荒ぶるポール、はじめて見た。
「ベケット首相! なぜここに?」
「ご友人のために来日されたのですか?」
警察の取材をしている報道陣がざわめき出す。
まわりをカメラやマイクに取り囲まれたがそんなのはいっこうに気にしない。
ポールは貴公子のような整った容貌を歪め、美しい金の髪を振り乱して俺の腕を掴んだ。その力の強さにはっと息を呑む。
身を竦めた俺を支えたのは久我で、ポールの手を引き剥がし、守るようにして胸の中に抱き留めた。
「こいつは俺のパートナーですよ。いくらなんでも無礼じゃないですか」
「ずるい、なんだよそんな男っ。首相の任期を務め上げたらその足でプロポーズしにいくつもりだったのに! ……僕の今までの努力、3Pでもしないと割りに合わないじゃないか!」
「えっと……ポール? きみの英語、早口すぎて聞き取れないんだけど、今なんていったの?」
「僕だってきみのこと愛してるんだーっ! アイシテルアイシテルアイシテルーッ!」
X国首相ポール・ベケット氏の「アイシテル」の叫びは今年の流行語に決定し、のちに「エンダァァー!」とBGMが流れるまでがワンセットの定番ネタになった。
昼前には、伊豆の住まいから心配した両親が駆けつけた。
心配で青ざめていた表情は俺と久我を見つけると一転、
「久我くん。うちの息子をよろしくお願いします!」
「お母さん、涙出ちゃった!」と口々に祝福してくれたのだ。
きっとテレビの中継で久我の演説を聞いたのだろう。警察関係者もみんな生温かい目でちらちら俺たちを見てたもんな。
両親を前にすると久我はキリリと姿勢を引き締めた。
「お義父さん、お義母さん。咲也さんは僕が幸せにします!」
「久我、もうしゃべるなっ。親父もおふくろもなんで俺の話きかないんだよ」
「お前は浮いた話の一つもしてくれないからなあ、つまらん」と父がぼやけば、
「よかったわねえ〜。まさかこんなイケメンが義理の息子になるなんて」母はちぃぃんと鼻をかんだ。
なおこのあと、日本の政治は大きな変革の時代を迎える。
世論が同性婚制度のすみやかな導入を求めて盛り上がり、ネットを中心に論議が白熱。我も我もとカミングアウトする議員が増え、LGBTQに無理解なおっさんたちの牛耳ってきた派閥が生まれ変わった。いよいよこの国でも同性婚制度が爆誕・施行される。めでたい。
ちなみに一度帰国を余儀なくされたポールだったが、俺と久我、二人の新居にプライベートジェットで殴り込みにやってきた。
「僕もまぜろ! きみたち二人だけに楽しい思いはさせないんだからねっ!」と叫び、あらためて3Pを挑みに来るのだが、それはまた別のお話。
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